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千のスキルを持つ男 異世界で召喚獣はじめました!  作者: 長野文三郎


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147.貴方の幸せを

 宰相ナルンベルクは宮廷内の広間の一つに王女アンネリーゼと共にいた。

そばには初老の侍従が控えているだけだ。

アンネリーゼは嫁ぎ先であるフランセア王国にむけて三日後に出発するので、その打ち合わせをしていたのだ。

本来ならばそのような場所に入っていけるものではないのだが、召喚勇者であるゲイリーのおかげで吉岡は宰相に会うことができた。


「夜分に失礼しますよ、ナルンベルク様」


 ゲイリーは普段と変わらぬ口調で切り出すが、いつもの明朗さはない。


「これはゲイリー殿、このような時間にどうなされた? 吉岡殿も一緒ということはダンジョン探索で何か問題でも起きましたか?」


 宰相は立ち上がって二人を迎えてくれた。


「確かに問題が起きてしまったのですが、ダンジョン関係ではありません。わが友、ヒノハル・コウタが何者かにさらわれました」


 宰相はわずかに目を細めた。


「犯人の目星は?」

「まだ立っていません」


 吉岡はユリアーナ・ツェベライが怪しいと睨んでいたが何の確証もないまま名前を出すことは憚られた。

たんなる身代金目的の誘拐や突発的に事件に巻き込まれただけということも考えられたからだ。


「ふむ……由々しき事態ですな」


 宰相はジッと二人を見つめ返すだけで具体的なことは何も言わない。

吉岡はカードの一枚を切ることにした。


「ナルンベルク様、影の騎士団シャドウナイツを動かしていただけないでしょうか?」


 宰相の眉がピクリと動いたがそれだけだった。


「その名前をどこで?」

「少々縁がございまして……」

「そうですか。ですが、私にそのようなことを頼まれても困りますな。あれは王家直属の組織です」


 ナルンベルクはあくまでも白を切るつもりのようだった。

それもそのはずでナルンベルクが影の騎士団シャドウナイツの頭目であることは絶対の秘密だったのだ。

吉岡もこれ以上のごり押しはできないと思った。

無理を通せば宰相と召喚者との関係に亀裂が生じる恐れもあったからだ。


「このようなことを言っては不敬になってしまうかもしれぬが、ヨシオカ殿とヒノハル殿はセラフェイム様の眷属であらせられるのだろう? なんとかセラフェイム様の加護は得られないのかね?」


 日野春たちはセラフェイムの眷属ということにはなっているが、その実情は下請け業者のようなものだ。

それにこれまでのことを踏まえると、神々は地上の問題に直接手を下すことはないと吉岡は考えている。

セラフェイムが助けてくれる望みは薄かった。


「こちらとしてもヒノハル殿のことは気になるが、アンネリーゼ殿下は三日後にはご出発になられるのだ。国王陛下とお后様も結婚式にご参加されるために一緒に行かれる。とても人員を割ける状態ではないのだよ」


 こうなってはアミダ商会のお得意である大物貴族を金品で買収して各所の国家機関に圧力をかけてもらうしかないかと吉岡は考えた。


(だけど、それじゃあ時間がかかりすぎる。その間に先輩は……)


 事件が起きた時には初動捜査が重要な決め手となるのは世の常だ。

時間の経過とともに犯人の痕跡は薄れていく。

吉岡はなりふり構わずナルンベルクの情に訴えることにした。


「ナルンベルク様。実を言いますと日野春公太はアミダ商会の会頭、ショウナイと同一人物なのです。どうかお願いします。ショウナイはこれまでもナルンベルク様のお役に立ってきたでは――」

「お待ちなさい。ヨシオカ、今申したことは真のことであるか?」


 それまでずっと無言でいた王女アンネリーゼが吉岡の言葉を制して立ち上がっていた。


「アンネリーゼ殿下……?」

「質問に答えなさい。ショウナイがヒノハル騎士爵と同一人物というのだな?」


 思わぬところから質問がきて吉岡も戸惑ったが、ショウナイがアンネリーゼと親しかったことを思い出した。


「さようでございます。どうか王女殿下からもおとりなしを」


 アンネリーゼは小さく頷いた。


「ロモス、ヒノハル騎士爵の行方を追いなさい」


 アンネリーゼは側に控えた侍従に声をかけたがナルンベルクがそれを止める。


「なりませぬ! 影の騎士団シャドウナイツは陛下や殿下の御身を守るための準備に当たっているのです。不用意に人員を割くことはできません」

「最小の人数でも構わない。とにかくショウナイの足取りを追ってほしいのです」

「しかし……」


 アンネリーゼはナルンベルクを無視して老侍従に向き合った。


「ロモス、影の騎士団シャドウナイツの忠誠は王家に向けられるものではないのか? それとも宰相に向けられるものなのか?」

「むろん、王家に対してでございます」

「ならばわらわの意を酌んでおくれ」

「……御意」


 ロモスと呼ばれる老人が小さく手を上げると、壁の向こう側にいた一人の人間の気配が消える。

ゲイリーは敏感にそれを察知していた。


「どうやら動いてくれたみたいだよ、アキト」


 吉岡は王女アンネリーゼの前に跪いた。


「殿下、ありがとうございます」

「よいのです。私がショウナイにしてやれることなどこれくらいのもの……。吉岡、無事にショウナイが……いえ、ヒノハルが戻ったら伝えてほしい」

「はっ」

「アンネリーゼは……………………………………貴方の幸せを祈っていると……」

「必ずお伝えいたします」


 王女の目の端に涙が光っていたが吉岡は頭を下げて何も見なかったふりをする。


(先輩も罪作りだよな……)


 一同は深々と頭を下げたまま退室する王女を見送った。




 どうしようもない尿意に目覚めた。

あれ? 

大地が揺れている? 

地震か? 

いや、波の音が聞こえる。

潮の匂いもするな。

ということは海の上か?

 まったく記憶にない部屋で目覚めた俺に見たこともないような美少女が微笑みかけていた。


「お目覚めになられたのですね」


 そう言ってその人は嬉しそうに抱きついてきた。

ふわりといい匂いが漂い、柔らかい体が当たってびっくりしてしまったのだが、興奮する以前に膀胱が爆発しそうだった。


「ま、待ってください! えと、ここはどこですか? いや、それよりもトイレはどこでしょうか?」


 その人はクスクスと笑いながら部屋の隅にたてられた衝立ついたてを指し示した。


「あちらですわ」

「失礼します」


 俺は立ち上がるとよろめきながら衝立の方へと歩くのだが、まるで大地がうねっているようでうまく歩くことができない。

よろめく俺を先ほどの美少女が助けてくれる。


「大丈夫ですか? 私がお手伝いしましょう」

「いえいえ! 一人で大丈夫です」


 俺は介助されるような老人じゃないですから……って、えっ? 

俺って何歳だっけ? 

いや、それよりも今はオシッコだ。

 衝立の向こうには大きな木箱があり、蓋を開けると大きめの壺というか、鉢が置いてあった。

これにしろってことなのか? 

いろいろと質問したいところだけど、尿意はもう我慢の限界にきている。

すぐそばに先ほどの美少女の気配を感じて非常にやりにくいのだが、恥ずかしがっている余裕はもうない。

服を下ろして出すべきものを出していく。


(ふう……)


 切羽詰まった状況が改善されていくと同時にいろいろな疑問が湧いてきた。

ここはどこなのか、今は何時なのか、あの美少女は誰なのか。


ポチョーン。


そして俺は……。

っ‼ 

自分に関することが何も思い出せない! 

俺の名前は? 

年齢は? 

どこでどんな仕事をしていた? 

だめだ、全くわからない‼

 パニックになり倒れそうになった俺を先ほどの美少女が再び後ろから支えてくれた。


「大丈夫です。安心してください。私がついていますから……」


 後ろから抱きしめられて俺は何とか少しだけ落ち着きを取り戻していく。


「教えてください。俺は何者なのですか?」


 彼女はゆっくりと俺から離れ、両手で俺の顔を包んだ。

そして優しく、いたわるように話しかけてくる。


「貴方の名前はヒノハル・コウタ。私のフィアンセですわ」


 そ、そうなのか? 

だけど……。


「ど、ご、ごめんなさい。自分は……覚えていないんです。自分に関係することが……、な、なんにも……」

「可哀想なコウタさん……」


 彼女は優しく俺をその胸で抱きしめてくれた。


「大丈夫ですよ……私がそばにいますからね」


 寄る辺のない不安な世界の中で、その人は俺に見えるただ一筋の光明のように見えた。

そう、まるで聖女だ。

甘やかな聖女の胸にかき抱かれて、俺は捨てられた犬のようにただ震えることしかできなかった。



章立てはしておりませんが、次回より中心となる舞台は西大陸に移り、最終章に突入します。

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