9.理不尽な女神はチートジャンキー引率者
「ありがとうございます!」
転生契約を成立させたベルティアは転生する彼らに深く頭を下げ、にんまりと頬を緩ませた。
今日は昼前だと言うのにすでに十兆以上の新規転生者を獲得した。
ウィルス、微生物、虫、動植物、そして人類格にそれ以上……あらゆる転生格の転生者でハローワールドはごった返し、周囲の神も転生契約にてんやわんやだ。
まるで世界の滅亡でもあったかのような盛況ですね。
と、ベルティアが思っていると近くの神がその話題を話していた。
「理不尽姫の世界に侵略しようとしたバカが転生者に格落ちしたらしいぞ」
「あんな上位格神に攻撃したら反撃されるに決まってるだろ命知らずだな」
「まあ俺らはそのおこぼれを頂けてラッキーだわ。今日の転生契約すげえ楽だし」
「侵略世界と反撃世界の二つの世界の転生者丸ごとだもんなぁ。そりゃいつもとは桁が違うわ」
わははははは……
笑いが止まらない神々を前にベルティアは冷や汗を流していた。
先輩、またやったんですね
と、心の中で呟く。
理不尽姫と呼称されるベルティアの先輩はベルティアの師であり独立前のベルティアの上司でもあった女神だ。
師匠と呼ぶと年寄り臭いと怒るので先輩と言っているが心の中では師匠である。
理不尽姫との呼び名の通り色々とやらかしている先輩だがまたやらかしたらしい。
……やばい。
ベルティアは相変わらずのはっちゃけ振りに呆れると共に現在交渉中の契約を急いでまとめて世界に転生させていく。
あの先輩はやらかすと必ずベルティアの元を訪れるからだ。
そして転生交渉をぶち壊すのだ。まったくはた迷惑な先輩であった。
契約交渉多少甘めで契約を急いだベルティアが半分ほどの契約をまとめたところで今は聞きたくなかった先輩の声がフロアに凛と響く。
「やっほー、ベルティアー」
来た。来てしまった……
交渉中のベルティアが顔を強張らせる。
ハローワールドに滅多に現れない上位格の神である彼女のオーラが転生者と神々の視線を釘付けにする。
その皆の視線の先、背後に転生者を引き連れたちんまりと背の低い着物を着た幼女がベルティアに向かい可愛らしく手を振っていた。
手の動きに長い黒髪が揺れる姿はまるで人形のようだ。
しかし彼女の幼い見た目に騙されてはいけない。
あれで彼女はベルティアよりもはるかに長い経験を持つ上位格の神なのだ。
彼女はマキナ・エクス・デウス。
レベルは六六六那由他。六十三桁の格を持つ上位格神だ。
ベルティアの知り合いで彼女以上の格を持つ者は近所付き合いのある従神がボンクラとぼやく一人だけだ。
このフロアの神々が束になっても彼女一人でこてんぱん。
故にマキナは他の神の顔色など気にはしない。
空気を読まないマキナは一挙一動を見逃すまいと息を呑む皆の視線を浴びながら、さらりと爆弾を投げ込んだ。
「イグドラちゃんに餌をたっくさん、連れてきましたよーっ!」
ぐるりと視線がまわり、頭を抱えるベルティアに皆が注目する。
堂々と餌なんて言わないで下さい!
心で叫ぶベルティアの眼前、今まさに交渉中の転生者が立ち上がる。
「じゃ、私は別の世界を当たりますんでこれで。くわばらくわばら」
「ああっ、待ってーっ!」
転生者がそそくさと逃げていく。
マキナの餌発言に転生者達はドン引きだ。
ああっ転生者が、まともな転生格がぁぁぁぁ……
ベルティアは涙目で去っていく転生者の後ろ姿を見送った。
エルフと竜で評判の悪いベルティアの世界は他の転生者も敬遠しがちである。
転生者は常に不足気味。
だから今日は頑張っていたのにマキナの爆弾発言で全てがパー。
つまり転生者楽ちん獲得ボーナスタイムはこれで終わりだ。カウンターにガクリと力尽きたベルティアに理不尽姫はすすすと近付くと去り行く転生者を見つめ呟いた。
「あら、お邪魔だったかしら?」
「いえ……ようこそマキナ先輩」
くっそ邪魔ですよ。
気を抜けば口から出そうになる言葉をベルティアは何とか飲み込み愛想笑いでマキナを迎えた。
マキナの背後にぞろぞろ続くのは理不尽姫が餌と称した『まともではない』転生者だ。彼女は時折ベルティアの元を訪れてはイグドラの餌と称して彼らを押し付けていくのだ。
うちのエルフが飯キチなのは絶対こいつらのせいですよ……
と、現実逃避気味に考えながら、ベルティアはフロアの神々が話していた事柄を聞いてみた。
「ところで先輩、また世界を潰したそうですね」
「はい。ぺーぺーがナマ言ってきたので木っ端世界をぶつけて転生者に戻してさしあげました」
マキナがしれっと答える。
ベルティア達が悪戦苦闘している世界だが上位格神であるマキナはそれを幾万も管理する。
故に失っても惜しくはない。
幾万の世界を持つマキナにとって大事なのは本命世界のひとつだけ。
他の世界は本命世界に貢ぐための餌であり、守る為の盾であり、反撃する為の矛なのだ。
世界を耕すのは基本的に転生者が為す事であるが、もう一つ耕す手段がある。
それは他の世界から力を奪う侵略だ。
神々が管理する全ての世界は繋がっている。
『世界』はベルティアの仕事部屋のガラス箱の中にあるが、あのガラス箱の中身は別の空間の一部を取り出したものだ。
世界は時に接触し、侵略する。
強い世界が弱い世界の境界を貫き、弱い世界の力を吸い上げるのだ。
その侵略を異界の顕現と呼び、力の流れる管をダンジョンと呼ぶ。
この管がある限り世界は力を吸われ続け、やがては萎んで消えてしまう。
ベルティア世界の竜はこの現象から世界を守る盾であり、イグドラはこの現象の大量同時発生を潰すために世界に堕ちた。
発生したら一刻も早く潰す。
これが世界を一つしか持たない神のとりうる侵略から身を守る唯一の手段だ。
しかし世界を複数管理するマキナは違う。
本命世界を守る為に他の世界で妨害し、侵略し、時には真っ向から衝突させて自分の世界ごと相手世界を潰す。
そして育てば本命世界に貢がせる。
マキナにとって本命世界以外の世界は餌であり生贄なのだ。
「あんな木っ端世界はどうでも良いです」
ベルティア達がひーこら言ってる世界を木っ端扱いである。
これが上位格神の思考であった。
「それよりイグドラちゃんの餌ですよ餌。私の世界から選りすぐりの紐無しバンジー愛好家達を連れて参りました」
「愛好家です」「餌です」「二十桁から三桁までフリーフォールしました」
紐無しバンジー愛好家。
つまりチートを好んで使うチートジャンキーの事である。
何とも不気味な笑みを浮かべる彼らはまさかの微生物格。
ミジンコ並である。
どれだけ搾り取ったんですか先輩……
相変わらず底知れない着物幼女に戦慄を覚えずにはいられないベルティアであった。