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夢幻郷リンカネーション  作者: 霞弥佳
第一章 充溢大樹
14/26

駄女神さまはいまいずこ 2

 エルンスト・エックハルトのホラ話は、現代におけるゲノム研究の話題に切り替わったようだった。人間の老化メカニズムとヒトテロメラーゼの人為的伸長と活性化研究について簡単に触れ、再びテロメラーゼが遺伝情報内においてどういった役割を担うかのアニメーションが垂れ流され始めた。



 アクセル:2023/6/10/02:21

 こいつが一体どうだっていうのさ


 アクセル:2023/6/10/02:21

 まさかこいつがルミナサバトの犯人とか?w


 アキヨシ:2023/6/10/02:21 新着

 草生やすな


 アキヨシ:2023/6/10/02:22 新着

 マジで言ってる? 本当に知らない?



「顔は知ってるんだよ、クソ!」


 顔も知らないアキヨシ相手に悪態をついても仕方がない。かと言って、変態ストーカー野郎の可能性を捨てきれない向こうにこちらの情報をいたずらに渡したくなかった。とりあえず、エリオットの件については伏せておくべきだろう。



 アクセル:2023/6/10/02:22

 名前も知らないし、顔も今日初めて見た


 アクセル:2023/6/10/02:22

 あのさ、ちょっと言っていい? 


 アクセル:2023/6/10/02:23

 ルミナサバトは確かに面白い事件だけど、別にそれに凸して引っ掻き回そうなんて思ってないぜ


 アクセル:2023/6/10/02:23

 僕に何させようとか、何言わせたいかとかはわかんないけどさ


 アクセル:2023/6/10/02:23

 僕は誰のラジコンにもなる気はない



 ルミナ・サバトに興味を持っていないなんていうのは、嘘も方便ってやつだ。少し言い方が厳しくなったけど、これくらい言ったっていいはずだ。逆ギレして向こうがブロックしてこないギリギリの線を上手く突けたと思う。僕としても、アキヨシの持っている情報は貴重だ。あまり極端に険悪な関係にしたって得はしないだろう。


 次のアキヨシからの返信は時間にして十数秒後だったが、僕にとってはやけにじれったく感じた。



 アキヨシ:2023/6/10/02:24 新着

 気分悪くさせたなら謝る


 アキヨシ:2023/6/10/02:24 新着

 別にそっちをバカにしようとか、そういう意図はないよ


 アキヨシ:2023/6/10/02:24 新着

 僕らは君の味方だ



「み、味方だぁ?」


 まるで二昔前のコテコテな特撮ヒーローみたいな言い草だ。いつものふざけくさったネットユーザー仕草はいったいどこへやったんだ。それに僕らってなんだ? 複数でアカウント使いまわしてんのか?



 アキヨシ:2023/6/10/02:25 新着

 不用意に情報を出したことはこちらの不手際だ。不安にさせてしまってすまない


 アキヨシ:2023/6/10/02:25 新着

 くれぐれも、危険なことには手を出さないでくれ


 アキヨシ:2023/6/10/02:26 新着

 だがもし、君の傍にエルンスト・エックハルトがいるとするなら


 アキヨシ:2023/6/10/02:26 新着

 絶対に刺激したりするな。可能な限り接触は避けろ



「た、たかがツイッターのDMで知り合った程度の仲の人間に……何言ってんだ、コイツ……?」


 イジリやすそうなオモチャの機嫌を損ねたから、生真面目ぶって懐柔策にでも出たのか?


 確かにこのエックハルトとかいう男、なるべく近寄りたくない類の人種なのは間違いない。あからさまに他人の話を上手く噛み砕いて解釈できないバカを食い物にするタイプの詐欺師だ。口八丁に長けたカルト宗教に一人はいそうな、人当たりのいいタレント役だ。



 アクセル:2023/6/10/02:26

 接触も何も、僕はもう現実じゃ死んでるんだ


 アクセル:2023/6/10/02:26

 エックハルトは現実の人間だ、会えるはずないだろ


 アキヨシ:2023/6/10/02:26 新着

 エックハルトは死んでいる



「は……?」


 死んでる、だって?


 今まさに、動画の中でいけしゃあしゃあとオカルトやそれっぽい政府批判を交えた陰謀論をぶち上げているこの男が、死んでる?


「フランニスとセレネルの海原をのぞむリミノクス、ナラクサより流れ来る恵みによって豊穣を永遠のものへと昇華するツェレファイス。青銅の城壁とオースナルガイ峡谷に守られた世界樹の街は、孤独と探求心に打ち克ち見事、月の加護の満ちる夢幻郷へと辿り着いたバザル・エルトンを迎え入れたのです。彼は実在しました。彼の家族やその子孫は、今でもインドのオーロヴィルで暮らしているのですから。ツェレファイスの王は、銀行家や資本主義者、そして地下ソヴィエトたちからの干渉を断固として拒否しました。ドヴィジャにしてバラモンの末裔たる彼らは、腐敗した民主主義的選民思想に屈することを許さなかったのです」


 なんだよ。何言ってんだよ、こいつは。ペテンをダラダラ並べるのもいい加減にしろよ。


 どうせそのクソみたいな設定だって、今はやりのAtuberのパクリだろ? こいつの後ろに転生者がいれば済む話だ、ツェレファイスの名前だってそいつから聞いたんだろう。だいたいなんだよツェレファイスの王って。ヴァラキアは共和国だ、王様なんていない。全部でっち上げの妄想だ、頭がイカレてるんだ。


 見え見えなんだ、僕は絶対に騙されないぞ。




 アクセル:2023/6/10/02:26

 なんだそれ、どういうことだ?


 アクセル:2023/6/10/02:26

 エックハルトが僕に何かするってのか?


 アクセル:2023/6/10/02:26

 あんたいったい誰だ


 アクセル:2023/6/10/02:26

 幸島千彰を何で知ってる


 アクセル:2023/6/10/02:27

 答えろよ


 アクセル:2023/6/10/02:27

 僕の何を知ってる?


 アクセル:2023/6/10/02:28

 虫すんんあ


 アクセル:2023/6/10/02:28

 無視すんな




 頭に血が上っている。


 わからないことだらけで、あまりに多くのストレスに晒されて、今の僕には時間の感覚も曖昧だった。


 ウインドウに隠れてふざけた演説を続けるエルンスト・エックハルトに苛つきながら、僕はアキヨシに向けてメッセージを送り続け、そして返信を待った。


 返信は、ない。その沈黙に何やら嘲笑われてるように感じてきて、無性に腹立たしかった。マウスを握る手が汗ばむ。更新ボタンとF5キーを連打する速度がどんどん上がる。そのうち僕は、いきり立ってPCのディスプレイが据えられたデスクを力任せに蹴っ飛ばした。


「ふっざけんなよおッ!!」


 デスクが倒れ、ディスプレイはキーボードもろとも大きな音を立てて床へと落下した。液晶が砕けて、部屋唯一の光源がなくなった。僕の周囲は、真の闇に覆われた。視界は青みがかった黒の一色。目はまだ慣れていない。今の衝撃でケーブルが引っ張られ、デスク横に置いてあったPC本体も横倒れになったらしい。差し込みプラグがコンセントから抜けたらしく、ケース内のファンの音も聞こえない。痛いほどの静寂が、僕の耳を刺してくる。




 きい、きい、と。背後から、聞き馴染みのある金属音が鳴り響いてくる。

 

 振り向くと、十五年来の仲の幼くて小さな女神が、そこにいた。


「モル……」


「なおき。げんきなさそう」


 おんぼろの丸椅子の寿命がより縮まるのにお構いなく、モルペリアは椅子をくるりと回転させた。


 僕はPCの前のチェアから立ち上がり、甘いラベンダーの香気を漂わせる妖艶な童女の前にふらふらと歩み寄った。彼女の名前が勝手に口をついて何度も出た。


 モル、モル、モルペリア。呪文のように、崇拝の文句みたいに。モル、モル、モルペリア……


 膝からくずおれて、僕はモルペリアのか細くて儚げな肢体を抱きしめた。手触りのよいふかふかの髪は、まるで上等なウールのよう。薄い背中を砕かないように加減をしながら、それでも僕は欲望の限り、彼女のパジャマ生地越しの胸に、下腹部に顔をうずめた。


「モルだけだ、僕のことをわかってくれるのは!! 僕には、僕にはモルしかいないんだ!! 傍にいてよモルペリア、どこにも行ったりしないでくれよお!!」


 鼻腔を満たす香気が、より一層濃密に、そして強くなった。それはまるで胞子のようで、ごく小さな無数のモルペリアが僕の中に入り込み、五臓六腑へ安寧をもたらしてくれる錯覚まで感じた。恐慌と興奮に満ち満ちていた僕の意識を、彼女は穏やかで安らかな閾値にまで鎮静させていく。


「げんきになって、なおき。あたしがついてるよ。いまのなおきにつらい思いはさせないよ」


 小さな手が僕の髪を撫ぜるたびに、首筋から腰部にかけて電流が走るような甘い快感が迸った。


「きもちいい?」


 気持ちいい。


 指が直接、頭皮や頭蓋をすり抜けて、脳みその気持ちいい部分を揉みしだかれているみたい。


 脳室に満ちた淀んだ液体は練乳たっぷりのカスタードソースに入れ替えられて、モルがぺろぺろ優しく舐めあげてくれる。


「きもちいい? なおき」


 頭頂部から耳の奥から、女神の両手が僕の疲れたかわいそうな脳みそを、丹念に丹念に労わってくれる。よくできましたって。よくお眠りなさいって。あとはあたしにまかせなさいって。僕の脳みそは、モルっていうパティシエの仕上げたおいしいシュークリームみたいなものなんだ。


 


 気もちいい。モル。モルぺりあ。もるぺりあはいつもぼくにきすをしてくれる。きもちいい。あたまをなでながら、ちゅうしてくれる。


 もるのよだれはすごくあまい。


 あまい。あまい。舌がしびれて、いたいくらい。


 のどから、胃から、おなかにたまって。からだじゅうをなでてくれる。骨がとろけて、あぶらになる。


 しゅーくりーむのぼくは、あたまいっぱいにもるのかすたーどくりーむをつめこまれて、あまいのでいっぱいにされて、ねる。


 あたまだけ、じゃない。いのなかも、はいのなかも、おなかいっぱいに、もるのくりーむつめこんでもらう。


 そうしてねると、とってもよくねむれる。


 しゅーくりーむはいっこじゃない。


 ひとばんで、なんこも、なんこもこしらえる。ぼくは、ずっと、もるにだいじにされていたい。


 なんにも、かんがえていたくない。


 ぼくはしゅーくりーむでいたい。

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