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6.世界は鍋料理のように

「ささ、ご飯にしましょうベルティア様、ルドワゥもビルヌュもご飯ご飯肉肉」


 マリーナがコンロの火を点け、下ごしらえした鍋に肉を入れていく。

 肉の虜になってからマリーナはベルティア家の鍋奉行。

 自分が取りやすいように鍋の具を自分の近くに寄せて入れる様はまったくもってエルフである。


 はじめは肉をめぐる鍋バトルが頻発したが、食べ切れないほど用意すれば解決。

 彼女がここに来て一年、食への執着半端無いエルフの扱い方にようやく慣れたベルティアだ。


「マリーナも酒飲むか?」

「もちろん頂きます」


 肉が煮えるまで野菜をつまみに酒を飲む。

 ビルヌュに酒を注がれたマリーナはゆっくりと味わうように酒を飲み、ぷはぁと笑顔で飲み干した。


「お酒も本当に美味しいわぁ」

「エルフは水すら普通に飲めないもんなぁ。俺ら竜もあの決断以来エルフに頭が上がらんわ」


 ルドワゥが箸で野菜をつつきながら、ベルティア世界のエルフの不遇に涙する。

 しかしそれを竜時代にどうにか出来たかと問われれば否。

 呪いをかけた相手は竜を木っ端屑で圧倒する最強の存在であった。


 クツクツと鍋が煮えていく。

 皆は酒を酌み交わし、肉の煮え具合を確認し、野菜をつまみながら毎食恒例の愚痴大会を始めた。


「ベルティアには悪いがあのクソ大木は本当に厄介この上無い」「本当ですよねぇ。ああ野菜も美味しい」「奴の丁稚共に討たれなければホルツも今のような事にはならなかったのに」「俺の縄張りだったエルトラネもそうだわ。俺が討たれてから冒険者共にいいように利用されちまって……エルネもそろそろ危ないぞ。あの丁稚宗教ロクな事しねえからな」「あ、お肉がそろそろ良いですよ?」「「飯優先かよ」」「だってどうしようもありませんもの」……


 三人は世界の為にその身を捧げ、世界を支えたニート達。

 彼らが語るそれら全てがベルティアと共に世界を回した彼女が起こした世界の歪みだ。


 神から堕ちて世界に根差した彼女は世界のめぐりを狂わせた。

 根差した大陸は砂漠に変わり、エルフは呪われ衰退し、枝を授けられた人間が絶対強者の竜を狩る。


 世界の中心となった彼女のためにベルティアの世界は歪み、ゆるやかな滅びを歩んでいるのだ。

 彼女……世界樹イグドラシル・ドライアド・マンドラゴラの神の世界への帰還は喫緊の課題であった。


「そろそろあのクソ大木回収しろよベルティア」「それが何をしても全部実に回してしまって」「性欲百倍だもんなぁ、肉欲半端無いよな」「せっかく私達エルフが呪われるのを覚悟で実を食べ尽くしましたのに。あぁお肉美味しい」「もういっその事月でも落として潰せや」「太陽を落としてもケロリとしてますよ。かと言って私が直接手を出し救ったら世界が潰れてしまいますし困ったものです」「世界を守る為に堕ちた神を救う為に世界を潰すとか本末転倒甚だしい」「お肉の脂身がポン酢に合うんですよね」「おいマリーナ、話合わせろよ」「嫌ですよ。今はご飯の時間じゃありませんか」「「お前ブレねぇな」」「先ほども言いましたがどうしようもありませんから。そろそろ雑炊タイミングですねご飯ご飯」「「お前ブレねぇなぁ……」」


 マリーナが台所から持ってきたご飯と卵を具の少なくなった鍋に入れる。

 ご飯、とき卵を入れてマリーナがかき混ぜる鍋を、皆は黙って見つめていた。


 世界はクツクツと煮られる鍋の如くだ。

 それを外から眺めるベルティア達は見ている事しか出来ず、手を出せば鍋から締めの雑炊への変貌のように姿をまるで変えてしまう。

 世界がガラリと変わってしまうのだ。


 そして今、世界はイグドラ……ベルティアはイグドラシルの事をこう呼んでいた……によってガラリと変わる直前であった。


「……せめてバルナゥが討伐される前に子作りしてくれねえかなぁ」

「世界が潰れる前に丁稚共に一泡吹かせてやりたいわホント」


 ルドワゥとビルヌュが呟き酒をあおる。

 二人はそれぞれ三十九年前、七十八年前に弱者である人間に狩られ、イグドラの供物となった。


 ビルヌュの遺骸はすでに食い尽くされ、ルドワゥの遺骸もあと二十年ほどで食い尽くされるだろう。

 イグドラも食わねば生きてはいけないのだ。


 ニート的生活を送るルドワゥとビルヌュではあるが、厳密に言えば二人はニートではない。

 イグドラの丁稚宗教である聖樹教に復讐するために竜転生を望み、少なくなった竜が子作りするのを待ち構えている転生待機者だ。


 二人は大竜バルナゥに期待していた。

 比較的人に近い場所に住み、マリーナの里であるエルネを守護する全長二十メートル程の齢二億の大竜バルナゥ。


 ベルティアの世界では竜は全てが雄であり、どんな種とでも子を生せる超生物である。

 バルナゥはちょっと前に人間といい仲だった事もありすぐに転生できると踏んでいたのだ。


 が、しかし……

 このバルナゥ、ちょっと前まではっちゃけていたのに最近は女っ気さっぱりで異界討伐ばかりやっている。


 世界を覗くたびに他世界からの侵略であるダンジョンで異界の主と戦う雄姿に、いいかげんにしろと二人は罵倒していたのであった。


「もう犬でも猫でもいいから子作りしてくれバルナゥ」

「俺が狩られてもうすぐ四十年、そろそろクソ大木の丁稚が動き出すぞ。頼むから、頼むからそれまでに子作りしてくれホント。この際虫でもかーちゃんと呼んでやるわぃ」


 ビルヌュとルドワゥもテレビに映るバルナゥに土下座懇願。

 そんな二人を雑炊をかき混ぜながらマリーナが笑う。


「エルネのエルフならよりどりみどりですのに」

「ヤッたら呪いが移るだろうが。お前らの呪いを竜が貰ったら絶対そのまま食われるわい」


 マリーナの言葉にビルヌュが噛み付く。

 イグドラのエルフへの呪いは強烈で、繁殖相手に呪いを移すのだ。


「八百年前にバルナゥとハッスルしたガーネットとやらはどうなった?」

「ああ、建国王ガガ・グリンローエンか」

「バルナゥとは子を生せず、自分を頼り集った人々の為に名と共に愛を封じた方ですよね」

「転生するたびに次こそはと息巻くあの方ですか。ちょっと待って下さいね」


 グリンローエン王国で女として生まれたいと毎回駄々をこねるんだよなぁ……


 と、雑炊をよそうマリーナを横目にベルティアは端末から情報を取り出した。

 ちなみにこの希望もチート扱いでレベル払いである。性別や生まれる場所程度のチートはベルティアも多少の融通を利かせているのであった。

 レベルはしっかり頂くが。


「えーと、今は聖樹教で聖女見習いをしているそうですよ。名はソフィア・ライナスティ」

「よりにもよって丁稚宗教の手先かよ……下手したら殺し合いじゃんか」

「俺らみたいに前世の記憶を残してくれればいいのに」

「そんなチートを認めるのは世界を守る盾である竜だけです」


 雑炊のおかわりをよそうマリーナを横目にベルティアはぴしゃりと言い放つ。

 そんな力は転生者の人生を変え、大抵不幸な結果に終わる。

 前世に引きずられて今世が芝居のような上辺だけの物になってしまうのだ。


 だからベルティアは世界の盾である竜にしか前世を認めていない。

 竜は自らが朽ちるまでの星の寿命に等しい年月を想い出と夢を糧に生き、世界を食らう異界と戦う超生物だ。役割に釣り合うだけの特権を与えているのである。


 まあ、殺し合いにはならないでしょう。たぶん……


 ベルティアはまた雑炊をおかわりするマリーナを横目に考える。

 転生者は前世や神の世界の事を憶えていないが性格は前世の影響を受けている。

 何度転生してもバルナゥを狙うほどの執念だ。ガーネットがソフィアになろうがそのあたりは心配ないだろう。


 今回こそは、出会えるといいですね……


 と、またまた雑炊をおかわりするマリーナを横目にベルティアは問題をまるっとぶん投げる。人の恋路に口を出す気はさらさら無かった。


「ごちそうさま!」

「あーっ! マリーナ全部食いやがったぞこいつ!」

「てめえ、食い意地張りすぎだろ!」

「今はご飯の時間じゃありませんか。他の事をしているのがいけないのですよ」


 噛み付く二人にマリーナがしれっと答えて茶をすする。

 ベルティア世界のエルフは食への執着半端無い。ご飯の間に他の事をすればいらないと判断されるのだ。


 鍋はすでに空。

 そう、世界はまさしくこの鍋のごとく。

 手をこまねいていれば、いずれイグドラに全てが食われてしまうのだ。


「ベルティア、食い物」「弁当買ってきて」

「……わかりました」


 人を顎で使う二人にこれも仕事だと拳を握り、ベルティアは近所の店で自分と三人の弁当を購入した。

ソフィアとガーネットの関係は後付け設定です。


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