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56.隠れ家を借りる

 水の下月しもつき(2月)1日からはいよいよ正式に軍務が始まる。

今晩は日本へ送還されるし、色々忙しくなるので昼のうちに不動産屋へ行こうということになっている。

店舗はまだ先の話になるが、個人的な隠れ家を用意しておきたかったのだ。

でも、今日に限ってなかなかクララ様がなかなか起きてこない。

やっぱり昨日のことを気にしているのかな。

そろそろ呼びに行こうかと思っていたら姿をお見せになった。

「おはようございます」

「お、おは……ょぅ」

クララ様、声が小さくて聞き取れません。

赤くなって俯いちゃうし、こんな状態だったら二人の間に何かあったのかと勘繰られてしまうではないですか。

じっさいエマさんは疑わしそうに見ているし、フィーネもワクテカな顔で俺たちを見比べている。

吉岡君そのニヤニヤ笑いを引っ込めてくれないかな。

ホントに何にもなかったんだよ。

だって、疲れているクララ様にマッサージをしただけだもん……。

特にレベル2まではちょっとだけ色っぽい吐息とかを漏らしてたけど普通のマッサージだったんだ。

ただ、レベル3になった途端にそれまでの緊張が一気にほぐれてしまって……とんでもなく真面目な愛の告白を受けてしまったけど……。

しかも俺が返事をする前にクララ様はマッサージが気持ちよかったせいか、これまで胸の内に溜めていたものを出し切ってスッキリしたのか眠ってしまったんだよ! 

おかげで二人とも宙ぶらりんの気持ちのまま非常に気まずい思いをしている。

時間を見つけてクララ様とはきちんと話さないとダメだけど、とにかく今日は部屋探しだ。


 主従四人で出かけた俺たちは先ず城壁外の下町にアパートを二つ借りた。

俺と吉岡で一つずつだ。

ここは秘密の住居として資産の一部や日本から持ち込んだ私物を隠しておくプライベートな場所にする予定だ。

兵舎に住んでいる俺たちには守られるべきプライバシーなど存在しない。

荷物は空間収納にぎっちり詰め込まれているが、入りきらない分はクララ様の部屋に置かせてもらうしかないのが現状だ。

クララ様は気にすることはないと言ってくれるが不自由な思いをさせていると思うから一刻も早く荷物を引き取りたかった。

それに現代日本で暮らしてきたおれたちにとって、一人でいられる部屋がないのは息が詰まって仕方がないのだ。

間取りは2Lに小さな食品庫がついていて結構広い。

ただしキッチンは各部屋にはついておらず、共同の炊事場を使うシステムになっている。

城壁外と言っても繁華街に近く、富裕層向けの物件のようだ。

家賃は月々30000マルケスでこの世界では高めになる。

玄関にはドアマンがいるし、各部屋の窓にはなんとガラスが嵌っているのだ。

貴族の次男とか大商会の番頭辺りが借りるグレードの部屋らしい。

「すごい……。一人暮らしなんて憧れるなぁ」

フィーネが羨ましそうにため息をつく。

ザクセンス王国では一人暮らしなど余程の金持ちでないとできない。

ドレイスデンに住む人間の大半はルームシェアをしているのだ。

しかも6畳くらいの部屋に3人とか4人で住むなんて当たり前のことだった。

生まれた時から親や兄弟と一緒の部屋で育ったフィーネにとってプライベート空間は夢のまた夢の憧れなのだ。



 広々とした部屋を見ていると思わずため息が出てしまった。

だってフィーネのこれまでの生活とはまるで縁のなかった空間がここにはあるんだもん。

王都のこんな豪華な部屋に入れるなんて夢にも思っていなかった。

しかも自分の知り合いがここを借りるというのだから驚きだ。

ここ一カ月の人生の変化はあまりに劇的で、とても現実のものとは思えない。

本当に時空神様のお導きとしか言えないと思う。

それにしてもコウタさんとアキトさんはどうして別々の部屋を借りるのだろう。

そんなことをしないでも部屋は3つもあるのだから一緒に住めばいいのにと思ってしまう。

プライバシー? 

何を言っているのかよくわからない。

でも少しだけ察していることがある。

きっとコウタさんはここをクララ様と過ごす密会の部屋にしようとしているのではないだろうか。

貴族の若様や奥様が愛人との秘密の愛の巣としてこうした部屋を借りることがあると聞いたことがある。それならアキトさんが別に部屋を借りる説明はつく。

あの二人はどう見ても愛し合っているもんね。

特に今朝のクララ様の様子はおかしかった。

はっ! ひょっとして昨晩あの二人は……。

どうしよう、私までドキドキしてきちゃったよ。


 お二人の部屋が決まると次は買い出しに行くことになった。

ここに住む予定はないそうなのだが、いつ来てもいいように最低限の衣食住を揃えておきたいらしい。

最初に向かったのは薪を扱う店だった。

クララ様も今日は徒歩なのでコウタさんと並んで歩いている。

「なかなかいい部屋であったな。あのようなセカンドハウスがあれば暮らしやすそうだ」

「カーテンなどのインテリアはクララ様が選んでくださいませんか? 私はそういうことが苦手で」

「わ、私だって得意というわけでは……」

うわー、恋人同士の会話だよこれは。

どこからか「もげろ」って声が聞こえてきそう。

クララ様も顔を赤くしながら嬉しそうだし、本当にあの二人は急接近だな。

薪の配達を頼んだ後は家具屋などにも寄ったが、行く先々で新婚に間違われた二人は幸せそうに否定していた。

でもどうするんだろう……。

クララ様とコウタさんは身分が違う。

お二人が結婚するなんてことがあるのだろうか? 

愛のない結婚をした貴族がそれぞれ愛人を持つというのはよく聞く話だけど、どうせ結ばれるのならそういうのじゃなくて……。

とにかくお二人には幸せになってほしい。

でも、きっと大丈夫だと思う。

だってコウタさんは時空神様の御使いだもんね。




 狭間の小部屋から日本へ戻ると俺は自分のアパートにいて吉岡はいなかった。

それぞれ召喚された場所へ戻るようだ。

電話で確認するとやっぱり吉岡は自分の部屋にいた。

明日はなるべく早く仕事を終わらせて新しい商品を仕入れに行かなくてはならない。

今までは高級食器を仕入れていたが、今度俺たちが目につけたのは時計だ。

ザクセンスでは領主の間で時計台を作るのが流行している。

貴族たちは懐中時計を目の飛び出るような高値で購入しているが腕時計というものはまだない。

そこで俺たちは手巻き式機械時計を販売することにしたのだ。

これなら場所も取らないから運ぶのも楽だ。

クラシカルなデザインで宝石などで装飾された時計ならザクセンスの貴族たちにも受けると思う。

1点20万~100万円くらいのものをいくつか購入して様子を見ようと思った。


 翌日、出社した俺は直属の上司に当たる課長にアポイントメントをとり、昼休みに会社を辞めたいことを話した。

予想通り課長は離婚が原因で実家に戻ると勘違いしてくれた。

社交辞令的に引き留められはしたが俺の心情を曲解してくれて、「君も辛かったんだな」といって涙ぐんでくれた時はちょっぴり心が痛んだ。

だましてごめんなさい。

うまい具合に日本はまだ12月だったので年末に向けて調整しながら退職日を決めるということで話がついた。

というわけで俺は清々した気分だ。

でもね、午後に課長の机から大きな声が響いた時はびっくりしたよ。

「ええ!? 君もなの!?」

課長の前には頭を下げている吉岡の姿が。

本当にごめんなさい。



 向こうの世界でも一日は24時間で、こちらの時計は実用品として使うことが可能だ。

だけど時計を選ぶ段になって俺たちは一つの問題点に気が付いた。

それは数字だ。

時計の文字盤の数字はアラビア数字かローマ数字で表記されている。

そう、ザクセンスの文字とは少し違うのだ。

ロレックスなんかは数字を使わないデザインが多いが、フランクミュラーはアラビア数字に特徴があるデザインだし、カルティエなんかはローマ数字のデザインが多かったりする。

俺としてはパテックフィリップの懐中時計が素敵だったけど売れなかった時がちょっと怖い。

仕入れるのにお値段が……。

「数字の無いデザインのものを選びますか?」

「向こうでアラビア数字やローマ数字を流行らせるという手もあるぞ」

特にローマ数字は直感的に理解しやすい表記法だと思う。

「とりあえず今回は1000万円分くらい購入します?」

「そうだな。雰囲気の違うタイプのものを男女用各5本くらいいっとこうか」

なんか金銭感覚がおかしくなっているが仕方あるまい。

それよりも高額商品を現金で買う方が緊張した。

店員さんもちょっとびっくりしてたし……。

犯罪とかじゃないんですよ。

心の中で何回も言い訳をしながら支払いをした。


次回から王都警備隊員としての生活が始まります。

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