8.努力? それもチートですから
ここは転生者転生斡旋所、ハローワールド。
数多の世界主神や従神が転生者を待ち構え、より良い者を自らの管理世界に送り込み格を上げる為にしのぎを削る神の戦場。
転生者は世界を耕す貴重な人手だ。
神にとって世界はあまりに小さく、細かい事には手が出せない。
そして細かい事ばかりを気にしていたら大きな事が疎かになる。
神は世界全てを大まかに管理し、細かい事は転生者を送り込み耕しているのだ。
故に転生者の獲得は死活問題だ。
神々は転生者を前に自らの世界を売り込み、次々と転生契約を結んで世界へと送り込んでいく。
「私、納得できませんの」「はぁ」
そんな熱狂的なフロアの中で、ベルティアはいつものように転生者の苦情を聞いていた。
またですか……
ベルティアは呆れ、面倒臭い転生者を送り込んできた向かいの神をギロリと睨む。
前にも言ったが神々の世界はセコい。
面倒な物事を他の神になすり付けるのは当たり前の事なのである。
ベルティアもとっととハロワの係員になすり付けたいのだが、この手の転生者は皆、頑固。
というか、たらい回しにし過ぎである。
相手なんぞしていられないと何度もたらい回しにされた彼女は、ベルティアの前から頑として動かなかった。
対するベルティアも世界に問題を抱えているので他の神のように邪険には出来ない。
邪魔な者と邪険には出来ない者。
ベルティアはなぜ自分の所に来るのだとしきりに首を傾げるが、当然といえば当然の結果なのであった。
「今の私のレベルは二万八千五百です」「はぁ」
五桁。虫の格である。
「私のレベルがなぜここまで下がっているのか見当が付きませんの。私の転生前は五億八千万。私は普通に人類格に転生しました」
「はぁ……転生世界では何を?」
「努力で世界を制覇しましたわ」
自信満々に彼女は胸を張り、ベルティアはにこやかな表情のまま被害届を購入する。
またアレであった。
「人が一つ努力する所を三つ努力して、人よりも優れた能力を獲得してさらに努力して努力して努力して……」
彼女の独白は延々と続く。
辺鄙な村に生まれた彼女は努力に努力を重ねて盗賊を退け、怪物を討伐し、隣国の侵略を退け、国を興して民を富ます事に力を注いだ。
転生してから世界を去るまで欠かさなかった努力を誇らしげに語る彼女は自分のした事を全くおかしいとは思っていない。
当然世界を去った彼女はレベルが爆上げしていると思っていただろう。
「どうしてですの?」
しかし神の世界に戻ってみれば驚きの虫レベルまでの格落ちである。
納得出来ないのも無理はない。
彼女は世界を去った後の苦境をつらつらとベルティアに語り、最後は問いかける形で言葉を終えた。
あぁ、この人努力したからレベルが減るのはおかしいと思っているのか……
ベルティアは被害届を記述しながら可哀想な彼女を見る。
努力。
それ自体は良い事だ。
ベルティアも世界を耕すため、そしてイグドラを救うために不断の努力をしているつもりである。
しかし、何でもかんでも努力で得られる訳ではない。
何事にも限界はある。
だから努力にだって限界はある。
そして彼女の語った人生はその限界を明らかに超えていた。
「大変申し上げにくいのですが、それはチート詐欺ですね」
「詐欺! 私の努力が詐欺だと?」
「はい。非常に悪質なチート詐欺ですから全レベルが賠償されると思います」
「なぜですの! 私、全てを努力で獲得いたしましたのに」
「いえ、普通努力しても殴っただけで山は吹き飛びません」
「なっ……!」
努力式チート。
転生者が世界を耕すために努力する事を利用した悪質なチート詐欺である。
大抵の人間は努力と結果が釣り合わなくなった時点でそれ以上の努力をしなくなるが、時々限界に達していても努力し続ける者がいる。
この詐欺はそのような者に付け込みレベルを対価に才能の限界を引き上げる。
努力する限り能力を獲得できるために詐欺に遭った者は際限なく努力し続け、神は世界を派手に耕してもらった上にチートの対価でウハウハなのであった。
「夢か幻で『力が欲しいか?』とか聞かれませんでした?」
「子供の頃に頑張っても出来ない事があった時、夢でありましたわ」
「それですね。それがチート契約です」
「ええっ? そんなあやふやな物で成立するのですか?」
「普通は成立しませんよ。これは詐欺ですから」
「でしたら私はどうすれば良かったのですか?」
「回りに自分と同等の者がいなくなった時点でおかしいと思うべきでしたね」
「そんな無茶な……」
彼女は呆然と呟いた。
チート無しの努力であれば同等の者が世界に最低百人くらいはいるものだ。
自分がぶっちぎりの頂点に君臨した時点でおかしいと思わなければならなかったのだ。
まあ転生者にそんな事がわかる訳もない。彼女の言う通りの無茶である。
だが、そこに付け込むのが神のセコさだ。
自分の世界を耕す為に神はやりたい放題なのであった。
「これは全レベルが戻ってくるケースですので確認と承認をお願いします」
「うぅ、私の努力がただ働きだなんて。なんですのこの世知辛い世界?」
「申し訳ありません」
ベルティアは他の神の不始末に頭を下げ、確認と承認の後に書類を転送した。
曖昧な契約によるチートは悪質であり全レベル賠償となる。
しかし彼女が転生で得られたはずのレベルは得られない。可能性の賠償まではまだ認められていないのだ。
要するにただ働きである。
彼女のレベルを賠償しても神の収支はプラスだろう。一人のチートは周囲を巻き込み派手に世界を耕すのだ。
まあ、全レベル戻ってくるだけマシである。
ベルティアが今後の手続きを説明し、賠償には二十年程かかると説明すると彼女はヨヨヨと泣き崩れた。
猪で悩んだジェイクと同様、人類格を獲得した後での格落ちはショックが大きいのだ。
「うう、虫、また虫ですの?……せめてカブトムシとか格好良いのがいいですわ」
「いえ、台所によくいるアレが楽で高回転なのでお勧めですが」
「絶対嫌ですわ!」
「じゃあ腐った物にわくアレとか」
「それも絶対嫌ですわ!」
地中で何年も幼虫として過ごすタイプよりも文明に寄生しすぐに成長するタイプの方が周回が速くレベル上げには適している。
これが一匹いれば何十匹といわれる理由である。虫格の転生者、いや転生虫にはアレらは人気が高いのだ。
「ところで話は変わりますが、私の世界で五桁格で人類格に転生できるキャンペーンを実施しているのですが……」
ベルティアはさんざん彼女を追い詰めた後さりげなくエルフの話を切り出して、転生契約を結んで送り出した。
ベルティアも神である。セコいのである。
あまりに胡散臭い契約に毒を食らわば皿までですわと悲壮な覚悟で旅立った彼女だが、ベルティア世界のエルフは毒すらまともに食えはしない。
実を食われたイグドラの恨みは半端無い。
生かさず殺さずイビり続ける彼女が許すのは精々食中毒と寄生虫だ。自害や自傷などは決して許さないのであった。
まあ台所のアレとかアレよりはマシでしょう。
ベルティアは自己弁護のように心の中で呟くと、再び転生者の獲得に勤しむのであった。
くっ、鎮まれ俺の左腕……!
四十肩とか五十肩とかじゃないだろうなコレ。




