禁断症状 2
ツェレファイス中央駅で下車した直輝は、すぐさまモルペリアの待つ廃病院に向かうことしか頭になかった。もう何も考えたくなかったし、誰とも話したくなかった。
そんな彼の心情を逆撫でするかのように、駅構内でエリナが声をかけてきた。
「無視してんじゃないわよ」
不機嫌そうな先輩女生徒が、そのまま通り過ぎようとした不躾な後輩を一喝した。小柄な体躯が胸を張ると、その態度もあってか圧迫感を抱いてしまう。
「別に、そんなつもりじゃない」
「あんた……なんかあったの?」
「そっちこそ、女生徒がこんな夜分遅く出歩いてていいのかよ」
「アタシは……寮の監督生と一緒に、ちょっとね」
「監督生と?」
「アンナがまだ部屋に戻ってないって。最後に学校で別れたの、アタシだし」
ぞくりと、無遠慮に素肌を撫ぜられるような感覚。惨死したアンナ・ヘーゲマンの末路がフラッシュバックする。それに付随して、見殺しにしたアザレアの叫びも。
「そ、そっか……大変だな」
「大変だなって……まあいいわ。アンタはどうしてこんなトコで油売ってんのよ」
「僕はただ、講義の課題で……出かけてただけだよ」
「どこに?」
やけに喰いついてくるエリナが煩わしかった。
「リミノクスだよ、ここからすぐそこの。言っとくけどアンナとは会わなかった。リミノクスへは、交易史のレポートを仕上げるのに用事があって……それに、あそこには大きな本屋があるだろ」
「会わなかったの? 本当に?」
「しつこいな、どうして僕が向こうで何してようと……か、勝手だろ」
「アンタと別れた後、アンナが言ったの。借りてた本を返しそびれたって。あの、機械のゴーレムが出てくる本。アンタいっぱい持ってたわよね、アンナがドハマリしちゃってるやつ」
何を言うわけでなく、直輝は拳を握り締めた。
「メリッサさんからアンタの放課後の予定を聞いたのよ。リミノクスのホテルで一泊するって。外泊申請もちゃんと受理されてたし、ホテルの住所もわかってた。そんなの休みを挟んだ週明けでいいだろって言っても、あの子ったら聞かなくて」
「ホテルに……来た?」
「そもそもアンタ……外泊するんじゃなかったの? 何しにツェレファイスまで戻ってきたわけ?」
言い返せば言い返すだけ、深みにはまっていくような気がした。気短に見えて、エリナ・ノーザンクロイツという少女は愚かではない。感情表現の振れ幅が大きく豊かなだけで、浅慮な性格とはかけ離れた性質の持ち主であった。
「ねえ……本当に、アンナとは会わなかったの?」
「会ってない、ホテルの部屋が気に入らなかったからそのまま帰ってきた、たったそれだけだ! アンナとはすれ違ってすらいない!! どうして僕にそんなに構うんだ!?」
「構うに決まってんでしょ!? 友達の行方が分からなくなってんだから当然じゃない!!」
苛々する。手汗がぬるぬるして気持ちが悪い。
「アタシからしたらね、知り合いがいなくなったっていうのに平然としてられるアンタの方がおかしいわけ!! 落ち着き払ってるポーズするのはいいけどね、時と場合を選びなさいよ、何考えてんの!?」
――――どうしてこの女は、自分を放っておいてくれないんだ。
「アンタが特別なのはアタシだって分かってる、アンタが周りから理解されないタイプなのだって知ってる」
――――どうして僕の思い通りにならないんだ。
「でもそんなの、不貞腐れて悪ぶる理由になんかなんないでしょ!? こういう時くらいそうやってふざけるのやめなさいよ!! カッコいいとでも思ってるわけ!?」
――――どうして、僕を気持ちよくさせてくれないんだ。
「なんだよ……揃いも揃って、なんなんだよ」
気が付けば、エリナを突き飛ばしていた。
背後の石壁に後頭部を強か打ち付け、彼女は痛みに蹲った。横たわるエリナの頭部から、やがて血だまりが広がり始めた。傷口を強く押さえつけ、呻きだすエリナから後ずさり、直輝はそこから逃げるように退散した。