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20.ゲリさんお願い、人柱になってーっ!

「鑑定の使いすぎですね」

「え? あれってチートなの?」

「当たり前です。能力の数値化や文章化を誰がやってると思っているんですか」

「誰ですか?」

「神ですよ。神がやってるんですよ。手数料取るに決まってるじゃありませんか」

「なんてセコい……」

「はい。神はセコいんです。そして神がやってるから鑑定結果が正しくなるんです……ところで今の格ではトカゲとかカエルに転生ですが、うちのエルフはいかがです?」

「うぅ、お願いします……」


 ベルティアのカウンター前では今日も転生者が突っ伏して、露骨なエルフ押しにハマってエルフに転生していく。


 マリーナが神の世界に来てから五年。

 ベルティア世界は相変わらずである。


 そしてベルティアの赤字も相変わらずだ。

 まあ、仕方がない事である。

 三億年間悪化の一途をたどる状況が五年程度で改善する訳が無い。


 あと十億年くらいはこんな調子でしょうか……


 転生手続きをしながらベルティアはため息をついた。


 イグドラは相変わらずの超絶大問題。

 しかしイグドラ以外は好調だ。

 エルフはほぼ横ばい。生物はほとんどの種で増加。竜は現状維持。

 他の神からの侵攻である異界も顕現から討伐までの間隔が短くなっている。


 特にグリンローエン王国の異界討伐速度は五年前の三倍になった。

 どうやら新たな勇者が超絶有能らしい。

 一ヶ月以内に異界を討伐できれば侵略されても黒字。

 喜ばしい事である。


 でも、ベルティア世界は大赤字。

 今は転生者が必死に耕し豊かになっていく世界をイグドラ一人が食い潰している状況だ。


 イグドラが神の座に戻ればウハウハ間違い無しなのですが……


 ベルティアは自らの手を見て首を振った。


 この手で直接すくい上げられればどんなに楽な事か。

 しかしそれは無理である。

 世界はあまりに小さく繊細だ。

 手を突っ込んだ時点で星のめぐりは崩れ、全ての調和が混沌に変わるだろう。


 イグドラの時ですらバランスを取るのに苦労したのだ。

 イグドラより十桁上のベルティアが手を突っ込んだら破滅確定だ。


 出来る事といえば細かく細かく力を送る事くらい。

 それでも星のめぐりはわずかに狂い、修正するのも一苦労。

 一の力を送った後に十の力で後始末するという、何とも赤字な行為であった。


「あら?」


 淡々とハローワールドで対応をしていたベルティアは、仕事部屋でマリーナが騒いでいるのに気が付いた。

 珍しく取り乱しているらしい。

 ベルティアは多重化の主格を仕事部屋のベルティアに移す事にした。


「ベルティア様! ミリーナを、曾孫のミリーナをどうかお助け下さいませ!」

「ご飯と関係ない!」


 主格を移したベルティアはいきなり叫び、いやいや失礼ですねと首を振った。

 珍しい事だが曾孫絡みなら理解できる。

 マリーナがここにいるのは曾孫に夢を抱かせてしまった償いだからだ。

 イモニガー。


「落ち着いてください。何があったんですか?」

「……ミリーナがついに行動に出たのです」

「行動?」

「はい。常々エルフだけが呪いを受けているのは不公平えうと言っていたのですが、とうとう人間に呪いを広げる為に里を飛び出したのです。このままでは人間とエルフの戦いとなるのは必至。ベルティア様、どうか、どうかミリーナを止めて下さい」


 マリーナはオロオロと説明し、えうは曾孫の口癖だと付け足した。


 それは確かに問題だ。

 必死の努力でエルフ人口が横ばいなのにこんな事で人間と敵対して滅ぼされてはたまらない。

 エルフはイグドラの根であり餌なのだ。


 そして人間も解っていない。

 人間はエルフを邪魔者として扱っているが、エルフが減ったら次は人間の番である。

 イグドラは人間に祝福という名の呪いをかけ、じわりじわりと食うだろう。


 神だって腹は減る。

 飢えれば我慢も配慮もしないだろう。


 いずれはそうなるかもしれないが、それを早める事も無い。

 ミリーナという曾孫を止めるのは世界の利益につながる。

 ベルティアは準備をはじめた。


「座標を合わせます。マリーナさんが使っていた機材番号は?」

「五番です」


 マリーナの機材と同じ座標に、ベルティアは自分の機材を設定した。

 機材が細かく震動し、ゆっくり座標を合わせていく。

 マリーナは焦燥をあらわに呟いた。


「ミリーナは森の中で活動する人間の冒険者に呪いを移すつもりでしょう。ランデルの冒険者は弱くエルフに対して有効な対抗手段を持ちません。ミリーナと遭遇すれば即、ヤられてしまうでしょう」


 ベルティアの機材が電子音を吐き、マリーナの機材と同じ画像が表示される。

 そこに映るのは森の中をさまよう一人のエルフの少女。

 マリーナの曾孫、ミリーナだ。


「近くに人は……いないようですね」

「あぁ、良かった……ですがここはもう人間の領域。いつ遭遇しても不思議ではありません」


 ベルティアは機材を操作し人間をピックアップする。

 すでに人間の活動領域だが人間には不人気な場所らしい。

 ミリーナに一番近いのは二キロ離れた三人組。あとは三キロ離れた場所に一人。

 それだけだ。


 どちらもエルフの能力では知覚範囲外。ミリーナはアテもなくさまよっている。

 今のところは問題無い。

 しかしミリーナが呪いの拡散を諦めない限り問題は解決しない。


 どうすれば……


 ベルティアが考えている横でマリーナは目まぐるしく機材を操作し、ベルティアに叫んだ。


「この人! この人間ですベルティア様!」


 マリーナが画面を示す。

 映っていたのはずいぶん汚い建物の一室であった。

 木々に蝕まれた石造りの建物の中、一人の男が鍋を前に座っている。

 ベルティアは彼の風貌に見覚えがあった。


「ゲリさん! ゲリさんではありませんか!」

「ゲリさん? と、とにかくこの人の鍋を使うのです!」

「鍋?」

「ミリーナをあったかご飯で釣り上げるのです!」


 えーっ……


 マリーナの叫びに唖然とするベルティアである。

 そんな事で決意が揺らぐのかとベルティアはマリーナを見つめ、あぁ揺らぎそうだなと納得する。


 ベルティア世界のエルフは食への執着半端無い。

 毎日ご飯を食べているのに大食いチャレンジを制覇するほど執着半端無い。

 マリーナの存在がそれを雄弁に語っていた。


 画面の中でゲリさんの煮込む鍋からあふれる湯気が部屋の小窓へと流れていく。

 あの湯気にはご飯の香りが乗っているに違いない。


 たぶん良い香りだろう。

 それをミリーナの鼻先まで持っていければ……何とかなるかもしれない。


「ミリーナを穏便に止めるにはこれしかありません!」

「しかしゲリさんがどう出るか……人間との接触を早めるだけではないですか?」

「エルフはご飯の為ならいくらでも媚を売るから大丈夫! 呪いなんぞ問題外です! あぁ、早くしないとゲリさんが食べてしまいます。それでは遅いのです!」

「わ、わかりました!」


 ごめん、ゲリさん。

 世界の為に人柱になってーっ!

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