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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
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15年目の高揚 3

「お、そ、いーーーーっ!!」


「うるさいな、間に合ったんだからいいじゃないかあ」


「待ってる間の時間がもったいないって言ってんの! ここまで大遅刻するんだったらお弁当のおかずなんかもう三品は作れたのにい」


「まだ弁当なんか持ってきてるの?」


「今日のシュリンプサンド、フランニスの海で採れたばっかりのエビで作ったんだよ。感謝のカケラもないってえの?」


 不機嫌そうに文句をこぼしながら、アザレア・ビューレンがぷいっとそっぽを向いた。薔薇のような鮮やかな赤毛をツーサイドアップに纏めた、昔なじみの少女。この僕アルフレート・シルヴェストリの妹分のような存在だ。


 ヴァラキアの国花でもあるアマランサスの咲き誇る広大な学園敷地の途中で、僕はこのアザレアに捕まった。貧相な肢体が胸元のボリュームある学校指定のリボンでふくよかに見える、といった世辞で宥めてやったが、その八の字眉毛は直らなかった。


 首元のリボンの赤を除いたら女子のジャンパースカートタイプの制服は真っ黒で、女子生徒からの評判は喪服みたいだとあまりよろしくない。髪留めから七十デニールのストッキングに至るまで真っ黒だ。男子も同じく、どこの葬式に参列するんだと思いたくなるような有様である。ネクタイだけは落ち着いたワインレッドなので、そこだけは人気が高かった。


「対時間効果と諸々のコストパフォーマンスを考えてみたらわかるよ、一人暮らしの身で毎朝凝った弁当なんか用意してたら、いくら暇があったってしょうがないじゃないか」


「誰のためにいちいち二人分もお弁当用意してると思ってるのよ」


「ぼ、僕はそもそも頼んじゃいないし」


「そうだよ、アル自身は健康には無頓着の無精まっさかりだからそんなところまで気が回るはずないもん。私がこんなことしてるのは、お世話になったアルのところのおばさまのためだもん」


「僕はそもそも小食だから、一日二食で十分なんだよ。朝食だってちゃんと食べてる」


「どうせまたあの甘あいコーラばっかり飲んでるんでしょう」


「ぼ、僕お手製の特許商品をバカにするんじゃないよ」


「今に体中の骨がぜんぶとろけて、寝たきりのクラゲみたいになっちゃうんだから」


「また前時代的な」


 もう一つ二つ小言でも言ってやろうかと思ったが、アザレア側にもう一人の加勢がついたことで、その考えは潰えて消えた。


「あんまりアザレアちゃんを困らせるんじゃないの」


 女性にしては低めの声。僕らのような遅刻魔とは違う、むしろそういった落ちこぼれかけのダメ生徒を教え導く監督生のものだ。左の二の腕でその存在を主張する青の腕章は、綱紀粛正のための権力を行使するための免責と証明そのものだ。


「メ、メリッサさん」


 おはようございますと、ペコリと頭を下げるアザレア。それに半ば促されるように、僕もまた軽い会釈をした。


「お、おはよう。従姉さん」


「うん、おはよう。今朝もいい天気だね」


 従姉さんことメリッサ・ヴァンハイムは、明るい栗色の茶髪をポニーテールにした、長身の美形だ。背は僕の頭二つぶんくらい高いし、その体躯は他に類をみないモデル体型。黒のブレザーをつんと押し上げる胸の起伏は豊かで、美貌だけでなくその温厚な内面にも人を寄せ付ける魅力がある女性である。身内に僕のようなオタク気質の人間がいることが申し訳なくなるくらいの、とびきりの麗人だ。監督生のほか、生徒会役員のポストにもついている、画に描いたような学年総代である。


「あ、あのあのメリッサさん。いま、何時だかわかりますか」


「八時四十一分。ギリギリセーフだね、アザレアちゃん」


 よかったぁーーーー! と、万歳して全身で喜びを表すアザレア。


「ただ、あんまり誉められる時間でもないから、次からは気を付けてね」


「いや、いやいやいや違うんですう。私はちゃんと起きられたんですけど、この変な特許だのビジネスだのエッチで薄い本にかかずらって夢中の寝坊助を待っててあげてただけなんですー!」


「遅刻に付き合って遅刻になってたらだめよ、アザレアちゃん」


「そうだよ」


「あっ、そこ便乗する? 言うに事欠いて? いいもん、言っちゃうもん。ねえメリッサさん、聞いてくれます? 信じられますう? 私、今日もお弁当作って持ってきてあげたっていうのに、アルったら」


「またコスパがどうとかワガママ垂れた?」


「そーーーーなんですよこの男ったら!」


「ア、アザレア、わざわざチクることないだろ」


「挙げ句の果てにオレは小食だからこの糖分と添加物と防腐剤マシマシの甘ぁ~~いジュースだけで生きていけるんだとか何とかぬかしちゃって、故郷のおばさまが聞いたら卒倒しちゃいますよ! それほどまでにアルったらここまでの不良に……」


「わ、わかったよ。悪かったよ、弁当……も、もらうよ」


 渋々僕はアザレアに折れることにした。彼女の料理が嫌いなわけではない、むしろアザレアの料理の腕はなかなかのものだ。スマホで調べたレシピを教えてやったら、あとは独学で腕をめきめき上げていった。今では新進気鋭の学生調理師として、界隈に名を馳せるほどの腕前なのだという。そういう背景もあって、僕はよく周囲から羨望混じりの陰口を叩かれることも少なくない。有名税がこっちにかけられるのはいささか不満だったが、アザレアには黙っておいている。


「ごめんなさいアザレア、アルには私から言っておきます」


「んっとに、私たちが放っておいたら一生自分の部屋で苔むすまで閉じ籠りっぱなしなんだから」


 じろりとメリッサ従姉さんの尖った視線がこちらに向けられる。わかりました、悪かったですから。


「アルくん、四限の講義が終わったら西棟の監督室まで。いい?」


「ぼ、僕、学校が終わったらちょっと行きたいところが」


 どんなクレームが付けられるというんだろう。現場調査にあたっての外泊のことか? いやでも、きちんと事前に寮監や教務課には外泊申請を提出しているはずだ。


「駄目?」


 有無を言わせるつもりもなさそうだった。やれやれ、僕はため息とともにお手上げした。

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