3.騙されるな。それは接待チートだ
チート。
それは最近流行の世界運営の手法である。
転生者の格より低い生物に転生し、格の差分を特別な力として付与しレベル上げを楽にしようというものだ。
元々は自らの状態の把握や瞬間的な力や運の増強など通常の転生とは違う特別な力を持つ事で支払ったレベル以上の成果を得る転生への投資であり、他の転生者より一歩先んじる程度のささやかなものだった。
……が、最近はそうでもない。
度を超えたチート、それこそ転生世界の誰もが屈服するようなハイパワーチートが世界を席巻するようになった。
本来ならより上位の転生格に転生すべき転生者が格を落として転生し、差分を特別な力として行使するようになったのだ。
同じ生物でも格が一つ違えば大人と子供ほどの差が出来る。
二つ違えば赤子の手をひねるようなものであり、三つ違えば卵を相手にしているようなもの。
当然、ぶっちぎりの最強だ。
しかし投資に見合う成果は決して得られない。
たとえるなら百億払って五億貰うようなものだ。大赤字なのである。
そして投資は転生世界を潤し、巻き起こる多少の混乱は世界を育てる力となる。
転生者は大赤字でも神にとっては大変美味しい手法なのであった。
「つまり、およそ二百八十五億がそのチートの力で消費されたという訳です」
「なぜだ!」
「力をお使いになる度に貴方のレベルが消費されていたという事ですよ。無から力が生じる訳がないじゃありませんか」
「ぐ!」
やはり解っていなかったかと、ベルティアはため息をついた。
まったく迷惑な話である。
何よりも担当窓口の場所を教えているのにここで何とかしようとするのが迷惑極まりない。
ベルティアが先ほど行った転生者の個人情報表示も一回あたり十万レベルを消費する。情報を数値化、文字化するステータスや鑑定もタダではないのだ。
「じ、じゃあ俺のレベルは」
「はい。あなたが気持ちよーくお使いになったのです。宵越しの銭は持たない見事な江戸っ子気質ですね」
「んな訳あるか!」
ベルティアの前で転生者は怒鳴り、頭を抱えてうずくまる。
ちなみに転生世界下でよく行われるステータス表示も実はチートであり、一回あたり千から一万のレベルが消費されている。
見えない要素の可視化は結構需要が高い。
やっている神の話では誰もがこれを頻繁に使うのでとても儲かるのだそうだ。
全ての生物からレベルを吸い上げる神の世界は、セコい。
目の前の転生者のような世間知らずのレベルを虎視眈々と狙っているのである。
「お前、ジェイクじゃないか?」
転生者の嘆きが目を引いたのだろう、近くにいた恰幅の良い商人風の男が転生者に声をかけてきた。
転生者の神の世界での姿は転生者が転生したどの姿も取る事が可能だが、最も格が高くなる『はず』の直近の世界の姿を取るのが一般的である。
転生者の事を知っているという事は同じ世界で生きていた人類格なのだろう、彼はにこやかに転生者に近づくと肩をバシバシと殴るように叩いて笑う。
「ほら俺だよ俺、お前のデコピンで頭吹っ飛ばされた商人のローンソーだよ」
「あ!」
どうやら転生者……ジェイクというらしい……にも憶えがあったらしい、素っ頓狂な声を上げた。
「いやーはっは、頭吹っ飛ばされた時は怒り心頭だったが神の世界に戻れば水に流せるものだなぁ。俺は次の転生で格が上がりそうだがお前は猪か?……ぷっ」
ローンソーはあくまでもにこやかに語り、そして堪え切れずに笑い出す。
転生世界での舐めプがただのレベル浪費だったと知れば笑いたくもなるだろう。
そしてそれは他の転生仲間も同様である。
ローンソーがあらかじめ連絡を入れておいたのか、ベルティアのカウンターにわらわらと転生者が集まってくる。
「本当だジェイクじゃねーか」「いやーお前の活躍見てたぜ……ぷっ」「暗黒騎士を舐めプした時使ったレベルが百億とか皆で爆笑したわ」「舐めプしなければ二億くらいで何とかなったのに百億ぷぷっ」「チートし過ぎだろ」「そりゃ楽勝だわ」……
さながら同窓会である。
しかも同窓時代の人気者を笑うタイプの同窓会だ。
「くぅううう……」
顔見知りの皆に囲まれたジェイクはただ羞恥に震えるしかない。
自らの行為が振り返るとすげえ恥ずかしい事に気付いたのだ。
子供と大人の価値基準が違うように転生世界と神の世界の価値基準も違う。
その時すごいと思っても時が経てば馬鹿だなぁと思う事はよくある事なのである。
「まあ、誰もが一度は通る道だ」
「俺達にもそんな経験あるから気にするなジェイク」
ローンソー達はベルティアのカウンター前でひとしきり爆笑した後、ジェイクの肩をポンと叩いて優しく笑った。
「これでお前も、大人になったな」
転生世界で舐めプした奴に励まされる切なさよ。
力は使えば良いものではない。必要な時に必要な量を使う事が重要なのだ。
それを淡々とこなしたローンソー達は格を上げ、チートで派手に使ったジェイクは格を失った。
神の世界はセコい上に無情なのである。
ガクリと崩れ落ちたジェイクを前にまたかとベルティアはため息をつく。
転生者から苦情係のように扱われているベルティアのカウンター前では日常茶飯事。
もはやツッコむ気も起きない。
ベルティアは先ほど出力した書類に淡々と必要事項を書き込んでいく。
とっとと関連部署にぶん投げないとこっちの仕事が滞るのだ。
「ジェイクさん、聞きたい事がありますから着席お願いします」
「うぅ……」
ベルティアが声をかけるとうぞりとジェイクは蠢き、軟体動物のように椅子へと這い上がる。
先ほどまで上から目線だったのにえらい変貌っぷりであった。
「そこまで気になさる事ではありませんよ。お知り合いの皆様がおっしゃっていた通り、大抵の方は一度は通る道ですから」
「そうなのか?」
「ええ。若気の至りは仕方がありません」
「……あんたにもあるのか?」「あー、無いですね」「……くそぅ」
ベルティアの転生者時代はそんなハイパワーチートは流行していなかった。
かと言って流行していたらやったのかと問われればたぶんやっていなかっただろう。ベルティアはレベル一桁、ウィルス転生時代から地味で堅実だったのだ。
先輩からは「もっと遊べ」とよく言われていますが……
そんな事を考えながら、ベルティアはジェイクを適当になだめて手続きを進める。
「お聞きしたいのはチート詐欺に遭った前の転生です。同じ世界に二度転生しておりますが何か事情がおありだったのでしょうか?」
「……チートだったんだよ。その時も」
「あぁ、やっぱり」
「そうだよ、その時はレベル減少なんて無かったんだ。小気味良く転生を終えたらもっとすごいチートで無双してみないかと誘われたんだ。そしたら……」
「典型的な接待チートですね。レベルを保証する事でいい気分にさせて後でドカンとかっぱぐ地盤固めの転生です。見事にやられましたね」
「うぅ……」
ちょっと得させた後に大きく投資させてかっぱぐ。
よくある転生詐欺の手法である。
知らない転生者はたいてい引っかかる。
知っている転生者は被害者なのでそれも経験と生温かく見守っている。
そして神はレベルをかすめ取るのに夢中。
誰も止めないのであった。
「ですが最近はあまりのひどさに規制法が施行されまして、ジェイクさんの話では転生者への確認条項に抵触する可能性が高いので少しは戻って来るかもしれません」
「ほんとか? どのくらい戻ってくる?」
「三億レベル位でしょうか」
「それだけしか取り戻せないのかよ……」
「これでも法整備されたのですよ? 神的には騙された方が間抜けなのですから大幅譲歩というものです」
「ぐっ……」
「被害届を提出いたしますので確認と承認をお願いいたします」
端末上で記述を終えたベルティアはジェイクに書類の確認と承認を求める。
ジェイクはうぞりと端末に触れ、自らの情報を書類に埋め込み承認した。
ベルティアは指定部署に書類を転送する。
これでこの一件は終わりだ。
「どのくらいで戻ってくるんだ?」
「二十年後ぐらいですね。法が施行されたばかりですしチート詐欺は急増中ですので時間がかかるんですよ」
流行とは怖いものである。
法が施行されたばかりの今、これまでのチート詐欺で溜まりに溜まった被害者が担当部署に殺到しているのだ。
おかげで関連書類のレベル価格がうなぎ登り半端無い。苦情係として扱われるベルティアにとって心の痛い出費なのであった。
「二十年なんて待ってたらレベル破産しちまうよ」
「あー、生活費がレベルで取られますものね」
転生者の神の世界での住居費や食費などもレベルが消費される。
何でもかんでもレベルで解決。それが神の世界なのである。
「猪か? 今回は猪でいくしかないのか?」
こんなのもうどうしようもないとジェイクがカウンターで頭を抱えた。
人類格とそれ未満では文明という明確な境界があり、転生後の質に大きな差があるのだ。
素っ裸で食う寝るヤるばかり夢中な獣と文明社会の一員ではさすがに比較にならない。
しかも獣は狩られる立場である。悩むのは当然と言えよう。
しかしジェイクにとって災難でもベルティアにとってはそうでもない。
苦情係でも無いのに親切に対応し、自分のレベルを使ってまで調査と被害届提出を行ったのだ。
さらに費やされた時間でベルティアのレベルもゴリゴリ減少している。多少は返してもらわなければ割に合わない。
よし、ここだ。行け!
ジェイクさんは人類格に未練タラタラ。つけ入るなら今!
……このセコさこそが神である。
ベルティアは端末を操作すると説明画面を表示し、頭を抱えるジェイクにそれを提示した。
「でしたら私の世界の『エルフ』に転生するのはいかがでしょうか?」