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19.光陰矢の如し。しかしやる事変わりません

「はい。皆様今年一年お疲れ様でした。乾杯!」

「「「「乾杯!」」」」


 フロアの皆が乾杯の音頭に紙コップを掲げる。

 ベルティアも紙コップのジュースを掲げ、深くため息をついた。


「あぁ、今年もまた終わってしまいました……」


 ここは転生者転生斡旋所、ハローワールド。

 今年の業務はこれで終わりだ。


 今は納会の真っ最中。

 神といえども年末年始はあり、大晦日も元日も初詣もある。

 そしてもちろん納税も……

 三億年前から赤字続きのベルティアは深く深くため息をついた。


 神と言えども社会はある。

 町内会があるように自治体もあり、自治体をまとめる自治体もあり、全てを束ねる国もある。

 ハローワールドのような施設もあり道路や鉄道のようなインフラもある。


 それらの建築や維持には当然レベルがかかる。

 何でもかんでもレベルで解決の神の世界は納税も当然レベル。

 転生世界の文明が金で回っているように神の世界はレベルで回っているのである。


 そしてそれはベルティアにとって非常に頭の痛い事でもある。

 ベルティアの世界は三億年前から常に赤字であり、去年も赤字、今年も赤字。

 きっと来年も赤字だろう。


 当然納税など出来るはずもない。

 イグドラという世界の格に合わないレベル食いがいる以上、ベルティア世界はイグドラにレベルを吸われ続ける運命にある。


 ぶっちぎり最強のイグドラの格は限りなく三十三桁に近い三十二桁。

 他が最高十三桁の世界では支えられる訳も無い。

 突出し過ぎた者が他の者を振り回す良い例であった。


 あぁ、今年の確定申告も赤字です。

 また税務署から疑いの目がかけられますね……


 と、ベルティアはジュースをちびりと飲んで暗い顔だ。

 当然だが三億年も赤字が続くと疑われる事半端無い。


 経費に転生者養育費やイグドラ救出費がつらつら並ぶベルティアの帳簿は脱税の匂いがプンプンするらしい。

 これまでも何度か役人が来た事があったが、皆世界を見るなり頑張って下さいと哀れみの目でベルティアを激励し去って行った。


 余計な御世話ですこのやろう。であった。


「はい。それでは一本締めで今年も終わりたいと思います。よぉーっ」


 ぱんっ!

 手締めでハローワールドでの行事が終わり、フロアの面々が家路につく。

 ベルティアは帰りの道すがら年末に必要な諸々の品を買い、肉と酒とつまみを手に家に帰った。


「大変ですベルティア様!」


 帰るなりマリーナが飛んでくる。


「ビルヌュが大掃除で虫に噛まれて昏倒しました!」

「……」


 懲りない竜である。

 神の世界の存在は転生者を無視するのだが邪魔者であれば排除云々。

 年末年始に面倒臭い事この上ない。


 ベルティアはレベルをしこたま失ったビルヌュのレベルを補填すると身の程を知りなさいと説教し、酒とつまみを渡して今日は寝ててくださいと布団にぶち込んだ。


 ニートなりの手伝い行動なのだろうが不適材不適所だ。

 明日から買い物やら整頓やらに勤しんでもらおうとベルティアは決め、マリーナと共にご飯を食べる。


 ルドワゥは酒とつまみとご飯を持ってビルヌュの看病に行っている。

 レベルは補填したから問題は無い。

 後はニート男同士積もる話もあるだろうとルドワゥに任せる事にする。


 ベルティア世界では最強動物である竜も神の世界では吹けば弾けるもやしっ子だ。大掃除の虫にやられる神の世界はかつての最強動物には辛かろう。

 転生すればまるっと解決するのだが。


 明くる日からは大掃除、買い物、各所への挨拶に年始の準備。

 ベルティアの年末はそんな調子で慌しく過ぎていく。


 ご飯事情はマリーナに全部お任せだ。

 食への執着半端無いエルフは自分も食べるご飯には超絶本気で対応する。つまみ食いする事に目をつぶればベストチョイスだ。


 皆で大晦日に年越し蕎麦を食べ、二年参りに足を運ぶ。

 ベルティア達が行くのは近所の神社。


 そこには先輩のマキナが従神達を従えベルティアを待っていた。


「ベルティア、今晩は」

「マキナ先輩、今年もお世話になりました」

「いえいえ私の方こそ色々お世話になりました。来年もよろしくね」


 ベルティアとマキナは互いに頭を下げて今年のお礼をしていると、背後からルドワゥとビルヌュがマキナに深く深く頭を下げた。


「「姐さん! 今年も世話になりました!」」

「あら、今日もヒョロヒョロもやしっ子ねうふふ」


 二人とも、その敬意私にも示してくださいよ。


 ベルティアはそう思いながら鳥居の陰をふと見ると、見覚えのあるソバージュヘアーがちらちらとこちらを伺っている。


「エリザ」

「投げないで世界は投げないでくださいお願いしますぅうう!」


 マキナがエリザの名を呼んで、こっち来いと手で招く。

 弾かれたように跳んだエリザはマリーナが見事と呟くスライディング土下座をかまして許しを請う。


「年末年始は投げませんよ」

「ひ、ひゃいっ!」

「来年中にイグドラちゃんを助けられたら今後も投げないであげます」

「絶対無理ですーっ!」


 エリザの悲鳴に皆が笑う。

 マキナはエリザのとり巻きにも土下座させ、そろそろ行きましょうかと鳥居をくぐる。


 神社に祭られているのは神の先に到達した者達だ。

 神とて無限ではない。

 形あるものには常に終わりがあり、またその先がある。


 神の世界の外は神の理解の外であるが、おそらく転生者と世界のような循環があると予測されている。

 神も世界をめぐるのだ。


「赤字、赤字を何とかしてください」

「今年こそイグドラちゃんに頬ずりしたい。したいですうふふ」

「イグドラ様の暴食を何とかしてください格落ちしてしまいます」

「「あの野郎が子作りしますように」」

「帰りに肉まんを買って帰りましょう」


 二礼二拍手一礼。

 ベルティア、マキナ、エリザ、ルドワゥ、ビルヌュ、マリーナがそれぞれの願いを口にする。

 皆が手を合わせて祈る空に、月が静かに輝いていた。


「今年こそは貴方を取り戻せればいいわね……」


 さくり、さくり……

 二年参りから家に帰ったベルティアは植木鉢を手に呟いた。

 呟くが、無理な事もわかっている。


 当たり前だが世界は劇的には変わらない。

 当然のように明けた年も、その次の年も、その次の年も変わらなかった。


 変わったのはさらにその次の年の事である……

そろそろ呪エルフとリンクしよう。

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