30.天の時、地の利、人の和ですか
「ベルティアさん大丈夫ですか?」
「大往生して戻ってみればベルティアさんが発狂したと聞いて飛んできました」
「ベルティアさん病院、病院に行きましょう」
「私達チートジャンキーの希望の星なのですからご自愛下さいよ」
「人聞きの悪い事を叫ばないでください!」
ここは転生者転生斡旋所、ハローワールド。
カウンターに大挙やってきた転生者の波にベルティアは頭を抱えた。
彼らはベルティアがかつてエルフ転生させた者達だ。
イグドラとエルフの関係によりエルフを優遇して三億年。
関係が悪化した事によりエルフ発展キャンペーンを始めて八百六十万年。
一日一人のチート被害者をエルフ転生させたとしても一千億人以上のチート被害者、チートジャンキー達を転生させた事になる。
発展キャンペーン開始から考えても三十億人超。
ベルティア世界のエルフが奇妙になるのもさもありなんである。
世界では普通に生きていてもエルフはジャンキーとギャンブラーと詐欺被害者と虫からいきなり人類格の集合体。
地道に格を上げた者の割合は他の種よりも圧倒的に少ないのだ。
何とも奇妙な種になってしまいました……
と、食への執着半端無いエルフにベルティアも呆れ半端無い。
他の神々の世界のエルフは賢者的な印象なのにベルティア世界のエルフは犬であり、『待て』も出来ない駄犬。
エルフは多くの神々が採用するメジャーなテンプレート種なのに、この圧倒的な駄犬感。
まともな転生者はあまりの落差に避けて通り、転生するのはどこかに問題を持つ者ばかり。
そしてジャンキーとギャンブラーは何度もエルフに転生するのだ。
「ベルティアさんしっかり!」
「ベルティアさんがんばって!」
「困った時はいつでも言って下さい!」
「……ありがとうございます」
それが今、目の前でベルティアを励ましている転生者達である。
応援はありがたいのですが、転生するか帰るかどちらかにしてください。
と、思いながらベルティアは彼らの応援に謝意を示す。
おかげでまともな転生者が寄り付かない事半端無い。
皆ベルティアのカウンターを避けて他の神々のもとで転生していく。
悪循環であった。
「先輩! とうとう発狂しちゃったんですか?」
「……していませんよ。だからきっちり賠償はしてくださいね?」
「ええっ……そ、そんな事は期待してませんヨ」
彼らが去るとやってきたのは飯キチエルフの原因を作ったチート搾取神だ。
エリザ・アン・ブリュー。
かつてベルティアの世界に大侵攻をかけた神であった面影は影も形も無い。
今や賠償に喘ぐ貧乏神である。
「教えて頂きたい事がたくさんありますから発狂されると困ります」
「貴方はチート搾取ばかりしていましたから大変ですね」
「うっ……だから今苦労してるんじゃないですか。ご指導ご鞭撻のほどを」
「マキナ先輩でも大丈夫ですよ?」
「世界が飛んでくるから嫌です。ところでこの件なのですが」
「あぁ、それはね……」
エリザが差し出す端末を受け取りアドバイスする。
世界の育て方を搾取しか学べなかったエリザにとってベルティアの指導は貴重だ。
ベルティアは世界をイグドラに食べつくされない為にエリザを助け、エリザはそれに従い世界を耕しイグドラに世界を食わせている。
何とも歪であったが二人の世界はそれなりにうまく回り、どちらも世界を破滅させずに済んでいる。
二人は今できる最善を選択したのだ。
神の世界はセコく、したたかなのである。
「先輩、何かありましたら力になりますから!」
「でしたら賠償の返済額を増やしていただけると」
「無理ですーっ」
マリーナも見事と評する土下座がフロアに炸裂する。
こんな場所で土下座しないで下さいよとベルティアは思いながらベルティアはエリザを見送った。
「あら、キチになったと聞きましたがまだ元気ですのね」
「いきなりご挨拶ですねマキナ先輩」
「うふふ、元気になるようジャンキー達も連れてきてあげましたよ」
「「「ベルティアさん、またお世話になります!」」」
次はベルティアの師であるマキナ・エクス・デウスと顧客のジャンキー達だ。
狙っているのでしょうか?
まともな転生者が寄りつくスキもありません。
と、ベルティアはため息をつき淡々とエルフ転生を行う。
「……マキナ先輩、レベル一とかいるんですが」
「でしょ? なんて素晴らしい私のかっぱぎの腕の冴え。もはや芸術の域ですわ」
「エルフ発展キャンペーンは五桁から「セコセコしない」……はぁ」
相変わらずのマキナにため息しきりのベルティアである。
「立派な餌になって戻ってきます!」
「ベルティアさん、見ていてくださいね!」
「あーはいはい。がっつり食べられてください」
「「「ひゃっはーっ!」」」
食べられるのを喜ぶのはこの人達だけでしょうね……
そんな事を思いながらベルティアは軒並み一桁レベルのジャンキー共をエルフに転生させ、マキナに深く礼をする。
「ありがとうございます」
「困った時はお互い様ですようふふ。何かあったらいつでも言いなさいな。イグドラちゃんの為なら世界の百や二百ずばんと潰して差し上げます。知人価格で」
「あぁ、やっぱり対価は取るんですね」
「当たり前です。タダでするなど相手に失礼。それが仕事というものです」
「でしたらジャンキー共のレベル補填も「そのくらいサービスでやりなさいみみっちい人ですね」……ですよねーすみません」
ホホホと笑いながら去っていく着物幼女を見送って、ふと世界の有様に意識を向けてみるとゲリが三人を前にでかい事を言っていた。
『俺が何とかしてやる! ベルティアに選ばれた俺がお前らの呪いを祝福に変えてやる!』
いえ、選んでいません。
選んだのはどちらかと言えばゲロさん。
ゲリさんは完全ノーマークでした。
アトランチスの墓の中で盛り上がってるエルフ三人とゲリに、ベルティアは心の中でツッコミを入れる。
しかしゲリ、不思議な男である。
いたって平凡なレベルなのに上手に世界を生き抜いている。
「なるほど。これが人の和ですか」
ベルティアは呟く。
地の利は人の和に如かず。
地の利は人の和に及ばない。
まさにその通りである。
人間の地を支配するイグドラの丁稚宗教の目論みを、ゲリはエルフと勇者と竜の助力で切り抜けた。
結局人の和には何事も及ばないという事ですね……
とベルティアは感心し、もしかしたらと期待する。
天の時は地の利に如かず。
天でベルティアが何をしても地のイグドラをどうする事も出来なかったが、ゲリは紆余曲折の末にイグドラのもとにたどり着き、妻達に決意を示している。
それがゲリを包む人の和がもたらした成果。
ご飯を煮込んでいただけの男が繋いだ奇蹟だ。
何かあったら願いなさい。
できる限りの事はさせていただきます。
ベルティアは画面の先のゲリに心で呟くのであった。




