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37.そして世界は正しく回る

「ベルティア様、私を転生していただけませんか?」


 夜。

 ベルティア家、仕事部屋。

 イグドラ帰還祝いの宴会が終わり、仕事部屋で世界の有様を確認するベルティアにマリーナが言う。


「転生ですか?」「はい」

「エルフに?」「はい」


 マリーナが頷く。


 ベルティアも薄々わかっていた事だ。

 イグドラが原因のエルフの呪いは祝福に変わった。

 エルフは呪われた種族から祝福された種族となり、カイにメロメロなミリーナは二度と人間と事を構えるような真似はしないだろう。


 それに……


「今ならミリーナの子供が狙えると思うんですよね」

「……また赤裸々にぶっちゃけましたね」


 おいこら曾祖母。


 ベルティアは心の中でツッコミを入れる。

 そう。

 これまでは呪いを移すからとヤッていなかった夫婦の我慢期間も終わり。

 これからのエルフは想い合ってヤれば祝福され、無理矢理ヤッたら呪われるハッピー種族となる。


 あの二人はヤるだろう。

 そして共に歩むだろう。

 今頃呪いから祝福に変わった事を確認して二人で喜んでいるはずだ。


 イグドラを天に戻して肩の荷も下り、神から感謝の言葉をもらい、呪いも祝福に変わった。


 まさしく今が幸福の極み。

 これ以上無いベストシチュエーションのはずだ。

 マリーナが狙うのも当然であった。


「わかりました。何か希望はありますか?」

「ご飯を美味しくたくさん頂けるようにお願いいたします」

「ブレませんねぇ」「はい」


 笑いながらベルティアは機材を操作し、慎重に手続きを開始する。

 エルフに転生した転生者は神に捧げる生贄だ。

 だから生を終えた後に特権を与えている。

 普通は細かく指定できない転生条件はエルフや竜に転生した者の特権だ。


 マリーナの転生先をミリーナの子に設定し、細かい条件を恩の意味も込めて優良に設定していく。


 マリーナはエルフの中でもきわめて見目麗しい姿で転生するだろう……そして希望通りに大食らいに。

 全ての設定を終了したベルティアは立ち上がり、マリーナに深く頭を下げた。


「ではマリーナさん、お世話になりました」

「ベルティア様、幸せな食い道楽生活をありがとうございました」


 マリーナも深く頭を下げる。

 長いようで短い八年間、マリーナは食べて食べて食べて食べていた。

 それでも世話になったと思えるのは彼女の人徳だろう。マリーナのお陰で食生活が豊かになったベルティアである。


「大食いチャンプが居なくなると商店街も寂しくなりますね」

「ふふ、皆様によろしくお伝え下さい。あとビルヌュとルドワゥも早く転生できるといいですね」

「全くです。丁稚宗教に復讐とか息巻いてますがイグドラが力を授ける事を止めた時点であの宗教は終わりです。復讐する前にケリがついているでしょう」


 聖樹教は世界樹の恩恵という明確な力を背景に人間社会に君臨してきたのだ。

 その力が無くなったらどうなるかなど、火を見るより明らかだ。


 彼らは他力本願の報いを受ける事だろう。

 カイは丁稚宗教にハめられてバルナゥ討伐という贄の道を歩まされたが見事に道を切り拓き、丁稚宗教の神を味方にした事で彼らを逆に追い詰めたのだ。

 まさに「天は自ら助くる者を助く」だ。


「ではベルティア様、よろしくお願いいたします」

「はい」


 マリーナが転生を促し、ベルティアが頷く。

 しかしベルティアが転生を実行に移す直前、仕事部屋のドアを激しく開いて現れる男達がいた。


「待てマリーナ!」「早まるな!」


 ルドワゥとビルヌュである。


 『早まるな』はないでしょう。


 と、思いながらベルティアは実行を先送りする。

 別れ位はさせてあげようと思ったからだ。


「二人とも、今が私の転生する時なのです。ミリーナとカイさんが今宵本当の夫婦となり、私がそこに転生する。私、カイさんのあったかご飯を食べてみたいと常々思っておりましたの」

「そんな所までご飯なんですか……」


 さすがに呆れるベルティアだ。

 マリーナは二人が引き止めるために現れたと思い、自らの決意を口にした。

 しかしビルヌュとルドワゥは引き止めるために現れた訳ではない。


「マリーナ。竜だ」

「今バルナゥがソフィアとヤってる。竜転生のチャンスなんだ!」

「覗いたんですか!」


 二人の行為に呆れ半端無いベルティアである。


 頑丈だからと力の標的にされ、メテオを食らい、ダンジョンを揺さぶられ、討伐により生死の境を一月以上もさまよったバルナゥは今も変わらず不幸。

 四つのうち三つはベルティアが原因で残り一つはイグドラが原因だが、責任の所在はまるっとスルーなベルティアだ。


 二人の説得に、しかしマリーナは首を振る。


「私は一刻も早くミリーナに宿り、あったかご飯の夢を見て安らかに過ごしたいのです。そういえば竜転生は記憶を継承できるとか。向こうでもよろしくお願いしますね」


 マリーナの決意は固い。

 が、しかし……


「「バカ野郎! 竜はヤッたら即誕生だ!」」

「!」


 二人の叫びにマリーナが驚愕に震え、ぎこちなくベルティアに答えを問う。

 ベルティアは頷いた。


「その通りです。世界を守る盾である竜は全ての生物と子を生す事ができ、誕生までの期間は私が転生させるまでの期間になっています」

「つまり……即時誕生」「はい」

「即時食べ放題!」「「そうだ!」」

「ベルティア様、竜転生でお願いいたします」「……」


 あー、やっぱりそっちに行きますかー。


 マリーナはさらっとベルティアに転生のやり直しを要求した。

 さすがマリーナ。食への執着半端無い。


「ミリーナ、元気で……命のめぐる先でいつかまた会いたいものですね」


 何格好良い事言ってるんですか。


 と、ベルティアの呆れも半端無い。

 さすがはご飯に屈したミリーナの曽祖母である。食への執着はミリーナよりも数段上であった。


「さぁ、明日からあったかご飯の日々です」「「お前ブレねぇなぁ……」」

「あら、お二人もブレずに復讐なさるのでしょう?」「「いんや」」


 マリーナの問いにルドワゥとビルヌュの二人は首を振る。


「宴会で姐さんが『イグドラちゃんを利用した甘ったれに鉄槌下します!』と叫んでたからな。俺の遺骸を種に生贄世界を繋げるんだとよ」

「俺らが力を付けた頃にはあの丁稚宗教、間違い無く消えてるよ」

「あらまぁ……」


 ルドワゥの言葉に驚くマリーナである。

 マキナならば確実に実行するだろう。イグドラ大好き理不尽姫なのだから。


「だから俺らはのんびり暮らすさ」

「マリーナは当然食べ歩きだよな」

「当然です。生まれたからには食べて食べて食べ歩きます」


 何を当然な事をとマリーナが胸を張る。

 マリーナも確実に実行に移すだろう。食への執着半端無いのだから。


「それではベルティア様。お世話になりました」

「クソ大木と仲良く元気でな」

「星が朽ちる頃にまた会おう」

「はい。三人もお元気で」


 ベルティアが転生を実行し、マリーナ、ルドワゥ、ビルヌュが転生していく。

 イグドラは戻り、三人のニートは去った。

 ベルティア家は三億年という月日を経て、ようやく正しい姿を取り戻したのだ。


「静かになりましたね……」


 彼らが居なくなった仕事部屋で一人、ベルティアは呟く。


「そろそろ寝る時間ですか」


 と、ベルティアは誰もいない部屋でまた呟き、世界の管理を多重化した自らに任せて部屋を後にした。


「ふかふかじゃー。久しぶりのベルティア寝床じゃー」


 ベルティアが寝室に入ると、植木鉢の中でイグドラは既にご満悦だった。

 どうやら久しぶりの寝床は満足のいくものだったらしい。

 ベルティアは三億年で腕が鈍っていなかった事に安堵し、自らもベッドに入る。

 明かりを消すと静かな夜が二人を包む。

 酒と料理で騒ぐ者達はもういない。


「……少し、寂しいですね」

「余も、少し寂しいのじゃ」

「ですが、これが正しい世界です」

「そうじゃな。神は神の世界、転生者は世界で生きる。それが世界の在り方」

「彼らには私の不手際で迷惑をかけましたね」

「余もさんざん迷惑をかけたのじゃ」

「これから立て直さないといけませんね」

「頑張るのじゃ」

「そうですね。彼らに恩を返せるように頑張りましょう。特にカイさんには世話になりまくっちゃいましたから念入りに」

「……ま、まあ頑張るのじゃ」


 反省と感謝、未来への展望。

 二人は久しぶりの会話を静かに語り合う。


 しかし、これから大変だ。

 世界を振り回した神の都合、時間をかけて癒さなければならない。

 人間、エルフ、そして竜。

 世界の回復には多くの時間がかかるだろう。


 成長すべき時を失った埋め合わせは地味に淡々と行われ、世界は再び正しく回る。

 それが正しい世界のあり方。

 植木鉢からは満足そうなイグドラの寝息が聞こえてくる。


 今は静かに眠りましょう。そして働く自分に英気を。


 ベルティアは静かに目を閉じた。




「起っきるのじゃーっ!」

「うっひゃ!」


 朝。

 イグドラの大声にベルティアは飛び起き耳を塞いだ。

 久しぶりの相変わらずな大音声だ。

 三億年の世界暮らしのブランクなどまったく感じさせないイグドラにベルティアは苦笑し、身支度をしてイグドラを肩に家を出る。


「おはようございます」

「あらイグドラちゃん戻ってきたのねぇ。久しぶりに目覚まし要らずだったわ」

「おぉ、久しぶりなのじゃ」

「朝からやかましくてすいません」

「いいのよぉこっちも起きる時間だから。これから賑やかになるわね」

「いやぁ、三人は昨夜転生していきましたからむしろ静かになりますよ」

「あら、慌しいわねぇ……」

「はい……」


 ご近所さんと挨拶と世間話をして、ベルティアはイグドラを肩にハローワールドへの道を歩く。

 通り抜ける商店街の店にはマリーナの雄姿が貼られていた。

 彼女が次に戻るのは数十億年後になるだろう。


 その頃までに記録は塗り替えられているでしょうか……無理ですね。


 ベルティアは笑いながらハローワールドへと向かう。

 星が朽ちた頃戻るマリーナは自らの雄姿をまた見る事になるだろう。

 その時マリーナは嬉しいと笑うだろうか、情けないと笑うだろうか。


「さぁ、転生者を稼ぎますよ」

「のじゃ」


 エルフ転生キャンペーンはもう終了だ。

 これからエルフは神の祝福を受けた存在として人気の種となるだろう。

 多少食い意地が張っているのはご愛嬌。


 ベルティアは力強く道を歩く。

 すべてはこれから。

 そう、これからだ。

次回、最終回です。

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