34.何故にばとるろいやるぅぅ
荒れ果てた世界で、二人の男が対峙していた。
「……またお前か」
「それはこっちの台詞だ」
二人を中心に風が渦を巻いている。
無数の戦いが注ぎ込んだ膨大なエネルギーに世界が反応しているのだ。
わずか数分の間に発せられた力は天候すら動かし、見上げる空には雲が激しく流れていた。
二人の周囲に存在した無数の敵対者はすでに存在していない。
出現と同時に戦闘に突入した皆は己の全てを叩き込み、ある者は勝ち、ある者は負けて世界を去った。
ここにいる二人は最後まで残った者だ。
二人は倒して、倒して、倒した。
片や絶対攻撃の使い手。あらゆる防御を貫き致命的な一点を穿つ者。
片や絶対防御の使い手。あらゆる攻撃を防ぎ反撃で敵を砕く者。
二人の戦いはこれで五回目だ。
戦績は二勝二敗。ある時は矛が盾を打ち破り、ある時は盾が矛を砕いた。
二人は笑い、身構える。
「さぁ、今度こそ……」
「矛盾に決着を付けようではないか」
二人が己の力を研ぎ澄まし、一瞬に全てをかける。
撃ち抜くか、防ぎきるか。
一面の砂の世界で二人は己の絶対を信じ、地を蹴った。
肉薄する二人に世界は震え、空が激しく輝き叫ぶ。
「「絶対……」」
しかし二人の力が激突する直前……
天から、滅びが降ってきた。
『お疲れ様でした。三十八日目、第三戦の結果はドロー。引き分けです』
ここは転生者転生斡旋所、ハローワールド。
アナウンスに特設会場が歓声にわき、ゴミとなった賭け札が空を舞う。
「いやー、五分しか待ってくれなかったなイグドラ様」
「まいったわ。今回こそ決着だと思っていたのになぁ」
わははははは……
死闘中に食われた二人の転生者が神の世界で互いの健闘を称え合う。
片や絶対攻撃の使い手、片や絶対防御の使い手である。
ベルティア世界では敵同士でも神の世界ではマブダチ。
これが転生者の世界であった。
「お前、今回の絶対攻撃は前回から変えただろ。一層目をあっさり抜かれるとは思わなかったぞ」
「あーあれな、絶対攻撃の内側にもう一つ絶対攻撃を仕込んであるんだわ」
「中に仕込んであるのか。携帯ラジオのアンテナみたいな感じか?」
「まあそんなもんだ。あまり段階を増やすと脆くなるんだけどな。お前も複数層展開してるみたいだが」
「様々なチート防御に対応した複合防御にしてみたんだよ。物理、魔力、概念と色々詰めてみたんだが、一層あたりの防御力が下がるからあまり実用的ではないかもなぁ」
「ロジックを組み直して破られた層の力を他の層に回したらどうだ?」
「いやぁ、力を回す前に破られるわ。無理」
「あー、わかるわそれ。俺も相手の防御を解析して効率良く貫くようにロジック組んだら逆に弱くなっちまってさぁ」
「解析とか遅くてパワー食う代表じゃん」
「そうなんだよなぁ……」
二人は技術的な会話で盛り上がる。
チートも技術であり、細かい手順の組み合わせで出来ている。
転生時にはそのような事などまるっと忘れてしまうのだが、転生前はそれこそ頭をこねくり回してチートロジックを組み上げているのだ。
力をどのように加工してどのように使うのか。
処理の数だけレベルを失うチートロジックをどのように組み上げるのか。
それがチート使いの腕の見せ所だ。
可能な限りレベルを使わず、かつ高速な動作で目的を達成する。
二人をはじめとしたチート使いはそれに全てをかけているのだ。
『三十八日目、第四戦の参加締め切りまであと十分です』
「お前、次は出るか?」
「いや、チームに戻ってロジックもう少し考えるわ」
「だわな。俺も神の所に戻って技を磨くとするわ」
「明日もいい勝負しようぜ」
二人は熱い握手を交わし、互いのチームに戻っていく。
勝率の高い二人は神々からスカウトの嵐。
全面バックアップを表明した神々はチームを組み、自分の世界から顕現する転生者に技術と情報を提供し、自らの世界へと送り出す。
そして主催者達は、満面の笑みで神々と転生者の努力を眺めるのだ。
「いやぁマキナ先輩、儲かりますねぇ」
「ホントホント。レベルがガッポガッポですよ」
「……」
どうしてこうなった……?
ベルティアは主催者席でにこやかに座りながら、内心しきりに首を傾げていた。
隣では胴元のエリザと監査役のマキナがニコニコしながら語り合う。
特設会場に設置された大型スクリーンに分刻みのスケジュール。転生者チームを擁する神々に死闘に熱狂する観客に賭けに屋台に動画配信……
もはやイグドラを助けるだけの話ではなくなっている。
参加した神々が儲け話、転生者がチートにのめり込んだ結果である。
これでも最初は地味だった。
転生者達は淡々とベルティア世界に顕現して食べられるを繰り返していたのだが、チートジャンキーの一人がふと気付く。
これ、チート研究放題なのでは? と……
普段のチートは自らのレベルを消費するためサイクルが数万年から数億年。
ジャンキー共は自らの格を上げながら次はどんなロジックでチートを組もうと考えるのだが格を上げる時は長く、堕ちるのは一瞬だ。
だから冒険的なチートロジックは組めずにオーソドックスなチートでチート転生を楽しんでいたのだ。
しかし今回は違う。
長くて十分の超絶高速回転な上にレベルは全てベルティア持ちである。
ジャンキーと言えどもなかなか出来ない冒険的ロジックチートが組み放題。
彼らはチームを組んでチートロジックを日々熱く語り、ベルティア世界でそれを試行し始めた。
試行する対象は、自分達と同時に呆れるほど顕現するお仲間だ。
彼らは幾億兆と発生する転生者を相手にチートロジックの試行をはじめ、次第に頭角を現していく。
なんかすげえ事をしている奴らがいるぞ。
話題がジャンキーを呼び、ジャンキーが話題を呼ぶ。
ジャンキー達はチートロジックの開発に邁進した。
より強力に、より効率的に、より低レベル消費に……
さすがはチートに全てを投じるジャンキー達。
細かい事にもとことんこだわり、自らのチートを磨いていく。
そして転生者の間で勝率の差が見え始めた頃、新たに参戦する者が現れた。
神々だ。
顕現した転生者の勝利は所属する世界のレベルに反映される。
勝てる転生者が自分の世界に所属していれば神々の儲けとなるのだ。
神々はこぞって強いチームを厚待遇で迎え入れ、様々なチートを提供してベルティア世界に送り出した。
ベルティア世界を介した神々の代理戦争の火蓋が切って落とされたのである。
チートで得たレベルをさらにチートに投入するジャンキー共はガンガンレベルを上げていく。
そして神々は派手なチートがベルティア世界を蹂躙する様をニヤニヤ笑って眺めていた。
なにせ自分の世界ではないのだ。
いくら壊れても構わない。
そしてレフェリーは限りなく三十三桁に近い三十二桁。
つまり最強である。
何があってもぷちっと潰すイグドラに後始末を任せておけばよいのだ。
呆れるほどのパワーインフレがベルティア世界を席捲する。
しかしそれに待ったをかける神がいた。
エリザとマキナである。
二人は胴元と監査役としてこの話に介入し、チート対決をルールに則った興行とする事を神々に宣言した。
要するに一枚噛ませろと言ったのである。
マキナは勝負を盛り上げる為に転生者はベルティア支給のレベルしか使わせない事を提案。参加する転生者にレベルリセットを要求し、レベルによる格差から技術による格差へとシフトさせた。
何とも立派な言い分であるが、神々も転生者もわかっている。
レベルリセットとは要するにマキナが転生者のレベルを一桁までかっぱぐという事である。単にマキナがレベルをかっぱぎたいだけであった。
転生者は難色を示したが神々は仕方ないと苦渋の選択をするフリをしてマキナに恭順し、マキナとエリザは本格的に興行に乗り出すことになる。
賭け事、配信、屋台にグッズ販売。
神の世界でレベルが踊る。
胴元のエリザと監査役のマキナは大儲け。
しかしベルティアのレベルは大赤字。踏んだり蹴ったりであった。
「ホホホホホ。笑いが、笑いが止まりませんわぁ」
「私もご飯が贅沢になりました。マリーナさんと食べ歩きですうっひょーっ!」
「……」
もう何なのこれ……
ベルティアだけが涙目である。
唯一救われているのはアトランチスが他の大陸からはるか離れた独立した大陸であるという事だ。
多少はっちゃけても被害を及ぼす事はない。
それだけが救いであった。
三年後、イグドラはベルティア世界から神の世界へと帰還する。
そして大赤字のベルティアは『近代チートの立役者』という、ありがたくも何ともない肩書きだけを獲得したのであった。




