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20.ナイフが繋ぐもの

 吉岡の回復魔法のお陰で脚の痛みがすっとひいていく。

ホーネ村を皮切りに今日だけで三か所もの村をまわった。

行程は50キロにも及んでいる。

魔法の力とフィーネが知っている近道がなかったらとても回り切れなかっただろう。

だけど、これで近隣の集落に警戒を促すことはできた。

だが俺たちにはまだ最後の大仕事が残っている。

最初のゾンビがどこからやってきたかの調査だ。

ドルトランフルを襲ったゾンビは突然現れているが、今のところ他所に被害は出ていない。

「おそらく新しいダンジョンが出現したな」

クララ様の言葉にフィーネがごくりと唾を飲み込んだ。

ダンジョンの出現というのは20年に一度くらいはあるそうだ。

モンスターがひしめくダンジョンは恐怖の対象ではあるが、魔石や宝物などの富をももたらしてくれるという一面も持っている。

クララ様の治めるエッバベルクにもラガス迷宮という小さなダンジョンがあり、それなりの収入がそこから上がっているそうだ。

リアのように迷宮で魔石をとることを収入源としているものも少なくない。

だがダンジョンはきちんと管理しなければ、モンスターを次から次へと放出してしまうことになる。

「明日はメルセデス殿と合流してダンジョンを封鎖する作業になるだろう」

とりあえずは入口に門や扉を築いて、モンスターが外へ出てこられなくするわけだ。

結構大変そうだな。

こんなことになるならチェーンソーを買ってくるべきだったかもしれない。

だけどここのところ出費続きだ。

趣味にお金をかけているようなものなので後悔はないんだけど、ちょっと使いすぎだよな。

早いところ都会で商売をしたいものだ。


 今日はプロックという小さな村で宿泊となった。

クララ様は村長の家に宿泊するが、俺たち従者は村の物置を借りることになった。

今晩は吉岡とフィーネの三人でこの物置で夜を明かすことになる。

 道案内に雇ったフィーネは本当に役に立つ猟師だった。

近道や水場、山の斜面の緩急などすべて頭に入っているようで、迷うことなく俺たちを導いてくれた。

でもこの娘は緊張しているのか必要なこと以外はほとんど喋らない。

困っちゃうんだよね。

12歳も年の差があるし、ジェネレーションギャップに加えて異世界ギャップもあるから何を喋っていいのかもわかんないや。

「ジャガイモ洗ってきました」

「はいよ、じゃあ皮をむいてくれ」

「はい」

会話が盛り上がらないなぁ。

そういえばゾットに聞いたがこの世界で見知らぬ者同士が出会うとナイフ自慢をしあうことが多いらしい。

見ればフィーネのナイフの柄は鹿角でできたお洒落な奴だ。

「フィーネのナイフ、カッコいいよな」

おっ、今フィーネの目が光った気がする。

「これ、私が初めて獲った牡鹿の角なんです」

「へぇ、なかなかの大物だったんじゃない?」

「わかります!? そうなんですよ!」

な、なんか食いついてきたよ。

「あれは本当に不猟の日で、父さんと二人でかなり山の奥のほうまで行ったんですけど獲物が全然見つからなくて、でもでも私はその日はじめて猟で弓矢を持たせてもらったから絶対に獲物を獲るまでは帰りたくなかったんですよ。だから千本岩までは行こうって父さんを何とか説得して、あっ、千本岩っていうのは清水が湧き出ている場所の近くなんですけど、夕方鹿の群れがよく水場として使うんですよ。だからそこまでいけば必ず獲物に遭えるっていう確信があって――」

無口だと思ったちびっこ少女は単なる狩猟マニアだった。

いったん話し始めると、実は饒舌な娘だったようだ。

今までは緊張していたんだろう。

こんなおじさんと一緒に一晩過ごさなければならないんだもんな。

可哀想なのはフィーネの方か。

「――というわけでこのナイフはその時の記念にお父さんが柄に加工してくれたんです」

かなり長い説明が終わった。

とにかくフィーネにとって大事なナイフということだ。

「見せてもらってもいいかな?」

「どうぞ、どうぞ!」

フィーネは刃を掴んで柄を俺に渡してくれた。

その動きに淀みはない。

刃物の扱いに慣れていることがよくわかった。

 全長は20センチほど、刃渡りは7センチくらいかな。

厚みのある頑丈そうなブレードをしている。

ナイフをよく観察してみると柄はお洒落なんだが、ナイフ自体はあまり切れそうな感じではなかった。

製鉄技術もあるが、手入れの問題もあるようだ。

錆などはまったく浮いてないから丁寧に使ってるようだけどなぁ?

「普段はどうやって手入れしてるの?」

「もちろん石と皮ですよ」

そういってフィーネは小さな石ころを渡してくれる。

随分目の粗い砥石だ。

ひょっとするとこの地域では粒子の細かい砥石は産出されないのかもしれないな。

だから刃がうまく研げていないのだろう。

俺は自分のナイフをフィーネに手渡した。

「どう?」

「すごい……ものすごく切れそうです」

ネットで買った2800円のナイフだけどね。

「これできちんと研ぐと、よく切れるようになるぞ」

空間収納から中研ぎと仕上げ研ぎが表裏セットになった砥石を出してやる。

自分用のもっといいヤツもあるのだが、フィーネにあげるつもりでこれを出した。

すでに水につけた状態で空間収納に入れておいたのでいつでも使える状態だ。

「まずはこんな風に粗い方から研いでいくんだ」

砥石の使い方を教えてやると、真剣なまなざしで見つめていた。

5分くらいかけてだいたい研ぎ終える。

本当はもっと長時間やればさらに切れるようになるのだが、あんまりのんびりしていると夕食の準備が遅れてしまうのだ。

「こんなもんかな。これでジャガイモの皮むきをしてみて」

フィーネの顔がワクワク感で輝いている。

「すごい!!! 全然違います! 嘘みたい! うわー切れるよぉ!」

大喜びだ。

ナイフのお陰でフィーネとの距離もだいぶ縮まったな。

地球のある地方では刃物は縁切りを連想させるので贈り物には使わないなんて風習もあるらしい。

だけど、こんな風に一本のナイフが仲をとりもつこともあるんだね。

「早くこのナイフで獲物の解体をしたいなぁ。皮もすんなり外せそう……」

やっぱり異世界ギャップはあるよね……。

ナイフを握ってうっとりしながらこんなことをいう女子高生は日本には少ないと思う。

夕飯の下準備をしながらフィーネにこの世界の動物やモンスター、狩りのことなどをたくさん教えてもらうことができた。



 日が昇る少し前に目が覚めた。

今朝もすっきりと目覚めている。

コウタが手桶に水を持ってきてくれる前に着替えてしまおう。

さすがに寝間着姿ねまきすがたをコウタに見せるわけにはいかない。

こういう時は女の従者が欲しくなる。

昨日、道案内に雇ったフィーネは機転の利くよい娘だった。

性格もよいようだしこのまま従者として仕えてくれれば王都でも助かりそうだ。

そんなことを考えていたら今朝はフィーネが水桶を持ってきてくれた。

きっとコウタが気を使ったのだろう。

コウタたちとて女主おんなあるじの寝室に入るのは息苦しいのかもしれない。

「おはようございます。お顔を洗う水をお持ちしました」

「おはよう。そちらにおいてくれ」

手と顔を清めてタオルを受け取る。

このタオルというのも素晴らしいものだ。

私が使っていた手ぬぐいに比べて遥かに吸水力に勝る。

手触りもふんわりとしていて素晴らしい。

お針子がどれほどの時間をかければこれほどの布ができるのだろうか。

これも個人用・贈答用の品として是非購入したい。

コウタに聞いたら下は100マルケスから高いものでも3000マルケスくらいで買えるそうだ。

更に大きなバスタオルというものもあると聞いた。

私の身分では滅多に湯浴みなどできないが、髪を洗うことはよくある。

その際に使えば早く水を吸収してくれるそうだ。

 顔を拭き終えてフィーネを見ると緊張で硬直していた。

私は打ち解けやすい人間ではないかもしれないが、そこまで硬くなることもあるまいに。

すこし雑談でもしてみるか。

「どうだ、コウタたちとはうまくやっているか?」

「は、はい。コウタさんもアキトさんも優しくしてくださいます。私のナイフを凄く切れるようにしてくれて、貴重な砥石まで下さいました。それから珍しい食べ物や飲み物も……」

あまり甘やかすのはどうかと思うが、あの二人は他者に優しいから仕方あるまい。

「そうか、それならばいい」

「昨晩も私の知らない遊びをいろいろ教えていただきました。すごく楽しかったです!」

なんだと!? 一緒に……あそんだ?

「ど、どのようなことをしたのだ?」

「え~そうですねぇ。ダーツとかいうのを真似したナイフ投げをしました。ナイフを投げて得点を競うのですが凄く面白かったです。私が何回も勝ちました。最初はアキトさんが一番下手だったんですけど、最後の方では風魔法でナイフの軌道を補正する技を見つけ出したのですごく上手になってましたよ。 あっ! すいません……つい調子に乗って喋りすぎて」

「よ、よいのだ。そうか……」

た、楽しそうではないか。

私と遊んでくれたことなど一度もないのに……。

「他には何をしたのだ?」

「それから、コーラという不思議な飲み物を飲ませていただきました」

何だそれは!? 

私でさえもまだ飲んだことはない……。

「ナイフ投げに夢中になりすぎて熱くなってしまったらコウタさんが出してくださったんですよ。凄いですよね空間収納って。聞いたことはありましたが、見たのは初めてです」

「うむ……それで、コーラとはどのような……」

「ああ、コーラですね。うーーーん、不思議な味としか言いようがないです。甘くて、少し酸味があって、ビールのように口の中でシュワシュワするんですがもっと激しいんです。それで独特の風味もありました。シナモンとかそういう香りが色々まざった感じです!」

……想像もつかん。

飲んでみたいが、私から頼むようなはしたないことは……。

「あの、どうかされましたか?」

「いや、何でもないのだ。もう下がって構わぬぞ」

うう、コーラ……、いったいどのようなものなのだ!


クララの元へ水を運んだフィーネが帰ってきた。

いつもはコウタが水を運んでいたが、女性の寝室に立ち入ることに気後れしてフィーネに仕事を押しつけたのだ。

「どうだった?」

「大丈夫でした。クララ様って見た目より優しいかたみたいですね」

「厳しい面もお持ちだけど、本質的には優しい人だよ」

フィーネもクララに少しは慣れてきたようでコウタはホッとした。

ゾンビの調査はもうしばらく続く。

一緒にいるうちは仲良くやりたかった。

「そうそうコウタさん」

「どうした?」

「クララ様ですけど、なんかコーラのことを気にしてましたよ。飲みたいのかもしれませんね」

「あっそう。じゃあ、今日の休憩時にでも出してみるかな。今日は昼過ぎから気温が上がるんだよ。丁度良かった」

こうして、機転の利く子フィーネのお陰で、クララの願いはあっさりと数時間後には叶うことになった。


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