142.フロアボス
探索が始まって丁度七日目だ。
今日から背負子が地球産の軽い物になったせいかラクたちの顔がいつもより明るい気がする。
もう一週間もダンジョンの中をうろついているわけなのだが、景色は全く同じと言っていいほど単調で石の床と壁がずっと続いている。
変化と言えば奥に進むごとに魔物とのエンカウント率が上がったくらいだろうか。
だけどゲイリーやロゼッタさん、リアも襲い掛かってくる魔物たちを余裕でさばいていた。
つい10分ほど前に、また新たな宝物が発見された。
大きなサファイヤをあしらった金と銀のネックレスだ。
マジックアイテムではなくただの宝飾品とのことだったのであまり興味は持てなかった。
大きな石なので地球で買えば数千万くらいするのかもしれない。
だけど俺にとってはあまり価値のあるものではない。
どうせガラス玉との見分けもつかないしね。
だったら本物である意味も俺にはないわけだ。
価値の分かるお偉いさんに渡して喜んでもらうことにしよう。
式神・地牛が背負った宝物入れに保管しておいた。
それにしても、いったいどこまで進めばいいのだろう?
ゲイリーとしても何かきっかけがあれば一度帰還したいみたいだけど、なかなかタイミングが掴めずにいるようだ。
「フロアボスとか、下り階段とか、セーブポイントをみつけたら一度戻ろうか?」
「セーブポイントって……」
「やだなぁ、アメリカンジョークだよ」
絶対に違う気がする。
アメリカンジョークの定義を言えと言われても困っちゃうけどさ。
ダンジョンの奥から吹く微かな風に俺とラクが同時に足を止めた。
「ヒノハル様」
「わかってる、ラク。俺のところにも臭ってきたよ。ゲイリー、この先にヤバそうなのがいる」
回廊の先から漂う匂いはこれまで嗅いだことのない種類のものだ。
やけに生臭く、水の腐った匂いも混じっている。
「了解。そろそろフロアボスが出てきてもおかしくない頃だしね。ロゼッタさんは右側を固めてくれ」
「承知しました」
「リアはいつでもアキトを召喚できるように準備して」
「はい」
速度を落とし慎重に進むと、式神・火鼠の炎に巨大な扉が浮かび上がった。
これまでに見たこともないような金属でできた扉で、邪悪な悪魔や異形の者たちのレリーフが施されている。
どうやら本当にフロアボスの部屋っぽい。
ロゼッタさんの神聖魔法で扉にトラップがないかをまず調べた。
ロゼッタさんの魔法は罠そのものを感知するのではなく、罠を仕掛けたものの悪意を感じ取る魔法なのだそうだ。
「大丈夫のようです。罠を感じさせるような邪悪な思念は残されておりません」
お次は俺のスキル「開錠」で鍵が掛けられているかを調べる。
スキルを発動しようと前へ出ると俺の後ろにラクが続いた。
最近はこんな感じでラクが俺の護衛をしてくれることが多い。
スキルに集中する時は無防備になるからありがたいのだ。
顔は怖いけど優しい気遣いができるんだよね。
「鍵もかかっていないようだ」
俺の言葉にゲイリーが頷いた。
「よし、いったん適当な小部屋に入ろう」
フロアボスの部屋からほど近い小部屋を占拠して安全を確保した。
これからゲイリーたちは準備をしてボス部屋に突入する。
その間、俺たちポーター組はここで待機だ。
「それではアキトさんを召喚します」
予定していた時間よりは早いが、こういう事態もあり得ると吉岡には伝えてある。
戦力を小出しにするなんて無駄なことだから、吉岡を召喚してから突入した方が状況はがぜん有利に働くのだ。
リアが召喚魔法を展開するとまばゆい魔法陣が床に現れ、買い物袋を手に下げた吉岡が現れた。
「予定より早かったね」
「フロアボスの部屋を見つけたんだよ。アキトには悪いと思ったんだけど今から突入しようと思って。それよりも手に持っているのはなに?」
ゲイリーは吉岡が下げている買い物袋に興味津々だ。
それもそのはず、地球でゲームをやったことがある人間ならば誰でも知っているロゴが付いた箱が袋の中には入っている。
「これ? これは今日発売日だったからゲイリーにも見せてあげようと思って買ってきたんだ。じゃーん! ファミリーステーションクラシック!」
それなら俺も知っている。
かつて販売されていた「ファミリーステーション」というゲーム機のデザインをコンパクトなサイズで精密に復刻し、名作ゲームを25本内蔵したというあれね。
「おお! なんと素晴らしい……。ダンジョンで集めたお宝がゴミに見えるよ」
ゲイリー、それはないから……。
「でも、僕としてはPC-FXの復刻をしてほしいな!」
ゲイリー、それもないと思うよ……。
確かに素晴らしいハードだったと俺も思うけどさ。
「うおお! ファイナルクエスト7のインターナショナル版じゃん! これジュニアハイの夏休みに、引きこもってずっとやってたんだ! 懐かしい!」
これからボス部屋へ突入だというのになんて緊張感がないのだろう。
たまりかねたようにロゼッタさんが咳ばらいをした。
「ごめんね、ロゼッタさん。久しぶりに見た故郷の品物だったからつい興奮してしまったんだ。特に今回は少年時代の思い出に関係するものが多くて……」
照れたように、そして少し寂し気にゲイリーは謝る。
「それならば仕方ないですね……」
神殿騎士のロゼッタさんは真面目だが慈愛に満ちた人だ。
国の都合で召喚されて二度とアメリカに帰れないゲイリーを日頃から哀れに思っていて、ゲイリーがこういう言い方をするとすぐに許してしまうのだ。
気合を入れ直したゲイリーは皆を見回した。
「それじゃあアキトとリアの魔力が高まっているうちにボス部屋へ突入するよ! コウタはここで皆と待っていてね」
「わかった。大丈夫だとは思うけど、何かあった時は魔信で呼び出してくれよ。すぐに戻れるようにポータルを開くから」
「オーケー。コウタ、ファミリーステーションクラシックを頼んだよ」
そんな形見を渡すようにゲームを俺に託すなよ。
だいたいそれは吉岡の物だろう?
まあ、空間収納に入れて預かっておくけどさ。
ゲイリーたちは準備を整えて小部屋を出て行った。
小部屋で待っている間、俺たちはずっと無言だった。
「(こちらゲイリー、聞こえる?)」
時を置かずにゲイリーからの魔信が届く。
「うん。感度良好だよ。そっちはどう?」
「(今扉を開いて中を覗いてみた。でっかいワニみたいなやつがいる)」
そいつがフロアボスか……。
「(奥の方に下り階段もあるみたいだから今から突入するよ)」
「気をつけてね」
「(大丈夫。たいした相手じゃないからリア一人でやっつけることになった)」
本当に大丈夫なのか?
「リアが一人でだって?」
「(鑑定で確かめたから心配ないって)」
なんですと!?
「(お約束の鑑定魔法だよ。対象に関する情報はある程度入ってくるんだ。僕ら召喚勇者は皆使えるんだよ。あれ? コウタにはなかったの?)」
同じ地球からの召喚でも、ゲイリーたちは勇者だけど俺たちは獣だもん。
そうか、勇者召喚された人たちはデフォルトで「鑑定」が使えるんだな。
本当に羨ましい。俺の「種まき」と取り換えてほしいぞ!
今なら特別に「薪割り」をつけてもいい。
「(それじゃあ、いってくるね~)」
間延びしたゲイリーの声を最後に通信は切られてしまった。
吉岡がバックアップするから大丈夫だとは思うが心配だな。
リアは一人で対処できるだろうか?
俺はふと昔を懐かしむ。
俺が初めて召喚されたのはエッバベルクの小さなダンジョンだった。
本来はリアと行動を共にするフェニックスが召喚されるはずだったのに、なぜか俺が召喚されてしまったんだよな。
リアに出会ったとき、彼女はダンジョンスパイダーに襲われているところだった。
あの頃から比べるとリアは信じられないくらいに強くなった。
今だってまだまだ成長中で、今回のダンジョン探索でもその力をいかんなく発揮している。
そして、今やリアの召喚獣は吉岡だ。
今頃リアは戦闘に入っただろうか、そう考えるとソワソワしてきてしまう。
別に皆のように強くなりたいわけじゃない。
俺はクララ様の横にいて、クララ様の役に立てる人間であればそれで充分だと思っている。
だけど、この場でこうしていること、安全地帯でリアを待っているということが後ろめたく感じるだけだ。
そして少し寂しくもあるのだろう……。
再び通信が入った。
「(コウタ、終わったよ~)」
「リアは!? リアは無事なんだろうな!?」
ゴソゴソと通信機を動かす音がしてから、元気いっぱいの声が響いてきた。
「(コウタさん! 私、やりましたよ! 一人でフロアボスを倒せました!)」
「そうか。頑張ったな」
うん。
本当に強くなったんだね、リア。