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90.ヘッドスパ

 王女殿下は不機嫌に部屋を去り、俺と宰相が取り残された。

気まずさがコーヒーを不味くするがカップに口をつける以外にできることが思い浮かばない。

「ショウナイ殿」

宰相が沈黙を破ってくれたことにほっとしてしまう。

今なら大抵のお願いなら聞いてしまいそうな気分だ。

「単刀直入に伺おう。貴殿の力で王女殿下をお美しくすることは可能か?」

本当の狙いはやっぱりそこか。

「正直に申し上げれば可能です。具体的にご説明しましょう。髪のボリュームアップおよび髪質の向上、肌のツヤを良くし、余分な脂肪をとること。フェイスラインやボディーラインの自由な調整までが私の能力です」

さすがの宰相も驚いたようだ。

「凄まじいな。ということは、どんな醜女しこめも美女に変えられるということか」

「その通りです」

安売りはしないけどね。

「ただし問題もあります」

特にボディーをいじる時の話だ。

「身体のプロポーションを変えるには、どうしても直接肌を手で触る必要があります。つまり、施術の際はその部分を私に晒し、かつ触らせなければなりません」

当然、全体が露出しないように施術部分だけを出すように気を使う。

胸や臀部に触ることも避けるつもりだ。

だけど少なくとも肩や腰に全く触れずに施術することはできない。

王族の女性、しかも男を知らないであろう王女殿下にそのようなことが耐えられるだろうか? 

やめておいた方がいいと思うよ。

「説得は私からする。他に問題は?」

この人はあっさり言ってのけるんだな。

国の為とはいえ王女殿下が哀れだ。

「本人の了解がなければ施術の効果はでないとご留意ください」

もちろん嘘だが王女の許可なく身体に触れるのは嫌だった。

この宰相なら王女に薬を盛ってその間に施術させるなんてこともやりかねない気がする。

「あとは料金の問題です」

「いくらだ?」

単刀直入に宰相が聞いてくる。

ここが勝負どころだ。

俺のボディーメイクは依頼主の要望に100%応えることができる。

しかも副作用が全くなく、身体の内側から健康にしてしまう唯一無二の技だ。

けっして安くはできない。

「頭の上からつま先まで全てに施術をほどこすなら……3億マルケスです」

「勇気六倍」フル稼働! 

俺は言ってやったぜ! 

こいつだけは安売りする気はないのだ。

だけど、さすがは切れ者宰相の噂も高いナルンベルク伯爵だ。

身じろぎもしないでポーカーフェイスを保っていやがる。

「……高額だな」

「はい。それだけの価値はあると自負しております」

怖いよぉ! 

俺、捕まってエステの強制とかさせられないよね? 

しばしの沈黙の後、宰相が意を決したように口を開く。 

「承知した。私の裁量に任された予算内から何とかしてみよう。ただし、支払いはショウナイ殿の技がこちらの要望をきちんと満たしてくれた時だ」

勝ったよ……。

俺、賭けに勝ったんだよ……。

残った問題は王女殿下のお気持ちだよな。

「畏まりました。一つ提案ですが、王女様には全身の施術をされる前に頭髪ケアの施術を受けていただいたらいかがでしょう。これなら御髪おぐしを触るだけで済みますし、効果の程も実感していただけると存じます」

「それがよさそうだな。そのように伝えてみよう」

宰相も部屋から去り、俺一人が居間に残された。



 俺はすることもないまま居間のソファーで王女の返事を待っていた。

この部屋に取り残されてそろそろ50分になろうとしている。

今夜はこれで引き上げることになるかもしれないな。

3億マルケスを稼ぎ損ねたのは残念だったがいずれチャンスはやってくるだろう。

そんな風に諦めかけていたところに宰相の使いがやってきた。

どうやら王女が説得を受け入れ頭髪のケアだけはさせてくれるらしい。

たぶん髪の毛はあの人のコンプレックスになっていると思うので、薄毛が改善されれば喜んでくれると思う。

気合を入れて施術してみるか!


 王女にヘッドスパを施すべく早速準備に取り掛かる。

最初はシャンプーをしなくてはならないので浴室に移動してお湯をたくさん用意してもらった。

王女殿下には多少濡れても大丈夫な服装に着替えていただいた。

「ここから先は侍女の方々と私で施術いたします。宰相様はご退出くださいませ」

浴室にまでついてきた宰相を追い払う。

王女だって髪の毛を洗う姿なんか見られたくないだろう。


 用意してもらった台にスリーピングマットを敷いて空気を入れた。

これは本来シュラフ(寝袋)の中に入れて使う山道具だが今日は直接台に敷く。

枕もついた一体型なので横になるのは楽だ。

ビニール製なので濡れてもまったく問題ない。

「それではこちらで横になってください」

王女は一言も発せず恐々とマットに身を横たえた。

「最初は髪と頭皮を綺麗に洗っていきます」

軽く段取りを説明してから施術にかかった。

侍女たちに手伝ってもらい長い黒髪にゆっくりとお湯をかける。

最初はお湯だけで洗髪する。

それからシャンプーを手の中で泡立てた。

途端にアップルベースにレモンやカシス、ミントを加えたフルーティムスクな香りが浴室を満たしていく。

ちょっと信じられないんだけど、このシャンプーとトリートメントって日本で買っても2万円もするんだよね。

「いい香り……。凄く美味しそうな匂い……」

王女様らしい感想に微かに笑ってしまいそうになる。

洗髪の段階で神の指先ゴッドフィンガーをレベル1で発動しているので王女様はすっかりリラックスモードだ。

「痛くはありませんか?」

「いいえ、すごく安心した気持ちでいられます。そのまま続けて……」

楽しんでもらえているようだ。

シャンプーをすっかり洗い流したら、次はアボカド、高麗人参、アロエなどのエキスが入ったクリームを頭皮と髪に塗りこんでいく。

この段階でスキルレベル4で頭皮の状態を改善し、ハリとコシのある髪の毛に作り替えていく。

更に魔力を込めれば新たな毛根と髪が力強く王女の頭に息づいていった。

うなれ、俺の神の指先ゴッドフィンガー


「はあっ……、こんなにリラックスした気持ちになったのは久しぶりですわ。もっと痛くて怖いものなのかと思っていました」

「王女殿下にそのような無礼なことは致しませんよ。クリームの成分が髪の毛に浸透している間に爪のケアをしてもよろしいでしょうか?」

黄金の指ゴールドフィンガーの時にはなかった回復の能力を神の指先ゴッドフィンガーは備えている。

これを使えばネイルケアだって道具なしで行うことができた。

「ええ。構いませんわ。ショウナイ、貴方にすべてを委ねましょう……」

うっとりと眼を閉じる王女の指先に魔力を込めた自分の指先を当てる。

小さな爪をこするたびに透明マニキュアをつけたような美しい指先が出来上がった。

左手の施術を終えて今度は右手の爪にかかる。

「すてき。私の爪がキラキラ光っている」

「本当にお羨ましいですわアンネリーゼ様。まるで薄桃色の真珠のようです!」

どんどんと美しくなる王女様に侍女たちのテンションも上がりまくりだ。

「それではクリームを洗い流していきましょう」

丁寧にクリームを落としてからバスタオルを何枚も出して優しく王女の髪に押し当てて水分を吸わせた。

ここで俺は秘密の道具を取り出す。

前回の帰還時に購入した充電式のコードレスドライヤーだ。

「これは暖かい風で髪の毛を乾かす道具です。大きな音がしますが驚かないようにしてください」

ブローしながら髪の毛をとかしていけば、さらさらだけどハリのある美しい髪が真っすぐに流れていく。

毛量も増えて風になびく髪はゴージャスなうねりを見せた。


「今、殿下はザクセンス一美しい髪を手に入れられましたよ」

ドライヤーを止めて三歩後ろに下がる。

殿下は手で自分の髪の毛をそっと握りその仕上がり具合を見つめていた。

「どなたか、殿下に鏡を」

茫然としている侍女たちに声をかけると、糸の切れた操り人形たちは生命を得た。

「ああ、アンネリーゼ様、素晴らしいですわ! ごらんください」

鏡の中の自分が別人に見えているのかもしれない。

王女は鏡の機能そのものを疑うように鏡面を指でなぞる。

「ご満足していただけましたか? 美の女神アフロディアより賜りし技の一部でございます」

勿体もったいをつけて頭を下げた。

「ショウナイ殿、ありがとう。……幼い時よりずっとあった心のつかえが取れたような気がします。この髪はいつだって陰口の対象でした。自分の髪なのに好きになれたことは一度もありませんでした」

男の俺には想像もつかないくらい辛いことだったのだろう。

だって今の王女は涙をこぼしながらも今日一番の笑顔を見せている。

「ショウナイ殿、そなたにこの身を委ねよう。私に術を施してください」

突然の申し出に俺の方が尻込みしてしまう。

本当にいいのかな? 

肩とか腰を触っちゃうよ?

「殿下、ナルンベルク様よりご説明は受けられていますか? 畏れ多いことでございますが施術の際は殿下のお肌に触れなければなりません」

「聞いております。構いませんので存分にやりなさい。私はショウナイが気に入りました」

俺よりよっぽど度胸がある。

これが女の強さなのか? 

二十歳に満たない女性が覚悟を決めたのだ。

ならば俺も誠心誠意協力しなくてはなるまい。

心身ともに健康な美を追求してやるぜ!



帰宅したらもう一本投稿予定です。

21時過ぎになると思います。

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― 新着の感想 ―
[良い点] この場面は漫画も良かったが、小説のほうが感動というか、王女の気持ちに寄り添ってしまってホロッとしますね。
[良い点] 面白かった。
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