最終話.ようこそハローワールドへ!
画面の中には三人の幼子が立っていた。
一人は男の子、二人は女の子。
三人ともエルフだ。
男の子は二人の女の子に、可愛らしく名を告げる。
「カイ・ウェルスだ」
「「はぁー?」」
女の子二人が首を傾げる。
二人を見た男の子はニコリと笑い、胸を張ってここ一番の決め台詞を言った。
「あったかご飯の人だ!」
「「ははーっ」」
女の子二人がひれ伏し土下座する。
親譲りの見事な土下座。
さすがミリーナの娘えう。うふふ土下座上手。カイ様のような立派な方に育ちますわ。
親バカ半端無い声が画面外から響いてくる。
何とも幸せなエルフの日常の一幕。
「うっは!」
そしてそれを見つめる世界主神の日常の一幕でもある。
ベルティアは機材の画面をゆっさゆっさ揺らして悶えていた。
かわええ、超かわええ。
少し離れて見つめるカイさんの微妙な笑顔が超ツボです。
カイさんの子供達、ナイス!
カイ本人は不本意だろうが子供達には大ヒット。
そのバランスが微妙な笑顔に表れていた。
あぁ、今日も素晴らしく微妙な笑顔を拝見いたしました……
ベルティアは朝の日課に満足の笑みを浮かべ、今日もハローワールドに出勤する。
イグドラ帰還から二十年。
まだまだ世界は混乱しているが、何とか目処がついてきた。
カイ達は相変わらず世界を飛び回り、人間に森を追い出されたエルフ達をアトランチスに送り続けている。
ベルティアの祝福に振り回されてはうまく切り抜け、祝福されてはうまく切り抜け……カイは地元ランデルで、アトランチスで、エリザ世界で力を振るう。
そんな中でも子は育ち、今では立派な土下座を見せる。
父親は不本意半端無いあったかご飯の人の呼び名も大好きで、三人のごっこ遊びはいつもそれだ。
その度にカイが見せる微妙な笑みは今のベルティアの活力。
私がついてますカイさん。
ハローワールドへの道を歩きながらぐっと拳を握るベルティアである。
行く先々でトラブル。
そして絶妙微妙時には理不尽な展開でずばんと解決。
神に好かれるというのはこういう事であると言わんばかりの超絶マッチポンプ。
神様贔屓のパワーレベリングでカイのレベルはもりもり上昇。
今や竜と同格の十三桁である。
贔屓ここに極まれりであった。
「のじゃ……」
肩に乗るイグドラは拳を握るベルティアを何とも困った顔で見つめている。
ベルティアがカイの故郷周辺に力を行使し過ぎてからベルティアに頼まれ色々力を行使するイグドラだが、カイの我慢はとうの昔に限界を突破している事を良く知っている。
しかしイグドラにはどうしようもない。
相手が主神のベルティアだからだ。
すまぬのじゃカイ。
遊びに目覚めた神は手のつけようが無いのじゃ……飽きるまで我慢してくれい。
カイの愚痴にすまぬと土下座するばかりのイグドラだ。
真面目一辺倒が遊びにハマると加減も知らずにはっちゃける。
ベルティアの行為はまさにそれである。
転生者時代から地道で堅実だったベルティアは、あまりに堅実すぎて人生の幅を広げず素早く格を上げてきたのだ。
力が無い頃にハマッておけば穏便に済んだ事も、力を持った後では超迷惑。
超迷惑を一身に受けるカイは超絶迷惑だろう。
何よりも注意できる者がいないのがよろしく無い。
ベルティアに頭の上がらないイグドラとエリザ、逆に煽るマキナ、隙あらば侵攻して力をかっぱごうと傍観する他の神々。
ベルティアが飽きるまでどうにもならないのであった。
「べ、ベルティア先輩ーっ」
始業前にハローワールドのフロアに入り、指定された席に座るといきなりエリザが情けない声で泣きついてきた。
「あらエリザ様。私の如き下級神になにか御用でしょうか?」
「そ、そんな事言わないで下さいよベルティア先輩。先輩だけが、先輩だけが頼りなんですーっ」
「また土下座ですか……貴方は本当に行き当りばったりですねぇ」
今日も炸裂するエリザの華麗な土下座に呆れるベルティア。
イグドラを神の座に戻すためのチート興行と賭けの胴元の儲けで今のエリザの格は四十五桁。
あっという間に四十三桁のベルティアよりも格上だ。
エリザの煽る才能は本当に半端無い。
しかし、しょせんはチート成金。
世界を耕す術を知らないエリザは現在絶賛カモられ中で、今でもこうしてベルティアに助けを求めに来るのである。
「で、今回は何ですか?」
「はいっ。こ、これでございます」
なんだかなぁ……
恭しく差し出された端末を受け取って、ベルティアはささっと世界を修正する。
エリザが世界を委ねるのはベルティアがひどい事をしないと言う確信があるからだ。プライスレスな信用という物も本当に厄介なのである。
「はい。もっとがめつく対価請求したら来なくなるかしら?」
「そんなーっ! 見捨てないで下さいお願いしますベルティア先輩!」
「わかりましたからもう自分のフロアに戻りなさい。もう始業の時間ですよ」
「はいっ、ではまた明日。明日もよろしくお願いいたしますうううううぅぅ」
博打だけであそこまで格を上げられるとか信じられません。
神の世界は本当に、よくわかりませんね。
まったく世界を運営できないエリザの様に首を傾げるベルティアである。
そんな事を考えているうちにハローワールド始業の時間となり、ベルティアのカウンターに転生者が列を作った。
最近のベルティア世界は順風満帆。
イグドラという大問題が無くなればこんなものである。ベルティアは次々と転生者を転生させていく。
「いやーすみません。エルフ発展キャンペーンはもう終わってしまったんですよ」
「えーっ……速攻格上げの定石ルートだったのに」
これまでの固定客であるジャンキーやチート被害者には悪いが仕方ない。
エルフは今や何の問題もない優良種族。格安で転生させる訳にはいかないのだ。
そして竜も少しずつ数を増やしている。
ミリーナと共に旅するマリーナは幼竜にも関わらず暴食竜マリーナと呼ばれ可愛がられている。
ご飯ひとつで色々してくれる便利な竜という少し困った扱いだが、成竜になればご飯の為に世界を守る頼もしい竜になる事だろう。
ルドワゥとビルヌュは今でもバルナゥ夫婦と竜峰ヴィラージュに住んでいる。
時折ランデルの町で犬と共に酒盛りをして領主を困らせているらしい。新たに生まれた五体の幼竜の頼れるお兄さんズと言ったところだ。
バルナゥは妻を得て舞い上がったのか、なかなかにはっちゃけた竜生を送っている。親子揃ってランデル領主を困らせる竜であった。
転生者は今日も世界を耕し、神は今日も世界を回す。
「むにゃ……なのじゃ」
ハローワールドでは暇なイグドラは植木鉢で眠っている。
今日の世界もハローワールドもいつも通りですねとベルティアが午前中の転生者の処理を終えて一息つくと、一人の老女がカウンターの前に立った。
「いらっしゃいませ。転生ですか?」
「いえ。失礼ですが貴方がベルティア・オー・ニヴルヘイム様?」
「はい。世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイムです」
ベルティアが自己紹介すると老女は安堵したように笑う。
「ああ良かった。久しぶりで迷ってしまいました。そちらの植木鉢にお眠りの方がいつかソフィアに見せてもらったイグドラシル様ですよねぇ」
「あの、貴方は?」
ベルティアの問いに老女は自らの履歴書を出し、自らの名を告げた。
「ミルト・フランシスと申します」
「ミルトさんですね……ランデル出身。私の世界の方でしたか。素晴らしい成果を上げていらっしゃいますね。これならエルフに転生も可能ですよ」
ミルトの格は十桁。これならエルフの格に十分見合う。
しかしミルトはゆっくりと横に首を振った。
「いえ、その話は後でゆっくりするとして……実は私、カイから言伝を預かって参りましたの」
「ゲリさんの?」「ゲリさん?」
「ああ失礼しました。カイさんですねカイさん。大変失礼いたしました」
ミルトの口から出たカイの名に驚き久しぶりにゲリと呼んでしまった事をペコペコ頭を下げて誤魔化し、ミルトの言葉を待つ。
カイさんが私に言葉。
感謝。これは感謝の言葉ですね。
さすがカイさん律儀です。
と、ひどい勘違いをするベルティアである。
遊び慣れていない者の悲しき宿命であった。
ミルトはにこやかな表情のまま、足で床をトントンと叩く。
「とりあえず、ここに正座なさい」
「はい?」
いきなり何を言い出すのでしょうか、この転生者……
ミルトの言葉に怪訝な顔をするベルティア。
そんなベルティアに答えを与える者が現れた。
「やっほー、イグドラちゃーんっ……」
フロアの入り口から駆けて来る着物幼女。
マキナ・エクス・デウス。
ベルティアの師匠である。
彼女はイグドラが戻って来てからハローワールドに毎日通い、イグドラを可愛がるのを日課としているのだ。
が、しかし……
ミルトは現れた着物幼女を一瞥すると、にこやかに笑いかけた。
「あら、久しぶりですねマキナ」
「ミ! ミルト…様!」
ビシリ!
にこやかな表情のまま固まるマキナである。
え? マキナ先輩知り合いなんですか?
ベルティアが驚愕の眼で見つめる先、ミルトは先ほどと同じように足で床をトントンと叩く。
「正座」
「は、はひっ!」
流れるような見事な所作で床に正座するマキナである。
ミルトは頷くとベルティアの方をじっと見つめ、床を再びトントンと叩いた。
その行為にマキナが叫ぶ。
「ベ、ベルティア! ここは私を助けると思って正座して下さい!」
「マキナ先輩?」
助けるって何ですか?
この人は神の世界のあったかご飯の人か何かですか?
ベルティアは首を傾げながらもマキナの横に正座する。
マキナは理不尽姫。
この場で逆らえても後が怖い。
ミルトはベルティアが正座した事を確認すると、カイからの言葉を口にした。
「『いい加減ほっといてくれないか?』との事です」
「それはどういう……」
感謝ではなく文句である。
問い返すベルティアにミルトはため息をついた。
「言葉通りの意味でしょう。迷惑なんですよ迷惑。貴方のお陰でカイの人生が波乱万丈になってしまい大変困っているのです。一部地域からは『あったかご飯の人が現れた時、この地に災いが降り注ぐ』と伝説になってしまっているくらいですよ」
「え、ですが私は……」
「だまらっしゃい。神が人の世界に出しゃばるんじゃありません」
私はカイさんの為を思って。
という台詞をミルトの言葉がぶった切る。
唖然と言葉を失ったベルティアにミルトはやれやれと首を振り、愚痴を言い始めた。
「まったく、今際の際に『ちょっと言伝頼みます』としれっと言われる身にもなって下さい。死の直前ですよ? これが永久の別れという時におつかい行ってきてと言わんばかりのこの態度。さすがの私も唖然としましたよ全く。カイをあそこまで追い詰めたバカは貴方ですよねベルティア様?」
「え? 私なんですか?」
「貴方以外に誰がいると言うのですか。ソフィアもソフィアです。『これから毎日子作りしますからすぐにお戻り下さい』とかしれっと言いに来るのです」
ミルトの愚痴はカイからバルナゥの妻ソフィアに対する愚痴にシフトした。
「死を前にした師匠の私に何ですかあの態度は? 貴方がカイに世界の仕組みを教えたせいで馬鹿らしさが半端ありません。何のために転生時に記憶が消えていると思っているのですか。必死こいて生きるのが馬鹿らしくなるからですよ! 知っていたら今回ハズレだからで人生を終えてしまうではありませんか!」
ああ我が弟子ながら情けないとミルトは憤慨半端無い。
生前の記憶に憤慨している間にベルティアはマキナにヒソヒソ聞いてみる。
「あの、マキナ先輩はこの方を御存知なんですか?」
「私の転生者時代に上位格神だった方ですわ。以前カイとイグドラちゃんの会話の中でちらっと名前を聞いたのですが、まさか本人だったとは……」
マキナが汗をタラリと流す。
上位格神が今は転生者とは……なかなかに凄まじい転落人生ですね。
と、ミルトを見上げるベルティア。
だがしかし……現実はもっと過酷だった。
「あ、あのミルト様。私が転生者の頃は上位格世界主神をなさっていたと記憶しているのですが……いつ格落ちなさったのですか?」
「格落ち? そんな事一度もした事はありませんよ」
マキナの問いにしれっとミルトがぶっちゃける。
「世界を上がって上がって上がり続けて、二百五十七個目の世界に移行したなと思ったら最初の世界に戻っていました。わたくしもびっくりです」
「「……」」
ループするんかい!
心の中でツッコミを入れるベルティアである。
それも驚きのカウンター八ビット。
さらにここが神の世界の一番底である。
この上に二百個以上の世界があり、延々と転生を繰り返しているのだ。
さらにミルトの言葉は続く。
「いやいやさすがに無いだろうともう一度世界を上がりまくったらまた最初の世界に戻ってしまいました。二度びっくりです」
「「……」」
三周目かい!
心の中で絶叫するベルティアである。
ジャンキーだ。この人転生ジャンキーだ。
と、戦慄半端無いベルティアの横でマキナがパタリと突っ伏した。
「マキナ先輩!」
ベルティアが慌てて抱え上げる。
「ベ、ベルティア……何ですのこの世界? ループするんですの? どこまで頑張れば良いのです? 今も頑張って世界を運営してるというのにこの上に二百以上も世界があって最終的には元に戻る? 全部、全部パーですか?」
「ちなみに二周目に周回ボーナスはありません」
「ぐっ!」
「当然三周目にもありません」
「ぐふっ……!」
追い討ちをかけるミルトにマキナが呻き、やがてクタリと気絶した。
「ほら見なさい。マキナの心がぽっきり折れてしまったではありませんか。死というものは厳粛であるべきなのです。その先を知れば馬鹿らしくなるものなのです」
いえぽっきり折ったのミルトさんですよね? 私じゃありませんよね?
と、言いたいベルティアであるがミルトが怖くて言い出せない。
「人には人の道があるように神には神の道があるのです。たまに交わる事があるのは仕方ないですが積極的に交わり求めるようでは困るのです。あれは貴方の世界なのですよベルティア様? 転生者がアホらしくなって耕さなくなったら貴方の格が下がるのですよ? 少しは緊張感のある世界運営を……」
「すみません! 本っ当にすみません!」
ベルティアを前にミルトの説教が延々と続く。
転生者転生斡旋所、ハローワールド。
様々な転生者がめぐる神の世界は今日もまた、めぐり続ける。
(了)
お読み頂きありがとうございました。




