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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
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15年目の高揚 4

 学び舎にて天を仰ぐ大樹。大山を土台として、または糧として偉大に聳える世界樹が、ツェレファイス学園都市のシンボルだ。樹幹のサイズは、一周あたりおよそ五百メートル。新緑の季節の現在では、青々と茂った木の葉の陰にすっぽりと校舎が覆われている。頭上に森が広がっているようなもんだと僕は思った。


 ツェレファイスの学び舎は東西南北四つの棟に分かれていて、それぞれの棟に小等部から高等部までの生徒が割り振られている。見取り図によれば、四つの棟の配置は上空からはひし形を構成しているように見えるらしいが、なにぶん敷地が敷地なので、足でわざわざそれを確かめるような気にはならなかった。


 僕は今年の春にツェレファイスへと入学したばかりの新入生だ。すなわち、小中等部をすっ飛ばして高等部へと編入した外部生。その理由は、僕のとある先天的な体質の問題によるものである。


 ツェレファイスは、小等部から積極的に魔技術教育をカリキュラムに取り入れている学校だ。魔技術とはつまり、剣と魔法の世界における魔法に他ならない。この世界では、自然物に含まれる魔素粒子パーティクルを媒介に、頭で考えたことを具現化させる技術を魔術と称している。とりわけ純度の高い魔素粒子の結晶をヴォーパル鉱といい、魔術師を名乗る者たちは総じてこの特殊な魔石を携帯して職務に当たっているのだという。簡単な話、ヴォーパルの魔石こそがこの世界における魔法使いの杖というわけだ。


 ではこの世界における魔法とは、魔術とは一体何か。言葉の通じない獰猛な野獣や、魔術師と同じように魔素粒子を自在に行使する生物、魔物と同等に渡り合うための技術なのだ。この定義でいえば、人間もまた魔物たり得るわけだけど、ヴァラキアでは少なくともそういう認識が広まっているらしい。


 魔物狩りのための戦闘技術に長けた人材の輩出にも、ツェレファイスの学園は優れた実績を誇っていた。卒業生たちは、世界樹の守り人なんていう二つ名で世界に羽ばたいていくのだという。


 剣と魔法の世界というからには、ツェレファイスの膝元に広がる都市もまた、『異世界ファンタジー』に相応しい景色を有している。僕自身は海外の建築模様には詳しくないが、校舎の屋上からツェレファイスの街を眺望した際には、その明るい橙の屋根がずらりと大地を覆う絶景に息を呑んだ。石造りの街路に、都市を覆う円形の城壁。建物の背は思ったほどに高くなく、可愛げのあるアパートメントの並びがメルヘンチックな抒情を漂わせる。


 ヴァラキアの首都へと向かえば数世紀前の砦や城塞跡をそのまま流用した共和国政府の庁舎がずらりと目にできるし、ツェレファイスの周辺にだって原型を保った史跡はいくらでもある。


 ツェレファイスの学校も、そんな街並みに負けじと、児童文学に出てきそうな趣の古城然とした、年季の入った巨大建造物である。いかにも頑強な城塞めいた外見をしているものの、元来は世界樹を祀るための宗教施設であるらしい。他の地域から不要となった城塞の建材で補修が施された過去があったとはいうものの、過去に一度も兵隊たちの血を吸ったことのない建物だという点を、僕は気に入っている。


 いにしえの救世主を唯一神と同一と見做す宗教――――升天教がヴァラキアでは国教として扱われているが、ツェレファイスの世界樹は国教と並んで、多産と繁栄、死と再生を司るご神体として祈りの対象となっている。初夏と共に瑞々しい葉をつけ、紅葉で着飾り、冬には枝葉をもの哀しく散らしてみせ、そして春にはまた新芽を息づかせる。先人たちは巨樹の不死性、そして人間を超越したマクロな生命のサイクルそのものに神性を見出し、信仰の対象に据えたのだろう。


 そんな人間たちの勝手を知ってか知らずか、世界樹の根が神経や血管のように隅々まで通ったツェレファイスの土地で産出されるヴォーパル鉱は非常に高品質なものが多く産出されるらしく、それを目当てに業者や魔技術研究者がこぞって世界樹の麓へと集まってきた。近年におけるツェレファイスの発展は、魔技術研究とその開発の副産物によるものだと言っていい。昨今では魔石の小型化が進んだことで、魔導士が振るう大仰な樫の杖をいちいち担ぐ魔術師なんて絶滅危惧種だ。ほとんどの魔術行使者は指揮棒タクトのようなコンパクトな杖、もしくは機能性のためにやや内蔵機構を多重化させた剣型、もしくは銃器型といった形状の杖がポピュラーなものとなっている。


 ツェレファイスにおける魔技術教育は、魔術行使に関する道徳規定から初歩的な行使技能教育、そして実践に至るまで、ヴァラキア国内でも最先端のカリキュラムを採用している。他国の貴族や王族すらわざわざこの学校に留学して杖の扱いを学ぶというのだから、世界的にも評価は高いのだろう。


 さて、人には魔術に関して得意不得意がある。体系的には四大思想に基づいていて、人はその魂の形質に合わせて地水火風の四属性に分類される。これに既定の定型文プログラム、すなわち詠唱だ、魔法円だといったものを使って、魂からの無秩序な渇望の要請を魔術の型に嵌めてやる。こうする事で初めて単なる酸素の燃焼は指向性をもった火炎弾になるし、そこらで汲んだ生水は輸血用の血液にもなりうる。技術的には手探りな分野も多々あるが、広汎的な教育方法を編み上げたツェレファイス、ひいてはそれを擁するヴァラキアは、魔技術に関して他国と比較しても一日の長があることは確かだ。


 それで、僕はどういった魔術に適しているかというと、これがガッカリするような結果に終わってしまっている。


 最初の適性検査では、地属性に近しい魂であるとの結果が出た。ツェレファイスでは濡らした羊皮紙に記された専用の魔法円に掌をかざすことで、個々人の適性が判別される。僕の場合、水を含んだ砂利のようなものが手のあとに付着していたため、地属性との判定がなされた。


 入学後の身体検査では、火属性という判定がされた。手のあとに砂利は残らず、羊皮紙の水気は飛んでいた。僅かながらに、生地には焦げ目があった。


 医師と研究者立ち合いのもとでの再検査では、風属性という判定が出た。焦げ目や砂利は残らず、羊皮紙は風化したかのようにぱりぱり音を立てて崩れた。


 これらの結果が示す事実は二つ。一つは、四つの属性に全般的に秀でた、希少性の高い気質の持ち主であること。そしてもう一つは、四属性のどれにも秀でない落ちこぼれの半端者。


 試しに、酸素の燃焼を指向性をもった火炎弾にする魔術を使ってみた。出ない。借り受けた法儀済みの手袋が丸焦げになった


 そこらで汲んだ生水は輸血用の血液にする魔術を使ってみた。血にならない。やたらと薄味の塩水ができあがった。


 パスタを茹でる水にもならない結果に終わった試験が済むと、露骨に学年主任や大学部の研究者は肩を落とし、僕を蔑むような視線を向けてきた。そっちが勝手に期待を押し付けてきたのに、存外図々しい連中だと思った。自分が成し遂げられなかったことを他人に勝手に背負わせて、いざ望んだ結果が出ないと癇癪を起すか、またはあからさまに機嫌を損ねて見せる。前世でもこういう手合いはネットに沢山いたものだ。


 かくして僕は、校内に何人かいる従兄弟たちの後塵を拝する結果に甘んじる羽目になり、普通科と技術開発学科なる二足の草鞋を履かされることとなった。早い話が落第生も同然、劣等生のレッテルを貼られたわけだ。


 当初こそ面白くは思わなかったが、最近になって段々諦めはついてきた。そんなの当然だ。この世界は、まだこの程度の技術で満足しているんだから。


 連中は最後の最後まで感づくことはなかった。手袋を焦がすのも、塩水を生成して見せたのも、あれらは僕がそうしたいと思ったからそうなったんだ。ついでに、僕の思考は恐らく既存や詠唱や魔法円を経由していない。試しに教科書通りの詠唱に思考を乗せてみたら、危うく廃病院で小火騒ぎを起こしかけてしまった。それらを工程に噛ませずに火炎弾とやらを生成してみた結果、何のことはない、実によく躾けられた挙動の火の玉が現れたじゃないか。


 いかにツェレファイスが先進技術を各国に喧伝していたとしても、僕という規格外からしたら、形式プログラムに拘泥して権威を補強するのに夢中になっているようにしか見えないのだ。あれを噛ませないことで更なる可能性が拓くという冒険心が枯渇している。夢の溢れる魔法や魔術があったとしても、権威主義にかぶれればここまでなのだ。僕は彼らが僕を見限るのと共に、僕もまた彼らを見限ることにした。


 そうは言っても学歴というのはどこへ行っても大切だ。せっかくアルフレートという血肉と新たな命をくれた両親の期待だけは無下にできない。権威主義に毒されずにいる、アザレアやメリッサ従姉さんといった出逢いにも恵まれている。


 前の人生なんかより、ずっと幸福な光のうちにいると、僕は思っている。

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