111.ヒノハル曹長
みんなは奇跡を信じるかい?
おっと、いきなりすまない。
自己紹介が先だよな。
ちょっとばかり興奮していてね、ついつい焦ってしまったようだ。
俺の名前はレオ・シュライヒ、22歳。
ザクセンス王国軍の伍長だ。
俺は2日前まで最前線の兵士として働いていた。
魔道砲の爆裂音が響く中を駆けずり回り、死と隣り合わせの生活を送っていたのさ。
何度も何度も殺したり、殺されそうになったりね……。
砲弾の嵐の中で自分の人生の選択を呪わない日はなかったよ。
なんで兵士なんかになっちまったんだろうってね。
こんな俺でも故郷の町では神童と呼ばれていたんだぜ。
神殿で字を教えてもらえば誰よりも早く覚えることができたし、腕っぷしも同年代の子どもの中では一番だった。
成人した俺は当然のように町を出たよ。
長男じゃないから家を継ぐことはできない。
婿に欲しいなんて人もいたけど、俺はドレイスデンでの生活に憧れていたんだ。
俺みたいに才能のある男がこんな田舎で燻ってちゃいけないなんて考えたりしてね。
いま思い返すと本当に恥ずかしいよ。
ドジョウが自分のことをドラゴンと勘違いしていたレベルさ。
王都へ行った俺は下級文官と兵士の採用試験の二つを受験した。
結果はどちらも合格だった。
俺は兵士になることを選んだね。
理由は簡単。
兵士ならすぐに伍長にしてくれるというし、月の給料は兵士の方が2800マルケス高かったのさ。
……本当にそれだけの理由だった。
そこから貯金をすれば妹に嫁入り道具の一つも買ってやれると思ったんだ。
あいつは家族の中で誰よりも俺に懐いていたからな。
ばかばかしい話だよ。
戦で武功をあげて出世して、叩き上げでいつかは将軍になってやるなんて本気で考えていたんだぜ。
だけどあの日、すべては魔道砲の光弾にバラバラに打ち砕かれた。
「こいつを診てやってくれ! 頼む、何だってするから!!」
「よせ、レオはもう死んでいる」
「そんなバカなことがあるか!! レオが死ぬわけないんだ。あのレオが……」
遥か彼方から戦友たちの声が聞こえた気がした。だけど、もう何を喋っているのかはよくわからない。
目の前は真っ暗で光はどこにもなく、俺はこのまま消えていくのだなということだけが理解できた。
最後にもう一度だけ妹の顔が見たかった。
ごめんロミー。
……………………………………………………………………………………………。
「うん。まだ息があるでござるな」
…………………………………ござる?
その瞬間、消えかけていた生命の炎が暖かい何かに包みこまれた気がした。
「戻ってくるでござる!!」
身体に魔力の奔流が押し込まれ、目を閉じていても眩しいほどに世界に光が溢れていく。
気が付けば俺は戦友たちに抱きしめられていた。
以上が俺に起こった奇跡の一つさ。
俺はクララ・アンスバッハ騎士爵が召喚したヒポクラテスという召喚獣によって命を助けられたのだ。
「治療が終わったらさっさと出ていくナリ。邪魔になるナリよ」
「皆も諦めずに倒れたものを連れてくるでござる。死んだように見えても助かる可能性はあるでござるよ」
死の淵から生還したてだというのに意識ははっきりしていた。
だからヒポクラテス様方の言葉がすとんと腹の底に落ちていくように理解できた。
そうだ、俺と同じように奇跡を受けるべき人間は周りに山ほどいた。
傷ついた仲間を運び、特別医療部隊という部隊の奴らに止血法というのを教わった。
流れ出る血を少しでも止めてやれば生き延びる可能性は高まるそうだ。
俺も見様見真似で必死にやってみた。
圧迫包帯法、血管指圧法、止血帯法、とにかく必死だった。
「なかなか手際がいいでござる。主は字を読めるか?」
角の生えた方のヒポクラテス様に声をかけられたのは日も暮れかけている頃だった。
「は、はい! 読めるであります!」
「ふむ。ではクララ・アンスバッハ殿の所へ行って旗下に加えてもらえ。ヒポ兄に命じられたと言えば大丈夫だ」
「ヒポニイ?」
「事務手続きはアンスバッハ殿がしてくれるはずだ。早く行け」
「はっ!」
こうして俺は特別医療部隊へと転属になった。
特別医療部隊が所有する医薬品の在庫リストを作ってヒノハル曹長の部屋へ向かった。
隊長であるアンスバッハ様は厳しそうなお方なのだが、副官のヒノハル曹長は逆にとても穏やかな雰囲気の人で、軍人らしさがまったくない。
背も高いし顔も悪くないのだが、身にまとう雰囲気は武官というよりも文官だ。
あれで棒術の達人らしいので人は見かけによらないと思う。
不条理なことばかり言ってくる上官が多いので部下としてはありがたい存在だ。
「失礼します」
扉を開けるとコーヒーのいい香りが漂っていた。
「えーと、君は……」
「昨日から特別医療部隊に配属されたシュライヒ伍長であります」
「そうそう、ヒポクラテス様のご推薦だったね」
「はい。備品の在庫リストを持ってまいりました」
ヒノハル曹長は温かい笑顔で書類を受け取る。
コーヒーの香りと曹長の笑顔で自分が戦場にいることを一瞬疑ってしまったほどだ。
「伍長も飲むかい? カップは向こうの台の上にあるだろう。セルフサービスで頼むよ」
飲むかいってコーヒーのことだろうか?
いいのだろうか?
ワインよりも高価なものだぞ。
「砂糖とミルクポットもカップの所に置いてあるから自分でいれてね」
曹長は書類に目を向けたまま言葉を重ねた。
ごくりと唾を飲み込んでしまう。
恥ずかしい話だがコーヒーを飲んだことはこれまで一度もない。
貴族たちが飲んでいるのを見たことがあるだけだ。
どうするべきか……。
「シュライヒ伍長の報告書はいいな。大変に読みやすい」
誉められた!
こういうことで褒めてくれる上官は少ないから嬉しいな。
「ところで……コーヒーは嫌いだった?」
大きな愛玩犬のような表情でヒノハル曹長が首をかしげている。
「い、いえ、その……お恥ずかしい話ですが飲んだことがございません」
「そうか。じゃあ、甘いのは好きかい?」
「好きであります」
「だったらカフェオレの方がいいかな……」
曹長が手ずからコーヒーをカップに注ぎ、そこにミルクを足してくれた。
「とりあえず砂糖は一つ。もっと甘い方がよかったら自分で足してね」
目の前に置かれたカップからはなんともいい匂いが漂ってくる。
「いただきます……」
不思議な香りが鼻腔の奥に広がっていく。
甘く華やいだ香りが胸を満たし、ほろ苦くも美味い液体に驚いた。
「美味い……」
「気に入ったなら良かった。ところでこれを見てくれ」
曹長が書類を一束こちらに渡してきた。
これまで見たこともないようなものだ。
「それは私の友人が書いた応急手当のマニュアルなんだ。どうだろう、シュライヒ伍長はそれを読んで理解できるかね?」
なんだこれは?
当然ながら文字は読める。
問題はその隣に描かれている絵だった。
3頭身ほどの少女が二人描かれていた。
片方の少女はエルフか?
エルフの近くから袋が飛び出ており、その袋の中に文字が書き込んであった。
「そうか、これらの説明はこのエルフが話しているという表現ですね」
「その通りだ。わかってくれたか」
ヒノハル曹長は安心したように息をついた。
改めて内容を読み直した。
――私の名前はディードです。これから私と一緒に応急処置について学んでいきましょう。
――私はアーチェだよ。応急手当なんかしたことないけど、私にできるか心配だなぁ……
――大丈夫ですよアーチェさん。このマニュアルに沿って理解を進めていけば貴方もきっと立派な衛生兵になれるでしょう。……残念と呼ばれる貴女でも……たぶん。
――あーん、ひどいですぅ、ディードリットさん!
「なるほど。対話形式の応急手当マニュアルというわけですね」
最初に見たときは奇異に感じたが、じっさい読んでみるととても分かりやすい。
続きを読もうとしたら突然ドアがノックされて思いもよらない人物が入ってきた。
「コウタ、遊びに来たよ」
俺は思わず立ち上がり直立不動の姿勢になる。
現れたのはなんと勇者ゲイリーだった。
ローマンブルクの最高司令官であるアンカー将軍でさえ敬意を払うお人だ。
「おかえりゲイリー、怪我はない?」
「うん。僕は回復魔法を使えないけど自己治癒力はすごいから……って、それはなんだい!?」
見せてくれと頼まれて勇者ゲイリーにマニュアルを手渡す。
「すごく可愛いキャラじゃないか! これは?」
「ヨシオカが書いた応急手当マニュアルだよ」
「アキトの作品か! どうりで……。コウタ、これを僕にも1冊おくれよ」
よくわからないが勇者ゲイリーはこのような絵がお好きなようだ。
その後もお二人は打ち解けた感じで会話をしていた。
「ゲイリーもコーヒー飲む?」
「コウタのコーヒーは濃すぎるからなぁ」
「えー、アメリカのコーヒーが薄すぎるんだよ」
それにしてもこの二人の関係はどういったものなのだろう。
「あの、お二人はどういったご関係ですか?」
聞いてみると同時に“友達だよ”という答えが返ってきた。
……勇者にだって友人の一人や二人いてもおかしくないとは思う。
ひょっとすると俺の新しい上官は見かけによらず実はすごい人なのかもしれない。
本日の取得スキル
スキル名 乗馬(中級)
一般的な騎馬民族くらいに馬を乗りこなすことができるぞ。
裸馬だって乗りこなしちゃえ。
草原を風になって走ろう!
スキル名 鍵開け(アンロック)
悪用厳禁。
ナンバー式のロックも外せます。




