14.異世界召喚? あぁ、リストラ組ですか
「人類格に転生したいのだが」
「は、はい」
ウィルス格と細菌格と微生物格ばかりを相手にし続けたベルティアの前に、あきらかに人類格以上の格を持つ転生者が立っていた。
がっしりとした体格の若い男である。
見た目だけならルドワゥやビルヌュよりも筋骨隆々。
おそらく格も二人よりは上だろう。
「それでは、履歴書を拝見させていただきます」
ベルティアは提出された履歴書を受け取り確認する。
やはり格は二十桁。ニート二人よりも七桁多い。
レベルの下に続く最近の転生履歴は上位格神の名と世界が並ぶ。
転生種も二十九桁の格であるヒトをはじめ二十一桁の旧人類、二十桁の準旧人類、十七桁の強竜等々。中堅世界主神であるベルティアの世界で釣り合う種は存在しないほどの素晴らしい転生歴であった。
しかし一旦二十九桁のヒトまで上った格はそこからじりじりと下降に転じ、今は旧人類にも足りない二十桁。準人類格である。
十三桁の竜が頂点であるベルティア世界やハローワールドで転生者を求める面々にとっては超優良転生者だが何とも奇妙な履歴である。
チートジャンキー程の急激な下落も無いままここまで下降した履歴はベルティアも初めて見るものであった。
「それで、可能か?」
「はい。私の世界の人類格は九桁の人間と十桁のエルフの二種類となっております。エルフはただいま発展キャンペーン中でございまして五桁の格から転生が……」
「ではエルフで頼む」
「あの、私の世界のエルフに関しての話は御存知ですか?」
「知っている。それで良い」
ベルティアのセールストークを遮るように転生者の男は言い、ベルティアに早く手続きしてくれと言わんばかりに見下ろしている。
椅子に座る事すらしない。
「……わかりました」
ベルティアは転生者にそう答えて端末を操作した。
しかし行っているのは転生の手続きではない。
経験上この手の転生者は何かしら問題がある場合が多いのだ。
何より直近の履歴にある主神の名がヤバい。
世界主神マキナ・エクス・デウス。
ベルティアが先輩と呼ぶ上位格神。理不尽姫と呼ばれる神の世界の暴君である。
これはしっかりと調べないと先輩が何をするかわからないですね……
と、ベルティアはレベル百万を消費し男の全てを表示する。
やはり勘は正しかったらしい。
そこには履歴書には書かれていない特殊な事象が記述されていた。
「……異世界召喚を繰り返されているようですね」
「履歴を取得したのか……あぁ、そうだ。すぐに他の世界に呼ばれるんだ」
「大変ですね」
「だからこれまでの神ではなく別の神の世界で落ち着きたい。生を終えて神の世界に戻ってみれば恐ろしく格が落ちていたからな」
「そうですか」
「それなのにハローワールドに足を運べばどこも私に合う格が無いと門前払いだ。ここは査定が甘いと聞いてやってきた」
「よく御存知ですね」
ベルティアは男に淡々と応じながら心の中で嘆息する。
どうしてみんな厄介事を私に回すのでしょうか……
男はおそらく解っていない。
この異世界召喚と呼ばれる事象は神が執行しない限り起こらない。複数世界を持つ世界主神が所属世界を変更した時のみ起こる特殊事象なのだ。
世界にとって他の世界、異世界は世界を侵略する敵である。
これは同じ神の世界の間でも同じ。本来召喚も物品の移動も出来ないのだ。
この世界間移動はマキナのリストラの一環だ。
マキナの本命世界は豊かだが同時に厳しい世界でもある。彼女が不要と判断すればすぐに生贄世界に落とされるのだ。
そして生贄世界でじわじわとレベルを奪い取っていく。
異世界召喚もチートと同じ。
過ぎた力があれば使ってしまうのが転生者というものだ。
そして奪い尽くしたらさらに格下の生贄世界で召喚し、また奪う……
複数の世界を持つからこそ可能なえげつなさであった。
この分だとゲロ甘の噂を流したのもマキナだろう。
この男をおびき出すための餌にベルティアは使われたのだ。
先輩、私の世界を餌に使わないで下さいよ……
ベルティアはここにはいないマキナに愚痴る。
「エルフの事情を御存知のようですが説明させて頂きます。まずはお掛けになって下さい」
「いらん。早く転生させてくれ」
男は立ったままだ。
明らかに苛立っている。
そんな男を前に、ベルティアは静かに告げる。
「……転生世界に潜伏しても、マキナ先輩は諦めませんよ?」
「っ!」
息を呑む男にベルティアは言う。
「レベルが欲しい皆が貴方の転生を断っているのはマキナ先輩が世界を投げて来るのが解っているからです。理不尽姫ですから」
「この世界なら奴のお気に入りがいる!」
「そうですね。私の世界には投げて来ないでしょうね……ですが」
「もう遅いですわよ?」
男の背後から、静かな声か響いた。
慌てて振り返った男の先にいるのは着物を着た幼女。
上位格世界主神、マキナ・エクス・デウス。
「マキナ!」
男の叫びにマキナはウフフと微笑みながら、静かにゆっくり歩き出す。
「ここで網を張っていれば必ず現れると思っていました。さすが口コミ宣伝。同じ転生者の言葉の効果は抜群ですね。釣れた釣ーれた釣れましたー」
いわゆるステマである。
マキナとベルティアの関係にベルティアの最近の事情を絡めて転生者に広めた口コミというマキナの情報戦術に男はまんまとひっかかったのだ。
世界を投げられると他の神から断られる男はベルティアの世界に潜伏するしか手段が無い。
そしてゲロ甘だという評価に群がる転生者達に紛れてとっとと転生しようと目論んだのだろうが、ベルティアはそれを見逃すほど甘くは無い。
結局男は最後までマキナの掌の上で踊っていただけだったのだ。
「さぁ、私の世界に及ぼした被害を賠償して頂きます」
「お、俺が何をした!?」
「何もしませんでしたね」
「なら……」
マキナが男の言葉を遮り言い放つ。
「何もせずに世界の資産を食い潰した。これだけで十分な被害なのですよ?」
「おい! 早くエルフに転生しろ!」
「この状況で転生させる訳ないじゃないですか……」
もはや逃げ場はベルティアの世界しか無いが、ベルティアがする訳も無い。
レベルを食い潰した者を庇うほどベルティアも甘くは無いのだ。
うろたえる男の懐にマキナがすすっと入り込む。
「世界を耕すのは転生者の使命。それを怠る者に食わせるレベルは私の世界にはありません」
「貴様は悪魔か!」
「あら失礼な。悪魔は神の下僕ですのに」
ドカン!
幼女、腹パン一発。
それだけで屈強に見えた転生者の男は崩れ落ちた。
見た目が大人と幼女だろうが関係無い。
神からすれば吹けば弾けるもやしっ子。
直に対峙すれば転生者が神に勝てるはずがないのだ。
「大人しく削られていれば九桁の人類格くらいは残してあげたのに。はい、エルフ一丁あがり」
マキナは転生者の格を根こそぎふんだくった後、ベルティアのカウンターに絞りカスをゴロリと転がした。
「……またレベル一桁ですか?」
「五桁の格くらいホホイとくれてやりなさい「じゃあ先輩が」嫌ですよそんなの。さて、回収は終わりましたから私は帰りますね。イグドラちゃんによろしくーっ!」
マキナは叫びながら去っていく。
用がすめばハロワにいるのは時間の無駄だと言わんばかりの行動であった。
残されたレベル一桁の男を前にベルティアは少し考え、了承は得ましたねと自己弁護して男をエルフに転生させた。
まあエルフ転生を望んでいたのは事実である。
食で頭を殴られながら決して勝てない相手に抗う事の愚かさを反省するのも良いだろう。
こういう日は美味しい物でも食べて寝ましょう。
そう、ちょっといい肉でも買ってニートと騒ぎましょう。
ベルティアはささっと仕事道具を片付けてハローワールドを去っていく。
悩みも大抵寝れば解決なベルティアであった。
そして次の日。
「微生物格ですか? ありがとうございます!」
ベルティアのカウンターは空前絶後の盛況の中にあった。
原因はこれまた転生者間の噂である。
あそこでナメた真似をすると理不尽姫が黙っていないぞ。
逆に成果を示せば理不尽姫の世界にコネで入れてもらえるらしい。
エルフと竜には楽に転生できるらしい。
等々。
噂というのは何とも無責任なものである。
図々しかった転生者は急に真面目な態度に変わり、マキナへの口利きをアテにして長蛇の列を作るようになった。
理不尽姫と言われているが身内には結構甘い。
久しぶりの忙しさにマキナに心で礼をするベルティアである。
が、しかし……
「あのー、ここで成果を示せば理不尽姫の世界に入れてくれるって本当ですか?」
「あのマキナ先輩がそんな事するわけないじゃないですか……あ」
「「「……」」」
ベルティアが正直に答えてしまったため盛況は一週間程度で終わってしまった。
「アホですか貴方は!」
「すみません! せっかくのお心遣いをすみません!」
弟子、師匠の心遣いをムダにする。
ベルティアはマキナからまた駄目出しを食らうのであった。




