27.ベルティアさん家も収穫祭
「すみません。本当にすみません」
転生者転生斡旋所、ハローワールド。
ベルティアの前で転生者が謝罪していた。
別にベルティアが何かをされた訳では無い。彼に面識がある訳でもない。
しかし彼はベルティアを前にひたすら頭を下げていた。
「神を殺したなんて偉ぶって本当にごめんなさい。倒したアレが神様のアトラクションスタッフとか知らなかったんです本当にごめんなさい。もう僕あの世界に転生できません……恥ずかしくて」
「あー、転生時は色々忘れちゃいますからねぇ。ところで、なぜ私の所でそれを?」
「ここは転生者の苦情受付所と聞きまして」
「違います。断じて違います」
「すみません。本当にすみません……」
謝りながらも喋り続ける。
彼はただ己の恥を聞いてもらいたいだけらしい。困った転生者であった。
チート被害に遭った転生者の反応は大きく分けて二通りだ。
怒るか、恥じるかである。
大体九割は怒るものだが今回は恥じる転生者だったらしい。
曰く、世界で俺つえぇをした。
曰く、世界を破滅へと導く神を舐めプで倒した。
曰く、国を興してハーレム三昧。周囲の国家を蹴散らし蹴散らし云々以下略。
よく聞く話である。
しかし生は無限では無い。
神ですら無限ではないのに転生者が無限の訳もなく、当然のように生を終えて神の世界に戻ると神と転生者の圧倒的な格の差に打ちひしがれるのだ。
格が違う神なんて倒せる訳ないじゃん。
そして世界を司る神を滅ぼしたら世界が放置されて滅びるじゃん。
そもそも世界は神の収入源なんだから破滅させる訳ないじゃん……と。
まあマキナのような神もいるので完全に正しいとは言えないが、おおむね正しい。
彼のような者にとって不幸なのは同時期を生きた転生者が何億人もいる事だ。
あ、神殺しの男だぷぷっ。
こんな類の言葉をちくちく言われてはたまらない。
さらに彼が倒した悪神や大臣、魔族等々が実は神のアトラクションスタッフであり、要所で彼を助け導いた者達までもスタッフの一員だと知った彼はあまりのひどさに壊れてしまった。
「もうなんなのこの世界……?」
勇者? 英雄? とんでもない。
蓋を開ければただのピエロである。悪役の方が報酬でウハウハであった。
「久しぶりにひどい世界の話を聞きました。ところでエルフはどうですか?」
「恥ずかしい本当に恥ずかしい……」
そろそろ仕事に戻らせて欲しいのですが……
被害届を出したベルティアはにこやかに応対しながら心の中でため息を付く。
多重化した何兆ものベルティア達が転生者を獲得しているので一人くらいは良いのだが、仕事にならない事に変わりは無い。
結局転生者は恥ずかしいとすみませんとごめんなさいを繰り返して満足したのかありがとうございますと礼をして去って行った。
ベルティア的には転生していけこのやろうである。
契約に結びつかない接客は、ただの時間の無駄なのだ。
まあ善神面は悪い事では無い。
きっとこれも評判のうち。
投資、そう投資です。
と、ベルティアは自らを納得させて新たな転生者を迎え、また苦情を言い始める展開に頭を抱えるのであった。
「収穫祭をいたしましょう!」
苦情に次ぐ苦情にげんなりして家に戻ると、マリーナが食材を手に叫んできた。
「で、何を収穫した事を祝うんです?」
「何でも良いではありませんか。収穫祭ですよ収穫祭。うっひょーっ!……あいつらだけご飯食べまくりとか許せません」
何を収穫した訳でもないのに収穫祭?
と、首を傾げたベルティアにマリーナがボソリと本音を呟く。
やっぱり本音はそこですよねと納得のベルティアである。
曾孫のミリーナとエルネの里の者が収穫祭で一週間食べまくりなのがうらやましくて仕方ないのだ。
ベルティア世界のエルフは食への執着半端無い。
そしてマリーナの食への執着は超半端無い。いつもご飯を食べまくっているくせに他人が食べている姿を見れば自分も食べたくなるのである。
千百八十五年間まともなご飯が一度だけというエルフ生のなせる業であった。
「ああっ、竜牛とかうまそう! ベルティア様私達もA5肉を食べましょう」
「えー……歩留? サシ? うわっ高っ!」
なんだそれはと調べたベルティアがあまりの価格に悲鳴を上げる。
肉なら普通のこまぎれ肉でいいじゃないですか。
同じ肉なのにグラム単価違いすぎですよ。
と、ベルティアがマリーナを見ると心の中ではすでに確定事項らしく、レシピを色々検索している。
ま、まあいいでしょう。
遊び心、遊び心です……きっとこれが食い道楽!
以前マキナに言われた事を心の中で繰り返すベルティアである。
マリーナにはエルフ転生の評判で大いに世話になっている。
一回くらい良いだろうと思うベルティアであったが……
「こっちも一週間A5肉でやりましょう!」
「そこまでする気はありません!」
「……」
ピポパパペペププペペ……
あ、もしもし? 実はですね……はい。お待ちしております……
ピンポーン……
はーい……
ガチャ……
「タダでA5肉が一週間食べられると聞きましたわベルティア」
「マキナ先輩……」
くっ……既成事実を、既成事実を作りましたねマリーナさん!
さすがはマリーナ。食への執着超半端無い。
ベルティアはマリーナを睨むもすべては後の祭りである。
マキナは感慨深く頷きながらベルティアを絶賛した。
「貴方もようやく遊び心というものが解ってきたようですわね。レベルは稼いで使うもの。そう! 明日の自分を信じてドカンと投資するものなのですよ」
そしてマキナは懐から端末を出すと誰かに電話をかける。
ピンポーン……
「ベルティア先輩! マキナ先輩に言われた通りご指定の肉を、くっそ高い肉をしこたま買ってきました。対価を、対価をお願いしますぅうううぅぅうう……」
「エリザ……」
貧乏神に立て替えさせる上位格神のえげつなさよ。
マリーナ、マキナ、エリザの流れるような連携プレイに眩暈を覚えるベルティアである。
ベルティアが断固拒否すればエリザの貧困半端無い。
あまりに不憫なエリザにベルティアは仕方ないとため息を付き、駄賃を足して対価を払う。
「ありがとうございます! 先輩がこんないい神と知っていればあんな事はしませんでした申し訳ありません!」
「知らなくてもあんな事はしないでください」
駄賃にエリザは涙を流して土下座感謝し、マリーナは見事な土下座と絶賛しながらテーブルにすき焼き鍋をどかんと配置。ルドワゥとビルヌュが酒を持ち込み収穫祭が始まった。
「あはははは。土下座、土下座で飛んでるわこのエルフ達」
「土下座しながらツルツル滑ってるエルフもいます。さすがはベルティア先輩。独創的な世界ですねあはははは」
画面に映るオルトランデル収穫祭にマキナとエリザがケタケタ笑う。
ベルティアもやけっぱちである。
レベルを払って音声を入れるとミリーナの驚愕が部屋に響いた。
『えう! ご飯はいらないとか言っておいてプロえう。プロフェッショナルえう!』
「ふっ……この程度の土下座でプロとか片腹痛い。私のような本物のプロは土下座と同時に食を得ているものなのですよミリーナ」
「どんだけですか貴方は」
本物の土下座のプロフェッショナルにはご飯が自ら飛んでくるものらしい。
マリーナさんに何していたんですかイグドラ?
と、思いながらベルティアは肉をぱくり。
「うっま!」
ベルティアは柔らかくとろける肉に新たな世界への一歩を踏み出した。
なるほど。これが遊び心。
それは冒険心であり新たな分野に踏み出す気概なのですね。
と、肉をバクバク食べながら納得するベルティアである。
マキナとエリザは世界に笑い、ビルヌュとルドワゥは酒に酔い、マリーナは鍋を仕切って肉を食う。
「肉がもうすぐなくなりますねぇ」
「追加しましょうマリーナさん」
「うっひょーっ!」
ベルティアも大盤振舞いだ。
すき焼き、ステーキ、しゃぶしゃぶ、焼肉、牛丼、カツ、カレー、鍋……
皆はあらゆるご飯を食べ、マキナとエリザに肉の折り詰めを持たせて帰す。
画面の中と同様にベルティア家の収穫祭も大盛況に終わったのであった。
そして……
「これは、ひどい……」
そして素に戻ったベルティアはあまりの食費に頭を抱えた。
まさに暴食。全てを食らう暴食である。
ベルティアのレベルも十年間の食費位は減っている。
一週間で十年分。遊び過ぎであった。
仕事部屋で眺める画面もすでに祭りの後。
オルトランデルには誰もおらずエルフは里へ、ゲリとゲロと勇者はランデルへと戻っていた。
あぁ、そういえばバルナゥには悪い事をしましたね。
ベルティアはふと思い出す。
オルトランデルとベルティア家で皆が楽しんでいる間、バルナゥはヴィラージュのねぐらでガクブル状態。いつベルティアから干渉を受けるか戦々恐々であった。
何かしら詫びでも入れられれば良いのですが。
と、考えるも格が高すぎて全てが裏目という何とも切ないベルティアである。
結局死後にレベルボーナスくらいしかできはしない。
まあ憶えておきましょうとメモを取り、ふと画面を見ると不穏な事が起こっていた。
「ゲリさん……!」
ゲリがランデルの領兵に捕まっていた。
ベルティアが固唾を呑んで見守る先でゲリは地下牢にぶっこまれ、別室で領主は誰かと会話している。
レベルを使い調べたところ、ランデル領主ルーキッド・ランデル伯爵が会話しているのはビルヒルト領主ミハイル・ビルヒルト伯爵に聖樹教のケレス・ボース枢機卿。
聖樹教と言えばイグドラの丁稚宗教だ。
彼らがどうしてゲリさんを……
目を凝らすベルティアの視線の先、ビルヌュやルドワゥが丁稚と称する枢機卿が宣言する。
『聖樹教はランデルの悪しき竜、大竜バルナゥ討伐を王国に要請いたしました』
「待てーいっ!」
死後にボーナスをとは思いましたが、いま死んで欲しいとは思っていません!
ベルティアは画面にツッコミを入れた。




