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24.やっちまえゲロさん

 画面に映る街道を、馬が激しく駆けていた。


 その馬が牽引するのは王国の馬車だ。

 グリンローエン王国の紋章輝くそれは時折馬に回復魔法をかけながら街道を猛スピードで駆けていく。


 先行する者が人払いをした街道に走行を妨げる者はいない。

 旅人は端に寄り、荷馬車は街道を外れてその馬車の通過を待つ。

 そして通過した馬車を人々は驚きをもって迎え、祈りをもって見送るのだ。


 世界の敵を討つ王国の剣。勇者級冒険者。

 馬車にはその証である旗が風にたなびいていた。


「ゲロさん。がんばって!」

「ゲロさん?」

「数多のダンジョン主を討伐して量産型ゲリさんを作りまくるゲリさんのマブダチ勇者です」

「変わった人ですね」


 あなたが言いますか……


 ベルティアは飯キチ老エルフに心の中で呟いた。

 ベルティアの見つめる画面の中、馬車はものすごい速度で街道を疾走する。


 さすがは回復&強化のドーピング馬である。

 生物の限界を魔法と薬でねじ伏せた馬達は丸二日の間馬車を力強く牽引し、徒歩なら一ヶ月程の旅程がもうすぐ終わる。


 異界の討伐は時間との勝負だ。

 時間が過ぎれば過ぎるほど世界の力は奪われ、力を吸い上げる管であるダンジョンが奥深く複雑なものになっていく。

 討伐が難しくなるのだ。


 だから勇者の行動は常に迅速。

 潰れたら回復で何とかすればいい。死ねば蘇生で何とかすればいい。

 こんな無茶を同行者や兵や移動手段である馬にも要求する。

 人も物も金も湯水のように使う国土の守護者なのである。


 そして馬車に乗るのはゲロとその仲間達。

 ゲリとの冒険で格を上げ、レベル十億を突破したゲロは今や王国最強の勇者として全国を飛び回っていた。


「まあ、元々こいつらが俺を討伐したのが原因だがな。まったくこいつら後先考えねぇ阿呆共だわ」


 ベルティアの背後で画面を見つめるビルヌュは勇者に辛口半端無い。

 元々ビルヌュの縄張りだったエルトラネは彼が存命の間はハイなエルフが踊り住むだけの狂気で平和な土地だったのだ。


 自分が討伐されなければこんな不始末も起きなかった……


 忸怩たる思いがあるのだろう。ビルヌュの表情は悔しげであった。


「王国も勇者も所詮クソ大木の丁稚だからな。俺の縄張りだったビルヒルトもそろそろ突き抜けてくるぞ。つーか何とかしろよベルティア」


 ルドワゥも同じく辛口だ。

 彼の縄張りだったビルヒルト近隣のホルツの森も冒険者の横行により世界の力が奪われているらしい。

 エルトラネもビルヒルト領。ホルツの森もビルヒルト領。

 何をしているビルヒルト領主? である。


 欲にまみれた商人や冒険者を取り締まるのが領主の仕事だと言うのに片棒を担いで濡れ手に粟。

 さらにその背後にはイグドラの丁稚宗教である聖樹教がいるらしい。

 まったく困った事になっていた。


「私がいろいろやってる事は二人もご存じでしょう」

「あー、全部子作りに回されてるんだっけな」

「超絶ハイパワー色キチとか始末に負えん」


 元凶の世界樹を何とかしようとベルティアは色々しているが、状況は悪くなる一方だ。


「それに、この程度の事ならイグドラがいなくても起こります。世界の皆が何とかするべきなんですよ」

「「うわぁ……」」


 そしてこの程度ならば、ベルティアは手を出さない。

 相手の神と交渉するのが面倒というのもあるが、神頼みが横行する世界は発展しない。

 過ぎた他力本願は生物と世界を堕落させるのだ。


 今回の異界も人間で何とか出来る範囲内。

 勇者が急行している以上ベルティアは手を出す気は無い。


 ……まあ、建前に過ぎないが。


 ゲロはきっと勝つ。


 あの時助けた期待に応え、数多の異界を討伐し続けたゲロは今回も期待に応えてくれるでしょう……


 ベルティアは皆と共に世界の有様を見守った。


 エルフの腹を掻っさばいた冒険者ディック・ランク一行はダンジョンで適度に稼いで逃亡中。

 事を起こしたのは聖樹教というイグドラの丁稚。

 事を収めるのも勇者というイグドラの丁稚。

 何とも無様なマッチポンプだ。


 ゲロ達もディック達も意図していないだろうがこれはイグドラの食事の一環だ。

 世界を食い、異界を食い、竜もエルフも人も食らって実を熟させていく。

 そうせずには生きていけないイグドラの肉の呪いだ。


 だからベルティアも止められない。

 止めれば世界が内から砕けてしまう。

 それをさせない為の必要な犠牲であった。


 勇者達の馬車は街道を疾走し続け、やがて異界の口に到着する。

 馬車から降りた者達は四人。

 彼等は手にした物を口に含み、顔をしかめて異界に潜る。


 口にしたのは世界樹の葉。

 マリーナがくそまずいと評したそれは死以外の全てを癒して一時的な強化をもたらすイグドラの祝福であり投資だ。


「勇者達は勝つでしょうか?」

「普通に勝つだろ。クソ大木の木っ端屑は半端無いからな」

「特にあの聖剣は強すぎるよな。俺らはあれでやられたし」

「あれは反則過ぎる。攻撃も魔撃も防御も全部食われるとかないわ。ブレスを全部食われた時は目を疑ったぞ」

「かすっただけでごっそり食われるもんなぁ。あれは人には過ぎた道具だわ」


 マリーナ、ビルヌュ、ルドワゥが心配そうに画面を見つめる。

 格が高すぎるイグドラは木っ端屑でも竜を圧倒するほど強烈だ。

 人間に目をつけたイグドラは枝葉で欲望を煽り、うまく利用して糧の一助としていた。


「あら、もう済みましたの?」「「はやっ!」」


 勇者達が入ってからわずか三十分。

 世界に口を開けた異界が大きく揺らぐ様に三人のニートが驚きに叫ぶ。


 安定していた入り口が大きく揺らぐ様は異界の主が討伐された証。

 主を失った異界が行き場を失い、世界に同化していく現象だ。

 勇者三人が世界に戻り、聖剣を携えたゲロが世界に飛び出すと異界は世界に飲まれ、やがて世界の一部となった。


 さすがに他の勇者達が許さなかったのだろう、今回の戦利品もゲリではない。

 二十体以上ゲリを願えば誰でもやめろと言うだろう。ベルティアは多少残念なゲロの表情に安堵した。


 やはり、ゲロさんはやりますね。

 あのとき助けた甲斐がありました。


 と、満足なベルティアである。


 ゲロ一行は随伴していた王国の者達に調査を任せると馬車で移動を開始する。

 行き先はここから一番近い町、ランデル。

 ゲリの頑張るホームタウンだ。


 彼らはそこに拠点を作り、後始末に奔走する。

 異界が顕現した原因を調べ、必要であれば武力を以て原因を潰す。


 ゲロ一行は優秀だ。

 元凶のディック・ランク達はすぐに討伐されるだろう。

 これでこの一件はおしまいだ。


「ふふ、ついに再会の時ですね」


 街道を進む馬車を眺めるベルティアはゲロと同様、ゲリとの再会を楽しみに業務に戻るのであった。

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