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36.ベルティア、ゲリげふんげふんカイと邂逅する

「はじめまして。私は世界主神ベルティア・オー・ニヴルヘイムと申します」

「カイ・ウェルスです」

「アーの族、エルネの里のミリーナ・ヴァン」

「ダーの族、ボルクの里のルー・アーガス」

「ハーの族、エルトラネの里のメリッサ・ビーン」


 ゲリげふんげふん、カイ達を前にしてベルティアは頭を下げた。


 ここはベルティア家の一室。

 照明で雰囲気を出した荷物部屋だ。


 ドアの向こうには運び出した段ボールやら本やらが散乱しているので、万が一にも見られないように衝立で隠してある。

 世界主神として多少の威厳は見せなければならないと努力した結果だ。


 礼を伝えるのに仕事道具の散乱した仕事部屋は使えない。

 そして居間はマキナとエリザ、ビルヌュとルドワゥが多重化したイグドラを前に祝いの酒盛りの真っ最中。


 あの人達、何をするかわからないですからねぇ……


 カイを前にベルティアは心で嘆息する。

 他はとにかくマキナだけはどうしようもない。

 いつ乱入してくるとも知れない上位格神に内心ヒヤヒヤだ。


 ちなみにマリーナは新しく出来た店の大食いチャレンジに招待されて勝負の真っ最中。

 曾孫が呼ばれているというのにブレないエルフであった。


「私にも出来ないすごい技術です」

「えっへん」


 ベルティアにも出来ないという評価にイグドラが胸を張る。

 今回、世界からカイ達をピックアップという神でもムリな奇蹟を実現できたのは帰還したイグドラのお陰だ。

 カイさんにお礼を言いたいですねと言ったベルティアにイグドラが出来るのじゃと答えたからである。


 精度半径五十キロメートルのベルティアが驚き聞いたところ、ゲリにしこたま仕込まれたと言う。


 あやつ、とにかく正座で説教が好きなのじゃ。


 と語るイグドラの表情も何とも明るく、決して嫌ではなかった事が伺える。

 イグドラはカイと世界で過ごした話をしながら機材をセッティングし、慎重に力を行使して見事四人を神の世界に招待した。


 精度、一メートル以下。


 細かい事はどんぶり勘定な神としては尋常ではない精度。

 これでエルフの祝福も色々出来ると胸を張るイグドラに、成長したのねとホロリ涙のベルティアだ。


「がんばったのじゃ、余はがんばったのじゃ!」

「正直途方に暮れていました。どうしようも無かったら太陽を爆発させて潰そうかと思っていましたから本当に助かりました」

「「「「ありがとうイグドラ!」」」」


 イグドラがベルティアに抱きつき、カイ達が世界を救ったイグドラに深く頭を下げる。


 このイグドラの成長こそが三億年の成果。

 カイが妻達と出会い、バルナゥに導かれてイグドラへと辿りついた事で得られた神も驚く奇蹟。


 きっとこれがプライスレスの報酬なのだ……


 と、ベルティアは思うのだ。

 しかし、それだけの事をしたのにカイのレベルはしょぼいまま。

 成果だけを見れば十五桁くらいにアップしても不思議ではないのに今もギリギリ十桁。

 ゲリゲロ騒動で見たカイのレベルで桁が上がるのはベルティアも初めての驚き体験であるが、これでは足りない。足りな過ぎる。


 本当にもう、この世界はどうなっているのですか……!


 と、自分が世界主神である事を棚に上げて憤慨しきりなベルティアである。


 しかしこんな状況など想定できる訳がない。

 そして今更世界の定義を変えるとそこら中でバランスが崩れて世界が危ない。


 変更してウィルスや細菌が二桁三桁の格上がりを起こして強烈になったりしたらベルティア世界が大ピンチ。 

 どれだけ不満があっても、世界をそのまま回すしかないのであった。


「ひいばあちゃん!」

「八年振りねミリーナ。元気……だったわね。ずっと見ていましたから」

「えう! ひいばあちゃんも元気……えう?」


 大食いチャレンジに完勝したマリーナが戻ってミリーナと再会する様にほっこりするも、ベルティアの怒りはヒートアップするばかり。


「エルフに付きまとわれたじゃないですか」「ご飯作ってただけですよね?」

「ダンジョン討伐もしましたよ」「ご飯作ってただけですよね?」

「竜討伐に駆り出されましたよ!」「ご飯作ってただけですよね?」

「……イグドラを神の座に戻しましたよ」「ご飯作ってただけですよね?」


 ご飯作ってただけですよね?


 血反吐を吐くような気持ちでこの言葉を繰り返すベルティアだ。


 納得できません、納得できない、ふざけんな世界主神、独立した頃の私を殴ってやりたいわ!


 基準が違う故に正当な評価を得られない。

 しかし基準を変える事も出来ない。世界のバランスは絶妙なのだ。


「全ての想いも結果も貴方達のものです。皆様の人生は私の物語でも何でもありません。カイ・ウェルスの物語であり、ミリーナ・ヴァン・アー、ルー・アーガス・ダー、メリッサ・ビーン・ハーの物語。そして全ての者の物語なのです」


 ああそうか。

 物語か……


 怒りのあまりゲリさんと言いそうになるのをすんでの所で押しとどめ、ベルティアは物語という自分の言葉に閃いた。


 本当にベルティアの物語を作ってしまえばいいのだ。

 カイさんの超絶成功ストーリーを。


「ふふっ、この誤解だけは解いておきたかったのですよ」


 そう、これまでは誤解である。


 しかしこれからは違う。

 世界の定義を変えるのはムリだが神の力をカイに注ぐ事はできる。


 今こそ接待。

 レッツ接待チートだ。

 神としては高精度な精度半径五十キロの祝福で、カイさんを中心に世界を回してあげましょう。


「ここからがカイさんのサクセスストーリーのはじまりです」

「……やめた方がいいのじゃ」


 ベルティアはとんでもない事を考えながら二人を見送った後でイグドラに提案してみると、イグドラは何とも微妙な顔でやめた方が良いと言ってきた。


「カイはそれなり人生に価値を見出す男なのじゃ」


 感謝はしているし恩返しもしたいがカイはそれを望まない。

 故にイグドラの歯切れも悪い。


「ですがこのままでは世界主神の私が納得できません。成果には正当な報酬を渡すのが神の道というもの」

「ま、まぁやってみるといいのじゃ……」

「あらベルティア様、燃えてますね」

「当然です。そう! これは神の義務なのです!」


 イグドラまかせて。

 私がちゃんと貴方の分まで感謝の証を示して見せます。


 と、カイの事を知らずに決意するベルティア。


 このあたりベルティアは全く解っていない。

 カイは身の丈に相応しい人生に全力なのだ。


 それなりに成功。それなりに幸福。

 今も「成功し過ぎたどうしよう」と思っているくらいなのである。

 イグドラはそのあたりをよく知っていたが、まあベルティアも痛い目に遭えばこりるじゃろとスルーする。


 青銅級冒険者カイ・ウェルス。

 身の丈人生を求める彼の受難の始まりであった。

 合掌。

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