長い長い旅の始まり
レノンもティアもその場から動けず互いに沈黙が続いた。
小さな部屋に冷たく重苦しい空気が流れている。
どちらから声をかけることもできず、二人はただレノンの手にある天の書を眺めていた。
じっとりと重苦しい空気の中、レノンが表紙を優しく撫でながらティアに弱々しい声で呟いた。
「この本……父さんが書いたんだ。顔も声も分からないけど何故だろう……父さんだって分かるんだ。
文字を見ただけなのに心にスッと入ってきたんだ。ねぇティア。どうしてかな……?何故だか涙が止まらないんだ……」
涙をポロポロと零すレノンに、ティアはその細い人差し指でそっと涙を拭い手と手を重ねて優しい声で語りかける。
「レノンは一人じゃなかったのね。あなたにはお父様から託されたものがあって今それを成そうとしている。私のせいでこんなことに巻き込んでごめんなさい。あなたの平穏な人生を壊してごめんなさい。本当は私一人で背負っていかなければいけないこと。でも……私は弱いわ。一人では何もできないしこの本に書いてあることの一つも成し遂げられない。だから、私のわがままを聞いてくれる?」
レノンは真剣な眼差しのティアをじっと見つめている
「私と一緒に世界を救ってくれませんか?」
「うん。ボクはボクにできることをしたい」
二人が言葉を交わした瞬間、部屋全体が眩い光に包まれてレノンの目の前にいたはずのティアは似ているようで全く違う“別の何か”に変わっていた。
「んぅ……あぁ……私は“目覚めてしまった”のですね……。いつかはこうなってしまうかも、と思ってはいたのですが。あなたは……なんだか“レド”に似ていますね」
目の前の“ティアに似た何か”は和らいだ笑みを浮かべてレノンを見つめていた。
顔も格好もティアそのものなのに“何か”が違う。
その違和感に耐えられなくなったレノンは恐る恐る目の前に“何か”に尋ねた。
「君は……誰?ティアじゃ……ない……よね……?」
レノンがそう言うと目の前にいる少女は一瞬きょとんとしてからハッと何かに気付いたようで少し恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
「ご、ごめんなさい……!そうですよね。何も教えていませんでしたね。まずは何から話しましょうか?」
そう言うと少女はうーん、と少し考えこみ両手を胸の前でパンッと合わせて子供に物語を読む母親のように優しい声で己のこと、昔のこと、現状をレノンに聞かせる。
「私は【再生の権能】女神ティアドロップ・クライノート。序列第一位の神の落とし子です。私はレドという古代人によってこの天の書へと封印されたのです。ですがこの娘には私と“適合”してしまったようで……」
「ちょ、ちょっと待って! その“適合”って何なのさ! ボクにも分かるように説明してよ……」
「そうですよね……。もう今の人類は細かい事情を知らないんですものね。では説明します。“適合”とは私達落とし子の依代・器となることです。そしてこの娘は私の“適合者”になってしまいました。私達落とし子は自力で本来の姿に戻れるほど力が回復していません。ですのであの時は結晶体のまま私達は各所に封印されました。ですが“適合者”が現れ、封印が解かれると私達は力を振るうために“適合者”との“適合”を果たします。そして現在のように顕現することができるのです」
「そして神の心臓である私が目覚めてしまった言うことは、他の4体の落とし子も目覚めるということです。近いうちに結晶体の声に惹かれ“適合者達”が適合し落とし子達が目を覚ます事でしょう。あの時の悲劇を繰り返さないため私達を再封印……いえ、完全に消滅させなければなりません。ですので早いうちに行動を起こし、私の力を使い世界が終わってしまう前に落とし子達との決着をつけましょう」
その言葉の重さにレノンは怯えていたように見えた。
覚悟はしていたはずだったのに。
ティアと約束したはずだったのに。
うまく声が出せない。
「はい」という一言がうまく出せない。
悔しい。
怖い。
でも……救いたい。
世界を、ティアを。
そんなレノンを見てか、ティアドロップ・クライノートはレノンと手を重ねて温かい手でギュッと握った
「あなたにはお礼を言わなければなりません。あなたとこの娘が心を一つにした時、私はこの娘と完全な適合ができました。支配や乗っ取るのではなく完全なる適合。それまでこの娘の心は酷く乱れていました。それをあなたが正し、落ち着かせた。これでこの娘に私の声が聞こえると思います。そして私の能力も完璧に使えるはずです。今、入れ替わります」
そうティアドロップ・クライノートが言うと、また眩い光に包まれ目の前の少女がレノンを見つめていた。
理由は分からないが何故だかレノンには目の前にいるのがティアだという事がわかる。
ティアを見ているとさっきまでの感覚が嘘のように消えていた。
レノンは握られている手を強く握り返し決心した。
今なら言える。
ティアに、ティアドロップ・クライノートにレノンはこう告げた。
「行こう。世界を、ティアを救うために」
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その日は眩しすぎるくらいに太陽が輝いていた。
鳥たちのさえずりが一つの音楽のように聞こえた。
風で揺れる草木の匂いが鼻をくすぐる。
「よし!準備完了!今日は天気も良いし絶好の旅日和だね!」
「ふふっ……旅日和って何よ。でも、こんなに心地のいい風は久しぶりかも!」
「ねぇティア。これから長い旅が始まるね。長くてきっとツライことがたくさんの旅。でもボク、ワクワクしてるんだ! 世界にはどんな人がいるんだろう。どんな生き物がいるんだろう。どんな国があるんだろう。何も知らないボクに世界はどんなことを教えてくれるんだろう。そしてティアと一緒だから、ワクワクする」
「そうねぇ。これから私にも知らない事が起こるんだと思うと私は怖いわね……。でもレノンと一緒だと思うとあんまり怖くないかも」
「そっか!じゃあ……行こうか!世界を救いに!」
少年と少女は背中や手に大きな荷物を持って平坦で真っ直ぐな田舎道を風に押されながら進んでいった
投稿が遅くなって申し訳ございません!(土下座)
またまた拙い文章でごめんなさい。
ここまで読んでくれる人がいるかはわかりませんが、もしいるのならありがたい限りです。
出来るだけ早く次話投稿したいと思います!ではまた。