11.はじまりは遊び心
「異空間アイテムボックスに色々入れて歩いていただけなのに」
「時間×容積×重量でガンガンレベルが引かれる奴ですねそれ」
「考えていた事が勝手に現実になるだけなのに」
「エロ思考決済で気が狂う助けてと言って担当神がネット放送で晒し者にしてましたね。一分間に三回ラッキースケベ決済がやってきた回は面白笑えました。販売しているそうですのでお買い求めになってみては?」
「異世界の物品を配達料銀貨一枚払って取り寄せていただけなのに」
「そんな価格で世界間移動が出来るなら金貨一枚払えば異世界に行けますね」
「相手の能力を奪った分レベルが上がるはずだ!」
「それはレベルを対価にした売買取引ですよ。レベル的には大赤字です」
「なんでだ!」「私に言われても困ります」「……」「……」
……
今日もベルティアはチート被害者の対応に忙しい。
実際は仕事でも何でもないのだがやって来て動かないので仕方がない。
たらい回しされ続けたチート被害者の憤怒と愚痴と自慢話を世知辛い神の都合でぶった切り、被害届の記述と提出を繰り返し、時にはエルフに転生させる。
相変わらずのチート被害者駆け込み寺を淡々とこなしながら、ベルティアはある事を考えていた。
「遊び心かぁ……」
貴方には遊び心が足りない。
先日マキナに言われた言葉である。
まあ、わからないでも無い。
ウィルス格から堅実に転生を繰り返してきたベルティアは黙々と格を上げ続け、普通の転生者よりもかなり早く神の格を手に入れた。
エルフに転生していったチートジャンキー共が紐無しバンジーをする為に効率良く転生を繰り返すように、ベルティアも効率の良い世界と転生種を狙い続けたのだ。
あんなのと一緒にされるのは、はなはだ心外ではあるが。
調べれば効率の良いルートというのは沢山あるもので、ベルティアはその中でも確実性の高いルートを選んで転生していた。
時にはあっちの種の方が格好良いなぁとか強いなぁとか思いもしたが、堅実な種を選択し続け神の地位を手に入れたのだ。
それは神になってからも変わらない。
マキナを師として世界の運営手法を身に付け独立したのも同期の皆よりかなり早く、先に独立した先輩神の大半よりも早く四十一桁の正の位の格を獲得した。
そして周囲から妬まれ、異界の同時集中攻撃を受けた……
マキナはその大きな理由が遊び心が足りないからと言っているのだろう。
何かしら理解できる所があれば意外と衝突しないものだ。
そして共感できる所があれば仲良くなる事もできる。
そのきっかけが遊び心らしい。
しかし遊び心と言われても……
ハローワールドからの帰り道、いつものように店で肉と酒とつまみを買いながらベルティアは首を傾げた。
確かにマキナは遊んでいる。
本命世界は大真面目だが生贄世界は遊びまくっている。
遊んでいなければジャンキー共の紐無しバンジーなど決して許しはしないだろう。
しかし世界で遊び心を発揮するのはどうなのかとベルティアは思ってしまうのだ。
確かに他の神々から侵略を受けるよりはマシだろう。
しかし転生者は自らの格を上げるために世界で必死に生きている。
そんな場所で遊ぶのはどうなのか、と。
「……今更ですね」
ベルティアは大きくため息をつき、呟く。
イグドラが世界に顕現し、ベルティアがエルフに優遇措置を与えている現状は派手に遊んでいるのと変わらない。
世界はイグドラの存在により大きく変わり、もはや三億年前の姿は見る影も無い。
他の種から見ればえこひいきの度が過ぎるというものだろう。
誰かが得をする感じで何かするのはアリでしょうか……?
ベルティアがそんな事を考えながら家に戻り、仕事部屋に仕事道具を置きに入るとマリーナが機材を前に麺をすすっていた。
「あぁミリーナ、カレーうどんも美味しいですよちゅるちゅる」
この人どこでも食べてますね……
カレーうどんを食べながら機材の映す画像を眺めるマリーナにベルティアは呆れ顔である。
麺が踊って飛び散るカレー汁が機材を黄色く彩っていく。
うわぁその機材高いんですよとベルティアは慌ててタオルを取り出した。
「マリーナさんっ汁が、汁がっ!」
「あらあらもったいない」
ずぞぞぞぞ……
マリーナが機材にかかった汁をふき、汁の飛ばない食べ方へとシフトする。
もったいない。
食への執着半端無いエルフらしい対応であった。
「もう、見るか食べるかどちらかにして下さいよ」
「可愛い曾孫にこの味届けと思いまして」
「届きません! 届きませんからやめましょう!」
世界がカレー臭の危機だとばかりに機材からマリーナを引き離す。
「あらあらミリーナが遠くなっちゃったわ」
マリーナはそう呟きながらカレーうどんは手放さない。
これぞベルティア世界のエルフであった。
「そんなに食べ物大好きなら他のエルフの方々のように人間の裕福な家に転生なさってはいかがですか?」
ベルティアが聞いてみる。
エルフに転生した転生者はもれなく食への執着半端無い状態で戻ってくる。
故に次の生は食に恵まれた環境を求め、エルフ転生の特典を行使しベルティア世界の裕福な家庭に転生する者も多かった。
「……いいえ」
しかしマリーナはちゅるりとうどんを食べた後、静かに首を横に振った。
「ミリーナが大人になって、夢から覚めるまではここで御世話になるつもりです」
「夢から覚める?」
「これは曾孫に叶わぬ夢を抱かせてしまった私の償いなのです。イモニガー」
イモニガーとか言われても。
さっぱり解らない事を言いながらマリーナはカレーうどんを完食し、夕飯は焼肉がいいですねと言い残して台所へと去って行く。
今の食卓のなんと贅沢な事よ……微々たるものだがレベルがご飯で減っていく現状に眩暈を感じるベルティアである。
しかし、そういうものが遊び心なのだろう。
王道ではなく寄り道、回り道、時には逆戻り。
そういうものが自らの幅を広げ、自分と自分に対する相手の選択肢を増やしていくのだ。
それを怠ったベルティアは大きく世界を損失し、未だに脱却の目処すら立たない。
寄り道どころではなく迷い道である。
遊んでいた方がまだマシな状態であった。
「……とりあえず片付けましょう」
考えるのは後回しだ。
ベルティアは換気扇を回し、マリーナが使用した機材を片付ける。
何かを操作をしてしまったのだろう、機材が映す位置が少しずつずれていく。
マリーナの住んでいたエルネの里から森に変わり、町に変わり、廃墟に変わり、何かが動く森に変わる。
「あ」
画面を見たベルティアは息を呑む。
そこには狼の群れと戦う二人の人間の姿があった。
やっと本編とリンクしてきた。




