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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
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夢はあなたを覗き込む 1

 アンナと別れた後に立ち寄った雑貨屋で目を通した週刊誌に、目ぼしい情報はなかった。三流新聞に四流カストリ誌、オカルト同好会誌にまで、例え見出しに陰謀論が絡んでたって構わなかった。


 誰でもいい、どこでもいい。僕と同じ事件を認識している誰かに居てほしかった。


 アンナの主張はもっともだった。そんなものは夢に過ぎない、自分が生きている以上、アンナ・アザレア殺しなんてそもそも起こってすらいないという、至極真っ当な意見。おまけにあらゆるメディアがルミナ・サバトや昨夜の事件を扱っていないとなると、やはり僕の見たことはすべて幻だったということになろう。いまいち、いや、いま二つほど呑み込み難い結論ではあるが。


 煮え切らない気持ちのまま、僕は下町から学園の女子寮へと自転車を飛ばした。警備員に正門を開けてもらい、入所者証である腕章を腕に寮の食堂へと向かう。アンナの証言通り、頭髪を項で大雑把にまとめたアザレアが備品の野暮ったいエプロン姿で大鍋の前に陣取っていた。ガステーブルの前にまで持ってきたのだろう木製の椅子に腰かけた彼女はシチューの番に執心だった。コンソメとデミグラスの香ばしいにおいが周囲に漂い、オーブンからはかぐわしいパイ生地の芳香が感じ取れた。


「アルじゃない、どうしたの。おなかでもすいたの?」


 衛生帽のつばを弄びながら、アザレアが言った。安堵の溜息というのは、存外快いものだった。哀願と絶望の籠った断末魔の主であるアザレアが、五体満足で目の前にいる。昨日の悪夢なんてなかった、単なる夢だったのだと。一連の懸念は杞憂に過ぎなかったのだと、僕は胸を撫で下ろした。


「昨日は、その……ヘンなホテルに当たっちゃっただろ。ふさぎ込んでないかと思って、お菓子でも差し入れてやろうと思ってさ」


 僕はさっきの雑貨屋で用立てたミルクチョコレートの箱を鞄から取り出した。


「うっっそ!! どういう風の吹き回し? あたしチョコ大好きなんだよね、特にさ、中にコンデンスミルクがむにゅって詰まってるやつ!! 気が利くじゃない!!」


 ぱたぱたとお茶の支度をしようとするアザレア。僕は、キッチンから二人分のカップをテーブルに持ってこようとする彼女を制した。


「いや、僕のはいいよ。これから用事あるし」


「何言ってんの? これメリッサさんの分だよ、この前勉強見てもらったお礼に呼ぼうと思って。アルも飲みたかった?」


 厚かましい返答すら、今は何だか微笑ましく思えた。


「何にやにやしてんの?」


「なんでもないよ」


「おなかすいてるんだったら悪いけど、あたしが食べさせてあげられるものなんてないよ。まだお肉煮込んで寝かしてる最中だし」


 テーブルに二人分のティーセットを並べるなり、アザレアはチョコの箱を封切って、そのうちの一粒を口に放り込んだ。


「いやいいんだ、本当に。今回は、それ渡しに来ただけだから」


「そこまで謙虚にされると薄気味悪いよ」


 だったらお茶に呼んでくれてもよかろうにとも思った。アザレアは餞別代りにと、ミルクチョコレートを一粒放ってこっちによこした。


「わざわざありがとう、大事に食べるね」


 そう言って、アザレアはひらりと手を振った。僕は、ひどくその仕草に救われたような気分で食堂から立ち去った。


 女子寮を出ると、僕は一度廃病院へと戻った。未知のテクノロジー満載の自転車を建物内にしまい込み、各所の施錠を再確認。異常が見受けられないことを確認すると、僕は続いて徒歩で男子寮へと足を向けた。


 幼馴染の優男然とした顔を脳裏に浮かべると、自然と件の怪人物が連想されるようになった。エリオット・アイスラー、そしてエルンスト・エックハルト。この二人の間に、果たしてどんな関係があるのか。そんなものは、直接問い質してみるほかないじゃないか。


 以前僕は、エックハルトが僕のような転生者ではないかという仮説を立てた。あのニセルミナとして転生し、僕を上回るチート能力を有しているのならば、先日の出来事も納得がいく。では、エックハルトが生前の顔かたちそのままの姿でエリオットとして転生したと考えればどうだろう。裏では、あの胡散臭いインチキ漫談をぶち上げて信者でも募っているのだろうか。だがアキヨシの証言である、エックハルトは危険な人間だという要素を交えて考えると、最悪エリオットとニセルミナのどちらの肉体にも、本当にやばい殺人鬼が現実世界から転生しているという可能性すらありうるわけだ。


 だが、これまでのエリオットの素行からするとどうにも腑に落ちない。エリオットもまた、僕の規格外の魔術の素養に関して認識している一人だ。そんな見るからに怪しい不確定要素をわざわざ捨て置いたままにしているシリアルキラーも珍しいというか、僕が人殺しを趣味にしているのであれば、もしかすると自分の行為を咎めるかもしれないそんな奴は真っ先に排除しておきたいはずだ。内部生とはいえ、彼とはアザレアと同じ十五年来の付き合いだ、異端もいいところの僕を殺すチャンスなんていくらでもあっただろう。エリオットが殺人鬼という線には、どうしても疑念を抱かざるを得なかった。


 ルミナ・サバトの犯人は、現場から完全に事件の証拠を消し去るなんらかの能力を持っている。リミノクスの警察にそれらしい動きが何もないことを鑑みると、きっとこれはモルペリアみたいなインチキ女神の能力に他ならないだろう。その能力を活かしてツェレファイス内で殺人が行われている可能性だってゼロじゃないはずだ。だとすれば、なおさら僕みたいなやつを野放しにしているエリオットがレインコート野郎だとする考え方もおのずと消えていくだろう。そもそもあいつの瞳はサファイアみたいな碧色だ。


 諸々の考えを考慮して、僕はエリオット本人への尋問を決意した。場合によっては、手荒な行為も辞さない考えだった。実力を行使してみせなければ、こちらが危ない立場に陥る可能性だってある。


 ツェレファイスで起こった猟奇事件の一連が本当に夢の産物でしかないのか。


 それを確かめるための詰めの一手が、どうしても欲しかった。

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