12.ゲリとゲロ、ふたりは仲良し
ベルティアの見つめる画面の中で、戦いが繰り広げられていた。
一方は二人の人間。双方とも男性。
そしてもう一方は十頭ほどの狼の群れ。
人間側は一人が牽制と防御を担い、もう一人の攻撃を助けている。
なかなかに息の合った連携である。
牽制役が隙のある動きで狼の関心を引き、うまい具合にもう一人が攻撃する隙を作り上げている。
俯瞰するベルティアの目の前で狙い目だと噛み付こうとした狼にもう一人の狙い澄ました剣がかすり、狼が悲鳴をあげて地に転がる。
狼は後ろ足を負傷したらしい。
足を引きずる機動力を欠いた狼はもはや攻撃役には適さない。
返り討ちに遭った狼は下がり、二人を吠え立てる包囲役に加わった。
狼の群れはひとつの生き物のように二人を囲み、牽制役の誘いを警戒しながら噛み付く隙を伺っている。
狼達は数では人間を圧倒し、二人を決して逃がさない。
しかし二人の持つ剣と鎧と連携に決定打となる一撃を与えられない状況だ。
人間は弱いが強い。
肉体的にはさほど強力ではないがそれを補う知識がある。
身を包んだ布と皮の鎧、鈍く輝く鋼の剣、時折投げる松明や両端に石を結んだ縄の武器。
それらの道具は鋭い牙と俊敏さを持つ狼には無い人の強さだ。
しかし……
残念ですが……これは二人が負けますね。
ベルティアは思う。
今は何とか防いでいるが、やがて二人は狼の糧となるだろう。
狼の攻撃を防ぐたびに二人の動きは鈍くなり、剣の重さが辛いのか切っ先が揺れながら下がっていく。
今、二人は戦えるような体調ではないのだ。
二人の立つ地に広がる模様がベルティアにそれを示している。
恐らく二人は何か悪い物でも食べたのだろう。吐瀉物と排泄物が地に点々と模様を描いていた。
攻撃役の男が突然体を強張らせ、激しく咳き込むと地面に吐瀉物をまき散らす。
ベルティアはマリーナが独り占めした雑炊を思い出し、その連想はタブーですねと首を振る。
隙ありと襲いかかる狼をもう一人の剣が牽制するが、大きく踏み込んだ途端男の腰がビクリと震え、腰砕けになった剣がヘロリと地面に刺さる。
踏み込んだ足と足の間から茶色い液体が滴り落ちていく。
もはや尻に力を入れる事も難しいのだろう、男は剣を杖のようにして何とか体勢を立て直していた。
ベルティアはマリーナが先ほど食べていたカレーうどんを思い出し、その連想もタブーですねと首を振る。
マリーナが知ったらお前には何も食わさんと怒鳴られるだろう。
ベルティア世界のエルフは食への執着半端無いのだ。
二人は互いを励ましながら、狼に食われまいと剣を構える。
彼らは別に吐きたい訳でも漏らしたい訳でもない。
自らの体の反応をどうする事も出来ないのだ。
強みがあろうが弱みを突かれれば己の力量を発揮できないまま死んでいく。
それがベルティアの世界の理である。
が、しかし……今は世界主神であるベルティアの見守る先だ。
ベルティアは二人と狼のレベルを確認する。
狼は皆、一般的な獣のレベル。
牽制役の男も普通。
しかし攻撃役の男のレベルは九億九千九百九十九万九千九百九十。
「……惜しいですね」
狼を何頭か仕留めれば確実に格が上がる。
一般的な人間の格である九桁から勇者と呼ばれるに相応しい格である十桁に突き抜けるのだ。
このままでは二人は狼の糧となる。
しかし誰かが手助けすれば話は別だ。
「遊び心とは、こういうものかもしれませんね」
ベルティアはしばし考え、二人に手を差し伸べる事に決めた。
勇者を獲得する大義名分で行われる遊び心だ。
支払うレベルをケチッたので二人の名前は分からない。
もうすぐ格が上がる主に嘔吐の人をゲロ、普通な主に下痢の人をゲリとする。
ひどいネーミングだとベルティアも思うが圧倒的インパクトだから仕方ない。
ベルティアは機材を素早くセッティングして、神の力を行使した。
神は巨大すぎて細かい事には手を出せない。
故に影響範囲はゲリとゲロを中心にした半径五十キロの全生物が対象となる。
これがベルティアが世界に行使できる力の精度の限界だった。
行使内容は下痢と嘔吐の抑制。
それも五分間だけの力の行使だ。
肩入れはするが盲目的な味方はしない。それが今のベルティアが許せる最大限の譲歩である。
あとは彼ら次第……力を行使しながらベルティアは画面に歓声を送る。
「よしいけゲロさん! そこだっ! ゲリさんナイスアシスト! よっしゃ格を突き抜けた! いきなり強くなりましたねさすが勇者格! それいけっ! よっしゃ完全勝利!」
おおーぱちぱちぱちぱち……
思わず拍手のベルティアである。
新たな勇者誕生の瞬間であった。
戦いは終わり、笑って口から尻から垂れ流す二人はとても美しく微笑ましい。
ゲリとゲロは仲良しだ。
仲良き事は美しきかな。見ていたベルティアも大満足である。
良い事をしました……
ベルティアは良い気分のまま焼肉用の肉を買いに行き、買ってきたちょっといい肉にマリーナがうっひょーと歓声を上げる。
幸せのお裾分けであった。
だがしかし、厄介事は次の日にやってきた。
「ひいきするなワン!」「おかげで死んだワン!」「賠償するワン!」
「すみません。本当にすみません」
次の日、狼の一団に抗議されたベルティアはひたすら頭を下げ、詫びとして皆の格を上げて人類格に転生できるようにした。
「人類格の都合に俺達細菌格を巻き込むな!」「微生物格の俺も巻き込まれたぞ!」「五分もあんな事されたら俺らの命にかかわるんだよ!」「つーか死んだよ!」「あの一帯死にまくりだよ!」「もっと稼げたのに!」
「「「賠償しろ!」」」
「すみませんっ! 本当にすみませんっ!」
さらに次の日には微生物格や細菌格の面々が大挙して現れて説教された。
ベルティアはひたすら頭を下げ続け、被害に遭った皆にレベルを賠償するのであった。
イグドラ『なんじゃ。カイでなくともベルティアの匂いがするではないか。適当じゃのー』




