コミケにサークル参加すると味わえること3
次の購入者は11時50分に現れた。その顔の長い優しい笑顔の男性は、受け取った無料配布本をブースの前で読み始めた。それまでにも、すぐに読み始めて読みながら去っていく人はいたが、足を止めて読む人は初めてだった。
「プッ」と、噴き出した。また数行読んで、
「あははっ!」と、声を出して笑った。
これは嬉しい!(掌編はどちらも軽いノリの楽しい話にした)。
「下らなくてすいません」と、声を掛けてみた。
「いやいや、素晴らしいと思います(笑顔)」
おお、本日2人目の天使登場。今度は顔が長い。
「こっちの本も下さい」
「はい!」
「あ、僕にも下さい」
一緒にいた男性も買ってくれた。
これで3冊。
なんだか足元がふわふわして夢見心地だった。午後が近づいて気温が上がって来たのか、汗も凄い量になってきた。
1.5リットルのポカリスエットを定期的に飲み、ウェットティッシュで腕と首もとを冷やす。カロリーメイトをかじる。
1人きりなので、席を空けるのが躊躇われる。朝寝坊して、コンビニでおにぎりを買えなかったのが痛い。トイレは、我慢できずに貴重品だけを持って行ったが、食べ物を探しまわる間、席を空けることはできないだろう。
なんとか最後まで頑張るぞ。と、気合いを入れ直した12時45分、コミケの大きな袋をたくさん抱えた男性がやって来て、
「二冊下さい!」と、言った。
「え? はい」と応じながら、「あの、どうしてこの本を買おうと思ったんですか?」
「カタログで見て気になっていたんです」
「カタログ……ですか」
その男性は本を受け取るとすぐ、どこかに去った。
カタログというのは、コミックマーケットカタログのことで、コミックマーケットに関するありとあらゆる情報が載っている辞書のようにブ厚い本だ。各サークルの自己紹介ページがあり、サークルカットと呼ばれる数センチ角の小さなスペースが割り当てられる。各サークルはイラストなどを駆使してアピールする。
なんて書いたっけ? なにせ、サークル参加申し込みの時に提出するものなので、タイトルすら決まってなかったはずだ。カタログを見てみた。
「そして小説だけが残った」
わくわく読み進められて、最後にジンと心に残る小説が大好
です。
自分でも小説を書いてみたくて、仕事の合間に執筆しています。
今日は普段の成果を本にして持ってきました。
この本を通じて、みなさまと交流できたら
どんなに楽しいかと思います。
よろしくお願いします~。
はい、そこ失笑しない! しょうがないの! 迷った挙句、素直に告白したの!
それにしても、なにこの友達へのメールみたいなサークルカット!? 字だけだし。55万人もいると、このサークルカットを見て来て下さる優しい(物好きな)方もいるのだね。ありがたいことです。
「お疲れ様です!」
頭がふやけ始めた12時50分、元気に声を掛けてくれたのは、昨日地元の百円ショップのコピー機前で出会った青年だった。
「うちの本は、お陰様で完売です。一部下さい!」
確か20部刷ると言っていたけど、完売とは凄いなあ。
「で、これ差し入れです。暑くて喉を通りにくいかもしれないですけど。じゃあ、頑張って下さい!」
それは、マヨコンウィンナーパン(マヨネーズ+コーン+ウィンナー+パン)だった。
青年は風のように現れて、風のように去り、宝物を置いていった。西部のガンマンのような奴だ。僕が酒場の娘なら、結婚を申し込んでいる。
この日、体調を崩すことなく1日を終えられたのは、彼のお陰だろう。あんまり小田急線のこと好きじゃなかったけど、これからは考えを改めるよ。
12時55分、年配の男性と女性が来た。無料配布本を渡すと足を止めてくれた。すぐに立ち上がって、昨日できたばかりの本で、体裁が悪くて申し訳ないと伝えた。すると、女性がにっこり笑った。手に取ってめくってみて、さらににっこり。1部買って下さった。
「こ~んにちわ!」
13時15分、創作仲間の漫画家カポーが現れた。オフ会で会う時よりも、お洒落しているな。
「どうですか?」
「5冊売れたよ!」
「わ~凄いですね! 私たちも下さい」
お金はいいというのに、無理やり寄越すので、もらってやった(嘘。おふたりとも、ありがとうございました。作品の対価としてお金を受け取ることが大切ですものね)。
2人としばし談笑した。これから歴史関連のエリアをまわるとのことだった。
創作仲間が去った直後、隣のサークルさんが声を掛けて下さり、同人誌を1部くれた。なんだ、やっぱり同人誌を交換して挨拶するんじゃないか! 慌ててこちらの本もお渡しする。
すごく立派な本だった。もう7年くらいコミケに参加しているとのこと。今までは2次創作だったけど、今回からオリジナルにしたとのこと。
本は原価1500円! それを300円で売っている。趣味でやっているのだから、それでいいのだとおっしゃる。ケチって、遅い5円コピーを使って、うんうん言っていた僕のなんと小さきことよ。
隣のサークルさんは、なにげなく僕の本を読み始めた。
14時25分。まだ読んでる~。しかも、結構進んでる。気が気ではない。途中何度かお話もしたが、終わると本にもどる。緊張で気がおかしくなりそうだ。
14時55分、隣のサークルさんが撤収準備。帰りの混雑を避けるために早めに帰るとのこと。言われてみれば、まわりのサークルさんも徐々に撤収している。
隣のサークルさんがブースをまわり込んで僕の正面に来た。
「1部下さい」
「え!?」
「さっき頂いたのは連れが持って行くので。妻に持って行きたいんです(奥様は絵描きさんで、あの綺麗な表紙絵は奥さん作とのこと)」
「あ、いや、もう1部差し上げますよ」
「いえいえ、もう頂きましたから。買わせて下さい」
お言葉に甘えた。
「まだ途中までしか読んでませんが、文章がお上手ですね。僕ら6人よりも、うまいです」
「ええ~!? いやいやそんなことないですゴニョゴニョ」
「では、僕らはこれで」
作り手がどんな言葉を求めているのか、よく分かってらっしゃるのだろう。大変なご謙遜をされて、僕を元気づけて下さった。本当にありがとうございました。後で拝読したが、僕に掛けて頂いた言葉が、どれほど大きな心から出たものか分かった。素晴らしい本だった。
多くのサークルさんが撤収し、通路を行く人も減ってきた15時40分。男性が足を止めてくれた。初心者本であることを伝えると、笑顔で購入して下さった。机の上に置いてあったポメラについて、すこし、お話をした。ご購入を検討されているとのこと。
16時。終了のアナウンスとともに拍手(フライングで拍手が起きるご愛嬌があった)。朝よりも大きな拍手の波。始まる時はサークル参加者だけだったけど、終わる時は一般参加者もいるからだろう。少し大げさだけど、高い天井が僕を祝福しているように感じた。
20部持って来た本は、残り7部になっていた。
d:感想を頂くこと
頒布物に作者への連絡先を記載すれば、読んだ方からリアクションを頂ける可能性がある。最近ではメールの他にツイッタ―もあることだし、かなり手軽に交流できるようになったのではないか。
でも自分を読み手の立場に置いてみると、感想を頂くというのは、なかなか難しいかもしれない。わざわざ感想を書くというのは面倒なものだ。もし頂けたら、それは作り手にとって最高の贈り物であることは間違いない。
家に帰ってツイッタ―を開くとメッセージが来ていた。
「コミケお疲れ様です! たぶんイカツイ髭の人です。早速拝読させて頂きました。余韻の残る良い作品でした! 次回作も期待しています!」
創作仲間に報告しようと、「髭の生えたイカツイ人が感動的な言葉を掛けてくれた」と、ツイッタ―でつぶやいていた。僕のツイッタ―を検索して下さった上に、失礼極まりないツイートを受けて、ご自身のことを「イカツイ髭の人」と表現されたのだろう。
PC画面の前で声を上げて泣いた。絶対に冬も参加し、成長した姿をイカツイ髭の人(連呼してすいません)に見せるのだと思った。