29.ゲリさんの貞操が、貞操がーっ
「ベルティアさん!」
転生者転生斡旋所、ハローワールド。
バルナゥ危機一髪を何とかやりすごしたベルティアがハローワールドに出勤すると、待っていたのは謎の歓迎だった。
なんですかこれ?
唖然とするベルティアにフロアの神々が集まり、涙目で手を握ってくる。
「いやーよく戻ってくれたベルティアさん!」
「何があったんですか?」
カウンターのご近所さんが手を握ったままぶんぶんと振り回す。
なんて迷惑な。
と、思いながらもベルティアは我慢して、彼の言葉を待った。
「この一週間すげぇ大変だったんだよ。チート被害者がフロアを荒らす事荒らす事。おかげでまともな転生者が逃げて開店休業状態だったよ」
「……いつも通りじゃないですか」
「いやぁベルティアさんが引き受けてくれないから俺達大変」
「いえ私、被害担当ではありませんので」
「えーっ、エルフ転生の為に全部ベルティアさんに回してるのに」
「それ違いますよね?」「いやいやそんなことはないヨ?」
「絶対違いますよね?」「いやいやそんなことはないヨ?」
「……」「いやいやそんなことはないヨ?」
堂々巡り確定の会話にベルティアはため息をつき、今後は多少は楽になるかと期待を込める。
なにしろ一週間。
一週間開店休業状態を看過するなど世界の営業者としてさすがに問題。
だから担当窓口を調べて転生者をぶん投げていたに違いない……
「で、担当窓口の場所は調べたのですか?」
「ベルティアさんがいればもう安心!」
「……」
この、役立たずのぺーぺー神どもが……
ベルティアは口まで出かかった罵倒を何とか飲みこみ、こちらはそれどころではないのだ疫病神めと心の中で吐き捨て自分のカウンターにつく。
今は本当にそれどころではない。
バルナゥ討伐の危機は何とかやりすごしたがまだまだ予断を許さない。イグドラの枝を取り除くために肉を切り刻んだ拍子にすぽーんと昇天してしまうかもしれないのだ。
今も危機一髪。
執念のストーカーげふんげふん、ソフィアの執念に全てがかかっていると言っても過言ではない。
唯一の救いはイグドラに多少の罪悪感が感じとれることである。
彼女が本気なら二十桁近く格下のバルナゥなど一瞬で食われてしまうはず。
なのに数十年の年月をかけて食べるのは竜をあまり狩らせないためのイグドラなりの謝罪なのだろう。エルフはともかく竜は完全なとばっちりなのだ。
世界を守るために地に堕ちたイグドラは食欲と性欲に苦しみながらベルティアの救いを待っているに違いない……たぶん。
しかし今、手を差し伸べる事が出来たとしてもイグドラは決してその手を取りはしないだろう。
彼女には子という執着すべき存在が出来たからだ。
一度は食われたその子らを再び実らせたイグドラは、子らが安心して生きていける世界を手にするまで決して世界を離れはしない。
しかし……世界樹はダメです。
ベルティアはひとり、頭を振る。
あれは失敗作だ。
世界を激しく貪り食い、異世界の侵略を招く厄介者だ。
現に一度生まれた子が世界を貪り異界の侵略を招いている。
葉や枝が他の生物に恩恵をもたらそうが世界を食い尽くされては意味が無い。
なんであんな厄介なのを顕現生物に選んだのよイグドラ……であった。
まあ、それはおいておく。
三億年もやきもきし続けてきたベルティアは、この状況にもいい加減慣れている。
今はバルナゥのほかにもう一つ心配な事が絶賛進行中。
ベルティアは一週間振りにハローワールドに出てきたのだが、本当は世界の事柄に集中したかったのだ。
しかし転生者を呼びこまねば世界が緩やかに衰える。
仕方なく出てきた訳である。
「あの、ここレベル搾取の被害届窓口と聞いて来たんですが」
「はいはい被害届これね。エルフ転生する? はい転生」
まさに心ここにあらず。
おかげで接客がすこぶる適当だ。
ちゃっちゃと被害届を出してエルフ転生を勧め、とっととエルフに転生させる。
何がいけなかったのかなんてダメ出しは決してしない。
効率は良いが転生者のためにはならない転生である。
何がいけないのかを理解していない転生者はまたチート詐欺に遭い、上げたレベルを奪われるだろう。
経験が活きるのは反省と対策あればこそだ。
何の反省も無しにうまく事を進められる者はいない。
しかし今、ベルティアは転生者の事を気にしてる余裕は無い。
それだけベルティア的に大変な事が起きていた。
「ゲリさん起きて。起きてー!」
「はい?」
カウンターで対応しながらベルティアが叫ぶ。
そう。
今まさにゲリの貞操の危機なのである。
彼が渡ったかつてのエルフの都アトランチス。
そこでミリーナ達が眠るゲリを囲んでよからぬ事を企んでいた。
問題を前に妻としてゲリを助けようと決意したのにゲリは一人で問題を解決してしまい、その必要が無くなった。
さらにゲリがエヴァンジェリンと寝言で呟いたものだからたまらない。
犬扱いから人扱いになったのに、犬扱いに逆戻り。
おあずけを我慢していた犬が『よし』と言われて食べようとしたら『やっぱ待て』と言われたように、三人の不満が半端無い。
しかも知らない女の名だ。
それが犬とは知らない三人は、ゲリが自分達から去っていくと誤解し囲い込もうとしているのだ。
気持ちはわかる。めっさわかる。
しかしそれはいけません。
同意無しの既成事実は後々のトラブルの元ですからいけませんよ?
と、ベルティアが心の中で叫ぶ声など三人に届く訳もない。
ミリーナの言葉にダークエルフが転び、ピーが転び、今は誰も止められない。
何とも切ない忠犬の嘆きに同情半端無いベルティアであるが、それをしたら後で困るのは自分達だ。
それは誤解ですから我慢です。ゲリさんを信じるのです……
ベルティアの念が通じたのか、理性を失ったピーが二人をべちんと叩き、さらに自分をべちんと殴る。
「もっけぷぴんぱ! そうです! 殴ったれ殴ったれ!」
「あの、さっきから何を?」
喝采を叫ぶベルティアにカウンター前の転生者が一歩退く。
しかし今日のベルティアはそんな事は気にしない。
今は転生どころではないからだ。
ベルティアが目を付けたゲリが現在絶賛大ピンチ。
何も出来ずとも目は離せないというものだ。
「ぺぴぺぴぽぽぷぺぷだ! ぴまーだぴまー!」
「うわっ、この神怖いっ……」
意味のわからないベルティアの叫びに転生者がトンズラしていく。
「やべえよ! 苦情受付係がやばい事になってるよ!」
と、周囲が騒ぐもベルティアは気にしない。
くどいようだが今は転生どころではないからだ。
ベルティアがやきもきする中、ミリーナとダークエルフが土下座する。
間違いに気付いたのだ。
「そうですよね。ぺまーですよね。うん。ぺまーです」
意味はさっぱりわからないが解決に頷くベルティアである。
一時はどうしたものかと思っていましたが、ピーの中のピーがすごくいい子で助かりました。一番の駄犬と思っていたのに実は一番の忠犬でしたかピーのピー。
三人はその後大人しくゲリの回りにころり寝転び、ゲリを温めるように眠りにつく。
これ以上は野暮ですね。
と、ベルティアが意識をハローワールドに戻すと周囲の転生者と神々がどん引きしていた。
「やべえ、ベルティアさんチート被害者の相手し過ぎて狂ったぞ」
「俺らそこまで追い詰めてたの?」「ぺまーとかぴまーって何?」「いきなり叫ぶあの発狂振りは医者に行くレベルだな」「世界の運営が大変だと聞いていたけれど、そんなに……」
周囲の生温かい目がベルティアに注がれる。
「ベルティアさん……今日も休め。な?」
「いえ、元気ですよ?」
「ベルティアさんみたいな人の元気アピールは信用できません。今日は休んで寝てろ、な?」
「まさかのピー扱い!」
ベルティアが頭を抱える。
ちょっと世界の事を気にしていただけでこの扱い。
私の世界はそんなにピーなのですかとショックのベルティアであった。




