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31.神は耕す人の味方です

「余は皇帝であった」「はぁ」

「余が在る事で国は富み、座にあるだけで皆は動いた」「はぁ」

「余の代で帝国は版図を広げ、民は富を享受したのだ」「はぁ……」

「それなのになぜだ? なぜ余のレベル桁が上がらぬ? なぜレベルがこの程度しか上がっておらぬのだ?」

「いえ、桁が上がるのはなかなか大変なのですよ?」

「これだけ世界を耕した余が、なぜこの程度なのだ?」

「それはまぁ、他に耕した方の成果でもありますから」

「余の成した事だ!」

「……違いますよ」


 転生者転生斡旋所、ハローワールド。

 いまだ皇帝気分の抜けない転生者に、ベルティアが呆れて呟いた。


「これはチート詐欺ではないのか!?」

「申し訳ありませんが、それ以上は実際に耕した方の成果です」


 しかし横柄な態度である。

 帝国の頂点であった事は理解するが、こっちは中堅でも神である。


 前世の権力を誇示するなら、世界の上に君臨する神も敬ってください。


 ベルティアは心で呟き、憤怒に震える転生者の爆発に身構える。


「なぜだ!」


 しばらくの溜めの後に転生者が叫ぶ。

 粗く息を吐く憤怒の転生者にベルティアは静かに問いかけた。


「貴方は何をしたのですか?」「天に君臨した」

「子育ては?」「奴の為す事」

「国を富ませるための指図は?」「それも奴の為す事」

「版図を広げる際の周辺国との折り合いは?」「それも奴の為す事」

「では、それらの事は『奴』とおっしゃる方の成果ですよね?」

「余が任せた。ゆえに余の成した事」

「はぁ?」

「当然ではないか。余の帝国の成した事が、何故余の成果にならぬ」


 さすがに呆れて物が言えない。

 しかし言わない訳にもいかない。

 ベルティアは徒労にめまいを感じながら口を開いた。


「当たり前ではありませんか」

「ぬ?」

「回りで働いた方々は何もしていないのですか? 十分な成果はレベルとして返っているはずです」

「帝国の版図を考えればこの程度では……」

「それは貴方一人の成果ではありません。帝国全体の努力の結果ですよ……」


 ぺちん。

 ベルティアの額を転生者が叩く。


「……はい?」

「余の言葉を遮るとはなんたる不遜「ここではただの転生者なのですから、いい加減に皇帝気分を抜いてください」ぐはっ!」


 べちん。

 反撃のデコピン一発。


 転がり倒れた前世皇帝転生者のレベルは三桁。

 皇帝だろうが覇王だろうが竜だろうがしょせんは転生者。

 ベルティアら神にとっては吹けば弾けるもやしっ子だ。


 転生者に叩かれたので反撃云々……


 ベルティアは自己正当化の書類をパパッと書いて転送する。

 こんな行為もレベルで解決。

 神とは身勝手で理不尽なものなのである。


 しかし……これはダメです。嫌な怨念半端ありません。

 マキナ先輩なら異世界召喚を繰り返してレベルをかっぱぐ手合いです。

 よくこれで皇帝が務まりましたね……


 ベルティアは思い、かっぱいだレベルで前世を詳細に調べて納得する。


 帝国が版図を広げ富んでいたのは『奴』という者が生きていた間であり、『奴』が世界を去ってからの帝国は全てが停滞していた。

 社会が活力を失ったのだ。


 この繁栄と停滞のあまりの落差が今も皇帝気分が抜けない原因だろう。

 自分がしていたと思っていたのに、『奴』がいなくなったとたん何もかもがうまくいかなくなった。

 この落差が怨念に変わり、今も引きずられているのだ。


 『奴』という方が、実質皇帝だったのですね……


 帝国を富ませ版図を広げた『奴』に興味がわくベルティアである。

 おそらく何でもかんでも『奴』が解決していたのだろう。

 そして『奴』が去り帝国は力を失った。

 皇帝のこの有様も『奴』の仕業だろう。


 全て皇帝の成果と持ち上げまくったんでしょうねぇ……


 ベルティアは座っているだけで生を終えた前世皇帝転生者を前に呆れて思う。


 この転生者はチート被害に遭ったと主張していたが、『奴』こそが真のチート被害者だったのかもしれない。

 自らが浪費するレベルを補填するために他者のすべき事を奪い、自らのレベルを必死に上げていたのかもしれない。


 前世か神の世界の記憶を残されていたのでしょうね……


 そうベルティアは結論付け、カウンター前でのたうち回る前世皇帝転生者に多少の哀れみを込めた謝罪を述べた。


「申し訳ありませんがすぐに転生なさらない方がよろしいと思います。よろしければ良い病院を紹介いたしますよ? レベル払いですが」


 この怨念を持ったままでは、転生してもロクな事がないだろう。


 何もしなかったのではなく、何もさせてもらえなかったと考えれば彼も間接的なチート被害者。

 適切な治療で正常になった方が転生者も世界も幸せだ。


 ベルティアはそう考えたのだが前世皇帝転生者は前世がとても好きらしい。地べたを這いずりながらベルティアに叫んだ。


「余は……余は皇帝なるぞ! 皇帝以外に相応しき立場は無い!」

「お断りします。どうぞお休み下さい」


 あーもういいです。がつんとやったれ。


 ベルティアも腹を決める。

 とっとと入院手続きをしてかっぱいだレベルを支払い残りを退院時に戻すように手続きする。


 チート被害者、チートジャンキー、ギャンブラー。

 どれもこれも厄介であったがここまで腹は立たなかった。

 彼らはレベルの使い方がベルティアと相容れなかっただけであり、自ら足掻いて世界を耕していた。


 しかし彼は駄目である。

 怨念に囚われ世界を害する愚か者だ。

 地道に耕す他の者の足を引っ張り奪い続けるだろう。


 以前マキナが腹パンをかました転生者の事を思い出す。

 何もしない事でマキナの世界から排除された転生者だ。

 マキナは彼を二度と自分の世界に入れる事は無いだろう。


 ベルティアも同じだ。

 少し前に世界を貪り食ったディックを二度と世界に入れる事は無い。

 他の転生者に迷惑がかかるからだ。


 ベルティアは冷たく告げた。


「貴方のような者を世界に入れたら、世界が腐ります」

「ぐっ……」


 ピッ……

 ベルティア、書類提出。

 瞬く間にやってきた関係者が彼を抱えて立ち上がる。


 チート被害者には無関心なのにこういう事にはやたら早い。

 そのスピードを苦情担当窓口にも持たせてくださいよと思わずはいられない素早さだ。


「ぐ……お、憶えていろっ!」


 はい。

 憶えていたらお礼をしに来てください。


 三桁にまで格落ちした前世皇帝転生者が引きずられていく様を見送って、ベルティアは気晴らしに世界のゲリに意識を向ける。


 相変わらずご飯を作っているだけだが、ゲリは今も足掻いている。

 イグドラが食い尽くした砂漠を歩き、染み出した異界の怪物を倒して世界を耕し妻達との絆を深め続けている。


 世界の格を上げるのはゲリのような足掻き続ける存在だ。

 世界を少しずつ耕し、静かにゆっくり変えていく。


 チートのような劇薬がもたらす激変ではなく、成長という緩やかな変化。


 時には間違える事もあるだろう。

 積み上げた成果が崩れる事もあるだろう。

 しかしやがては礎となり、皆を富ませる土となる。

 新たな転生者達はその土を耕して、さらに世界の格を上げていくのだ……


「すみません」

「あ、申し訳ありません。転生ですか?」


 あぁ、ゲリさん癒されます……


 と、にんまりしている間に転生者が来ていたらしい。

 ベルティアは慌てて意識をハローワールドに戻すと、転生者の男に謝罪した。

 しかし男は首を振る。


「いえ、我が皇帝陛下に代わって無礼を謝罪しようと思いまして……」


 ああ……


 ベルティアは腑に落ちる。


「貴方が『奴』ですか」

「私の格の為に間違った道を歩ませてしまいました」

「チート詐欺ですね?」

「はい。転生者の記憶と前世の能力の継承という奴です」


 男は柔和な笑みを浮かべて告げる。

 この調子だと男はチート詐欺をやり過ごしたのだろう。


 まれにいるのだ。

 チート詐欺を上手に切り抜ける存在が。


「それは幸運でしたね」

「はい。それも貴方のお陰です」

「私の?」


 首を傾げるベルティアに男はレベルを支払い、自らの履歴をベルティアの端末に表示した。


 今の格は十一桁。

 ベルティア世界の勇者やエルフより一桁格上だ。


 そして履歴にはベルティア世界でエルフをはじめとした様々な生物に転生した記録が記されていた。

 男は笑みを絶やさず語る。


「かつて私はチート詐欺に遭い、ベルティア様に救われました。あの時のダメ出しが無ければ同じようにチートを使い格を落としていたでしょう」

「チートで世界の仕組みを憶えていたからですよ」

「いえ、あれは知っていたとしても抗い難いものがあります。あれば使い、神にレベルを奪われる悪魔の誘惑……あぁ、神の行為を悪魔に例えるのは失礼ですな」

「悪魔は神のパシリですから」

「失礼いたしました……それにしても我が皇帝陛下は大丈夫でしょうか」


 彼の視線の先には前世皇帝転生者が引きずられていったフロアの出口がある。

 心配そうな表情は罪悪感のあらわれだろう。


 しかし、それは余計な世話というもの。

 ベルティアはその心配をさらっとぶった切る。


「まあ退院すれば元気になるでしょう。たまには気晴らしも必要です」


 自分の事は自分で何とかするしかない。

 自らが動かなければ誰も知らず、わからず、何もしてはくれない。

 世の中とはそんなものだ。


「ぶった切りますなぁ。私は今も恩義あるベルティア様の世界でやらかした事を悔いておりますのに」

「そんな事ありましたか?」

「おや、あまり真面目に見ていませんでしたな? ほら、ここ」

「あ!」


 およそ二千年前の履歴にベルティアが驚きの声を上げる。


「貴方が聖樹教の教祖でしたか」

「知らぬとはいえ私も罪な事をいたしました。絶大な力を持つイグドラシル様の枝を授けられて舞い上がり、世界に今も続く禍根を作ってしまったのではと思っていたのです。私と仲間の子らは甘ったれてはいませんか?」

「甘ったれまくりですよ。イグドラの枝葉を手にやりたい放題です」

「やはりですか」

「貴方の子孫は比較的まともですが、貴方の仲間の六人は世界樹の葉を食べまくって今も生きてらっしゃいますよ。エルフより長生きしてます」

「葉を食べて権勢におごり続けるとは、なんと情けない……やはり、自らを超えた力には抗い難いものなのですなぁ。彼らに代わって謝罪いたします」


 彼が深く頭を下げる。


「ですが、人間社会を束ねた役割は評価するべきでしょう。まあ、イグドラの力があれば出来て当然ですが」

「ハハハ。あれほどの力があれば、誰にでも出来ますなぁ」


 しかし聖樹教の存在は悪い事ばかりではない。

 聖樹教は人間社会に力を与え、確固たる文明基盤を作り上げる導き手となった。


 しかしその役割もそろそろ終わる時だろう。

 かつてエルフの奴隷だった人間はもう、自ら考え歩いていけるだけの社会と知恵を持っている。


 独り立ちの時なのだ。


「たかだか二千年の出来事です。貴方が気に病む事はありません」


 ベルティアは端末の画面を切り替え、世界の様を彼に見せる。

 彼は画面に映る様に驚き、そして笑った。


「おやおや、これは派手ですな」

「ええ。世界も変わっていくのですよ」


 ベルティアと彼が見る画面の中、イグドラが派手に燃えていた。


「私達の誰もたどり着けなかったイグドラシル様にたどり着き、ここまでの事をなさるとは……なかなかの者が出てきましたな」

「ええ、私も彼から目が離せません」

「いよいよ帰還の時ですかな?」

「その時は近いと私も感じております」


 ここまで来たらベルティアも認めないわけにはいかない。


 ゲリは世界を変えるだろう。

 妻達との誓いを果たすために。


「その際は私にもぜひお声をお掛け下さい。ベルティア様とイグドラシル様に頂いたご恩に報い、ささやかな力となって見せましょう」

「その時は、よろしくお願いしたします」


 彼は深く頭を下げ、ベルティアも彼に頭を下げる。


 そう、今こそ天の時。

 ベルティアがゲリを助ける時だ。

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