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15.妬みも恨みも程々に

「俺はレシピ通りに生産していただけなのに」

「普通はレシピを知っているだけでは上手に作れないんですよ。何の経験も無しにノウハウを活用できている事がおかしいんです。はい被害届に確認承認。ところで今の格だと虫ですがうちのエルフはどうですか?」

「……お願いします」


 転生者転生斡旋所、ハローワールド。

 日課のチート被害者の被害届からのエルフ勧誘を済ませ、仕事にひと段落ついたベルティアはゆっくり大きく伸びをした。


 今日も相変わらずの日常である。

 ハローワールドで転生者を獲得し、仕事部屋で世界を運営し、ニート三人の要求に店を駆けずり回って酒とつまみと肉を買い、ご飯を作り、ご飯を食べ、適度にくつろぎ睡眠をとる。


 多重化できる神は全てが平行作業だ。

 全ての瞬間に神は働き、休み、全ての行いは片手間である。

 ご飯も多重化されたベルティアが自宅で食べ、ハローワールドで働くベルティアの腹を満たしている。


 しかし多重化できない転生者は違う。

 彼らにとって日中は転生先を求める時間であり、夜は寝る時間である。


 そして今は転生者の昼食の時間だ。

 ベルティアは閑散としたフロアを眺めて一休みしましょうかと端末を閉じた。


 休憩は他の仕事で頑張るベルティアの活力となる。

 フロアにいる他の神々が本を読んだり雑談したりする中、ベルティアはただ静かに座って瞳を閉じていた……

 が、そのベルティアに囁く者がいた。


「せ、先輩……」


 ベルティアは瞳を開いて声のした方を見る。

 フロアの柱の影にちらちらと見えるソバージュヘアーの女性がオドオドとベルティアを見つめていた。


「エリザですか」


 ベルティアが呟く。

 吊るしスーツのベルティアよりもやや艶やかな彼女は何かが怖いのだろう、やたらと首を振って周囲を確認している。

 しばらくその行動を繰り返した彼女は小動物のように素早くベルティアのカウンターに駆け寄ると何かから隠れるようにしゃがみ込んだ。


「マ、マキナ師匠はいませんよね? 最近ちょくちょく現れていると聞いているのですが今日は来ていませんよね?」

「師匠と呼ぶと来るかもしれませんよ?」「あわわマキナ先輩はいませんよね」「まあ、今日は来ていませんね」「よ、よかった……」「ですが先輩は神出鬼没ですからねぇ」「いじめないでくださいよぉーっ!」


 何とも情けない彼女の姿に、ベルティアは大きくため息をつく。


「神を煽って私を攻撃しなければ、怯える生活にはならなかったのですよ?」

「ううぅぅうう」


 ベルティアは冷ややかに告げる。

 世界主神、エリザ・アン・ブリュー。

 三億年前に神々を煽り、ベルティアの世界に大量同時侵攻を仕掛けた張本人……

 の、あわれな末路である。


 当時は忌々しげにベルティアを見下していた彼女であったが、今はカウンターの影でビクビクと震える小動物の如く。

 すさまじい態度のダウンサイジングである。


 何がいじめないでくださいよですか。

 いじめられたのはこっちです。


 ベルティアは何とも情けない姿になったいじめっ子に呆れずにはいられない。

 本当にやらなければ良かったのにと思うことしきりであった。


「マキナ先輩は今でも出会うと「ああっと手が滑った」とか言いながら世界投げてくるんですよ。もう毎日戦々恐々ですよ」

「自業自得です」

「そ、それはそうですけれど……申し訳ありません」


 エリザは頭を深く下げると転生者用の椅子に腰掛けた。

 しかしマキナが怖いのだろう、頭はカウンターをこするが如く低空飛行。

 何とも姿勢の悪い座り方であった。


「で、今日は何の用ですか?」

「はい。実はイグドラ様が……」


 様。

 イグドラ様である。


 神の座から世界に顕現したイグドラにこてんぱんにされてからエリザはずっとこんな調子だ。


 イグドラにやられただけならここまで卑屈にならなかっただろう。

 しかしその後のマキナの逆鱗で世界を投げられまくった上、煽られてベルティア世界に侵攻した神々の華麗な手のひら返し侵攻にたまらず心が砕かれた。


 出る杭は打たれる。

 それも理不尽に煽っていたエリザはイグドラの格落ちを境に自らが矢面に立つ羽目になったのだ。


 ベルティアに何かと食ってかかっていた頃の面影はまるで無い。

 派手に格落ちした今のエリザは、ベルティアの都合で世界を存続させてもらっているだけの世界主神とは名ばかりの丁稚神であった。


「イグドラがどうしたの?」

「はい、またイグドラ様の侵攻が激しさを増してきまして、今の対策が突破されそうなんです。なにとぞ御知恵を拝借致したく思います」

「あー、そういう事ね。データ見せて」

「よろしくお願いします」


 エリザは鞄から端末を取り出すと恭しくベルティアに差し出してくる。


 この子、本当に変わっちゃったなぁ…… 


 と、ベルティアは理不尽な当時に思いを馳せるのであった。

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