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17.あぁ、うっかり神の多き世界よ

「十六組の皆さんおはようございます。本日はよろしくお願いいたします」

「「「「はーい」」」」


 組長の朗らかな宣言に皆の返事が重なった。


 今日は休日。

 世界は回っているがハローワールドは休みである。


 近所の皆と一緒に立つベルティアの姿もスーツではなくジャージ。

 そして手にはスコップの鋼が輝く。

 そう。今日は町内どぶさらいの日なのだ。


 何でもかんでもレベルで解決な神の世界だが本当に何でもかんでも解決出来る訳ではない。

 食事は作らなければ食べられないし道具も作らなければ使えない。

 そしてどぶさらいをしなければ土砂でどぶが埋まってしまう。スコップですくい上げてトラックで捨てに行ってもらわなければ雨の日が大変なのだ。


 どぶさらいするベルティアは一人だけ。

 多重化できてもベルティア家にスコップが一つしかないからだ。

 近所の皆もスコップを多数持っている訳も無く一人だけだ。

 皆はまず自宅前のどぶに向かうとスコップをさくりと差し込んだ。


 どぶさらいは一年に一回。

 一年も経つとさすがにどぶに泥や草が溜まる。

 皆は談笑しながらどぶに入り泥を路肩に積み上げる。

 ベルティアもどぶさらいを始めると隣の家の者がにこやかに話しかけてきた。


「おはようございますベルティアさん」

「おはようございます。うちの者が毎日うるさくてすいません」

「やぁだぁ。イグドラちゃんがいた頃に比べれば静かなものよ。ところでイグドラちゃんはまだ世界に?」

「はい。ちょっと手こずってます」

「早くすくい上げられるといいわねぇ」


 イグドラは寝ているベルティアの目覚まし役であった。

 彼女の叫びは向こう三軒両隣に響き渡り、うちも目覚ましが要らないですねと多少の嫌味を込められ言われたものだ。

 イグドラが世界に堕ちて三億年。近所の者も多少の寂しさを感じているのはとても嬉しい事であった。


「それにしてもベルティアさんも大変ねぇ、入り浸ってるニート達にやらせれば良いのに」

「あー、以前ネズミに重症負わされてから出すのやめました」

「あんな見た目なのにもやしっ子ねぇ」「まあ転生者ですから」「とっとと働きに出しちゃいなさいよ。穀潰しなんて養ってても良い事無いわよ」「いやー、契約ですから」「律儀ねぇー、私だったらとっくに反故だわ」「これ以上の悪評は勘弁してください」「あはは……」


 ネズミだろうが神の世界の存在であり、転生者には脅威。

 神の世界の存在は転生者を無視するのだが邪魔者であれば排除する。

 どぶさらいを攻撃と判断したネズミにボディブローを受けたビルヌュは一週間死の淵をさまよい、ベルティアもさすがのアホらしさにこの手の行事に出すのをやめた。


 あの三人は竜とエルフが破格待遇である事を示す広告塔です。

 だからどぶさらいが出来なくてもいいのです……


 と、役に立たないもやしっ子めと思う心をベルティアはねじ伏せた。


 さっと自宅前のどぶさらいを終え、他の場所の手伝いに回る。

 自宅持ちにとって近所付き合いは超大事。ベルティアは仕事をするように淡々とどぶをさらい、やってきたトラックに泥とゴミを乗せ、組の皆と共にトラックを送り出した。


「お疲れ様でした。懇親会の用意をしておりますのでお手空きの方はどうぞ」


 恒例のどぶさらいを労う豚汁の炊き出しだ。

 皆は今年も疲れたねと談笑しながら公園に足を運ぶと意外な人物が皆を笑顔で出迎えた。


「皆様、お疲れ様でした」


 鍋をかき混ぜていたのはマリーナである。


 いえ意外でも何でもありません。当然ですよね……


 と、ベルティアは頭を抱える。

 ご飯ある所マリーナあり。ベルティア世界のエルフは食への執着半端無いのだ。

 慌てて駆け寄り鍋の中身を確認すると、まだ中身は減っていない。

 安堵のため息を漏らすベルティアの背後で、近所の面々がひそひそと会話する。


「あの人ベルティアさんの所の大食い転生者じゃないか?」

「あ、この前カレー屋の大食いチャレンジで圧倒的早食い記録を樹立した人だ」

「あれ食べたのあの人? どんだけだよ」

「なんか半年で商店街の早食いを全制覇して、今は隣町を荒らしているらしいぞ」

「……俺ら、食えるのか?」


 ひそひそと何とも不穏な会話である。

 ベルティアは皆に慌てて頭を下げた。


「すみませんすみません。早く食べないとマリーナさんが全部かっさらいますから急いでください」

「……ベルティアさん、ちゃんと食べさせてるの?」

「私の三倍は食べさせてます! うちの食費の半分以上はマリーナさんですよ!」


 自己弁護に叫ぶベルティアである。

 皆はベルティアの叫びにやや引きつつも頷きマリーナの前に並ぶ。

 マリーナはどんぶりにたっぷりと豚汁を注いでにこやかに皆をねぎらった。


 もっとケチケチすると思えば意外とまともである。

 ベルティアも多少安堵しながら列の最後に加わると、前に並んだ組長が何とも複雑な表情で呟いた。


「まぁ、いつも余るしね」

「……そうでしたね」


 この手の行事は出席の予想が難しい。

 いつも八割程度の家が参加するのでその程度の量で良いのだが、万が一全員出席して豚汁が足りないでは失礼だ。

 組長は余った豚汁の始末をマリーナにぶん投げたのであった。


「ベルティアさんちも大変だねぇ」


 マリーナから豚汁を貰い、皆が談笑している輪に加わるベルティアに男が疲れた笑顔で語りかけて来る。

 ベルティアの知る最も格の高い上位格神の従神であるエルト・ラム・アクナスである。ベルティアのご近所様であった。


「あの人すごく食べるからこれで食費も浮くでしょう」

「え? 大食いチャレンジなんて初耳でしたよ」

「えっ!」


 エルトは驚愕の目で余った鍋からよそって食べよそって食べを繰り返すマリーナを見る。

 どぶさらいで働いた皆を圧倒する食欲であった。


「うちのエルフは食への執着半端無いんですよ」

「あー……ベルティアさんの所のエルフも不遇だったね」

「エルトさんの所のエルフも不遇なんですか?」

「あー、まあ、ね……将来的にはエルフもオーガもヒトに統合される予定だし」


 エルトは自らが管理する世界の事を曖昧に誤魔化しつつ、何とも暗い顔で内情を語りだす。


「あのボンクラの若気の至りのせいで今ひどい事になってるんだよね」

「え? いやいや不可思議の格まで至った世界で若気の至りなんて」

「あるんだよ……」


 ボンクラとはエルトの管理する世界の主神、名前は知らないがベルティアが知る中で最も格の高い上位格神の事である。

 二十九桁のテンプレート種であるヒトを定義した神でもあり、レベルは六十八桁の八千八百六十不可思議。神の世界の最高レベルである無量大数まであと一歩の存在であった。

 しかしそんな上位格神をエルトがボンクラと呼ぶのには理由がある。


「いくら若気の至りでもアレはないわ。なんだよあのイカサマ世界法則……あれが発動する度にボンクラが無理難題をわめき散らすんだよ」

「そうなんですか?」

「この前なんて首絞められて『お前の業務の都合なんぞ知るか、やれ!』とドヤされたもんなぁ。カンスト目前の神がやる事じゃないよもう」


 ずずーっ……豚汁をすすりながらエルトが管を巻く。

 ベルティアは詳しく知らないが格が低い頃にチート法則を世界に入れていたらしい。格が低い頃は良かったが格が高くなるにつれて邪魔になり、今はどうにかしてそれを外そうとしているそうだ。

 しかし格が高くなってしまった世界の法則を今更どうにかするのは難しい。色々試しているが上手く行かずにイライラしているのだ。


「同僚のケルもボンクラに胸倉掴まれぶん殴られて妙な時間逆行して後始末にひーこら言ってたよ。ボンクラめ、若気の至り位自分でケリつけろや……」

「た、大変ですね……」

「まあ仕事だからね。仕方ないね……あぁ、豚汁おいしい」


 エルトは現実逃避気味に豚汁をすすり、穏やかな顔で食の世界に逃避した。

 世界をぶん投げるマキナとはまた違うトンデモ振りである。


 困ってるのはうちだけじゃないんだなぁ……


 と、ベルティアはしみじみ思うのであった。

 エルトラムアクナスは別の話に出てくる神様の名前ですね。

 まあ名前しか出て来る予定は無いですが。

 「そのエルフさんは世界樹に呪われています。」の前に書いていたのですが話がこんがらがって挫折しました。


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