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6 重なり合う思い

「私、先に帰るわ、じゃあね」

 そう言って、ティンパは一人、帰路についていた。

 宿には、ソツェンと黄花。

涙を流し、嗚咽する黄花に、ソツェンは言葉をかけることも忘れ、呆然としていた。


 翌日。

薄絹のような雲がかかる、青空の下。

 ソツェンと黄花は、マトゥの町を発っていた。

 周囲には、草に覆われた、なだらかな山。

なだらかと言っても、元々の標高があるために、その頂上はかなりの高度である。

 そして遠景には、雪を頂く険しき山々。

人を寄せ付けない、厳しい自然の世界が、周りを取り囲んでいた。

「もうすぐ村に着く、黄河マチュに沿って行くぞ」

「マチュ?」

 馬に揺られながら、黄花は聞き返す。

「お前たちが黄河こうがと呼ぶ川だ。ここはその源流、河源に当たるな」

 二人の行く先、澄んだ川の水が、豊富に流れていた。

「これが、吐蕃、青唐を流れて、蘭州を通り、西夏の興慶へと続いているんだ」

 緑の草原の中を、濁ってもいない黄河が、サラサラと流れている。

黄土色に濁った黄河しか、見たことの無い黄花には、それは不思議な光景に映っていた。

「すごく、きれい……」

「興慶の黄河とは違うだろう?」

 朝日を受け、川面のさざ波がキラキラと輝いていた。

「でも、本当の河源は、この先にある」

 ソツェンは馬の手綱を引く。

「行こう」

 人気の無い道に、蹄の音がしていた。


 天の頂きに近い、高地に広がる、大きな二つの湖。

その湖畔に、彼の村はあった。

 周囲に樹木は一切生えず、緑のざわめく草原が、丘陵を覆う。

湖には白い鳥の姿が見え、厳しき世界にも、生命の息吹が感じられる、不思議な場所だった。

「ここが、俺の村だ」

 草原の中、黒いヤクの群れが、のんびりと草を食む。

「遊牧の生活だ。お前みたいな宮殿暮らしとは、かなり違うがな」

 群青色の空の下、ソツェンの笑い声がしていた。

その声に反応して、村人が手を振る。

彼は馬を引いて、村内へと入っていった。

 村に入るなり、彼らは王の帰還を待つ人々に迎えられ、無事の帰りと、その喜びを、たくさんの言葉や笑顔と共に贈られていた。

 中でも、黄花に対する村人の興味は津々で、皆、口々に嫁だの王妃だのと、好き勝手に呼んでは、彼女が紅くなるのを、嬉しそうに見て笑っていた。

「さあ、まずはラマに、帰郷の挨拶をしないとな」

 そう言って、彼は村から外れた、ゴンパへと向かった。


 二つの湖を分ける、丘陵地帯の寺。

積み上げられた石と、粘土で塗り固められた建物の内部、本堂に当たる所に、ソツェンの師はいた。

「師よ、ただいま戻りました」

 燭台の灯りの下、修行をしていた師に、彼は頭を下げて報告をした。

その声に、師は念仏を止めると、ゆっくりと立ち上がり、振り向く。

 えんじ色の袈裟に、剃り上げられた頭、腕に巻き付けた数珠を持つ師は、彼の帰還を笑顔で迎えていた。

「ご苦労であったな、ガル・ソツェン」

 師の落ち着いた声だが、それはどことなく嬉しそうにも聞こえていた。

「はい、いろいろありましたが、『星』はこの地に戻りました」

 うんうんと、師は優しくうなずく。

「してその『星』は、お前の手元にあるのか?」

「それが……」

 ソツェンは、傍らに佇む黄花を、ちらりと見た。

長い黒髪、薄絹の着物の上に、毛皮を羽織った、穢れ無き女。

 その様を見て、またも師はうんうんとうなずいた。

「そうか、そうであった。その娘が、お前の伴侶か」

「師よ、その、あの」

 伴侶と言われて、黄花とソツェンの顔が、真っ赤に染まった。

「よい、よい、この娘は、ここに来る運命だったのだ。お前にも言ったであろう?」

「言った……?」

「『李下の家、熟れるスモモと共にある』。忘れてしまったか?」

 師の言葉、彼はしっかりと胸に刻んでいたはずだったが、長い道中、様々な事が起き続けたために、すっかりと頭から抜け落ちてしまっていた。

「お前が見い出し、選んだ娘だ。大事にするんだぞ」

 師の笑顔に、ソツェンは心が温まるのを、感じていた。

「さて、『星』が戻ったなら、まずはお前を王に立てねばな」

「『星』か……」

 ソツェンが、再び黄花を見る。

「『星』を、返してくれるか?」

 黄花は、手を胸に当て、恥ずかしそうに呟いた。

「ここでは、出せません」

「どうしてだ」

「その、心の整理をさせてください」

 頬を紅く染め、彼女はうつむいてしまっていた。

「今、必要なんだ、頼む」

 彼女に詰め寄るソツェンに、師は待ったをかける。

「ああ、よい、そう無理に急かす必要はない」

「は……」

「直に、その娘から出してくる。心配はいらない」

 視線を交わし、恥ずかしがる二人を、師は初々しいものを見る目で、微笑んだ。

「実にいい娘だ。ソツェン、お前は幸せ者だ」

 心からの、祝福の言葉だった。


 昨日。

マトゥの町での、女二人の大喧嘩。

その後に、彼は決断を迫られた。

 ティンパと、黄花。どちらが大事なのかを選べ、と。

選ぶという事は、すなわち、嫁として娶るという意味も同然だった。

 彼は、悩みに悩んだ末、黄花を選んだ。

あまりの嬉しさ故か、黄花はその場で泣き崩れ、彼はティンパに頬を張られた。

 宿の一室。

涙を流す黄花を抱きしめて、彼は好きだと呟いた。

 収まりかけていた、彼女の涙が、再び堰を切ったかのように、溢れていた。


 ソツェンの天幕クル

彼の留守中、畳まれていたそれは、先に戻ったティンパの報告により、村人たちの手で広げられ、主の帰還を待っていた。

 白い布地の天幕は、かまどを中心とした、四角形に張られており、内側に複数の柱と、明かりと排煙用の開閉自在の天窓、そして外部の支柱により

強風にも耐えうる、強い張りを有したものになっていた。

「ソツェンの天幕だけ、白い色なんですね」

 村内の他の天幕を見ながら、黄花は不思議そうに、彼の天幕を見ていた。

いくつかある、村の天幕。その色は黒一色のみ。

対して、ソツェンのそれだけは、白い色。

 西夏では、白い天幕というのは、当たり前の光景であったが、ここ吐蕃では、黒い色が一般的なのかと、黄花は考えていた。

「ああ、俺のは宮殿トゥマだからな」

「トゥマ?」

「王族や、高僧用ってことだ」

 彼の招きに続いて、黄花も天幕内へと、入っていった。


 天幕内。

てっぺんにある天窓から、柔らかな光が、内部に降り注ぐ。

ソツェンは、荷物を適当な場所に下ろし、きれいに畳まれた何かを探っていた。

 天幕内の高さは、大の男が立って、手を伸ばしても、天井に届かないほどあり、四隅は正方形に近い形で、一辺が大人三人寝転んでも、余裕なぐらいであった。

「あら、広い……」

「だが、一人暮らしには、ちと広すぎるがな」

 客人用の敷物を広げ、彼は座るように促す。

「ソツェンは、家族とか、いないのですか?」

 その問いに、彼は困った顔をして見せた。

「俺の親は、数年前に死んだ。今は俺一人だ」

「あ、ご、ごめんなさい、失礼な事を聞いてしまって……」

「気にするな、菩提は弔ったしな」

 かまどの火を起こすと、煙の臭いが、天幕内を駆け巡る。

その煙たさに、黄花は少し咳き込んでいた。

「大丈夫か?」

「け、煙たい……」

「ここでは、かまどの火は重要なんだ。我慢してくれ」

 袖で鼻口を覆い、彼女は咽せながら、うなずいていた。

「大夏にも、天幕はあったけれども、中で暮らしたことなど、無かったから」

「そうか、宮殿は木造だったからな」

 涙目の黄花の肩を抱き、ソツェンは苦笑いをして見せた。

 こうして、ソツェンと黄花の、河源での共同生活が始まった。


 数日後、湖畔の草原。

群青色の空に、ちぎれた綿雲が浮かんでいる。

「空の色が、濃い……」

 黒髪を、風に靡かせて、黄花は溜息をついた。

「私が、こんなところにいるなんて、夢みたい」

 水の張った桶を持ち、微笑む。

 天上の、河源。

西夏にいた時に聞いた、遙かなる夢幻の場所。

 絶対に辿り着けないと思われていた、その河源に、彼女は今、立っていた。

「彼に、助けてもらわなければ、きっと私は死んでいた」

 へその下、丹田を、そっと撫でさする。

何日か前、ソツェンに注がれた内力が、彼女の体内を熱く巡っていた。

「いつか、このお返しをしなくてはね」

 微笑む目線の先、彼がヤクの世話をしていた。


 明くる日、二人は湖を見下ろす、丘の上にいた。

朝晩の冷え込みは厳しさを増すが、日中は程よい陽気となり、暖かな日差しが湖畔に降り注いでいた。

「寒くないか?」

 ソツェンの言葉に、黄花は首を振った。

「あの、ソツェン、少し気になることがあるの」

「何だ」

「ティンパを、見ませんでしたか?」

 その名前を出されて、彼は気まずそうに苦笑いをしていた。

「それがな、あいつ、天幕から出てこないんだ」

 村に戻ってから、ソツェンは何度か彼女の天幕を尋ねたらしいが、その度に、ティンパの母親から、会いたくないんだ、と謝られるばかりであったという。

 これには、ソツェンも、ほとほとに困り果ててしまっていた。

「私の、せいですか?」

「お前は、悪くない」

 黄花を抱き寄せ、彼は優しく、そう言った。

「思い通りに行かないと、へそを曲げるのは、あいつの悪いクセだ」

 幼い頃からのことを、知っているからこその、決断であった。

 乾いた風が吹き、草の生える丘が、ざわざわと音を立てる。

空を行く雲の影が、丘を流れ、湖面を広く覆い尽くしていた。

「二つの湖、きれいね」

「ンゴリン・ツォと、チャリン・ツォか、双子の湖だ」

「どういう意味ですか?」

「ンゴリンは、曙の空色、チャリンは曙を意味する言葉だ。ツォは湖」

 河源にある、二つの大きな湖は、寄り添うように、その身を横たえていた。

 この湖は、黄河でも最も上流に位置するものである。

吐蕃の山々に降り積もった雪は、地面に染み込み、地中を通り抜け、湧水として地表に現われる。

湧水は草原を流れ、幾筋もの流れを集め、窪地に溜まって、大きな湖、双子の湖となる。

 水量の多い時代、湖は一つに繋がったこともあるという。

まるで瓢箪の形になった湖から、黄河の水は無限に湧き出でて、西夏を、中原の国を潤してきた。

「俺の先祖は、国を亡くし、西寧ツォンカの町を逃げ延びて、ここまでやって来た」

「遠い、道のりでしたね」

 自分たちが、歩んだ古道を思い出し、黄花は懐かしそうにする。

西寧の町から、いくつもの峠や谷を越え、幾多の町や村を通り、青唐の民は河源に辿り着いた。

 それより以前には、唐の公主たちが、ここを通り過ぎ、遥かラサまで行ったのだという。

「そして、追っ手の来ない、この地で細々と暮らしていた。だがな」

 周囲が、一瞬暗くなる。

頭上を、綿雲が、ふわふわと漂っていた。

「ある日の夜、先祖の一人が夢を見た、『星』を取り戻せとな」

 彼が言うには、『星』は、あるべき所に帰りたがっているのだという。

だが、あるべき所というのが、誰も分からない。

西寧の町なのか、青唐の王の元なのか。

 先祖は、王の元と結論づけた。

歴代の王が、即位の際に使用したのだから、そういう意味なのだろうと。

 彼らは、奪還へ向けて、密かに動き出した。

しかし、自然厳しいこの土地では、生きるのが精一杯で、外へ攻める余裕がない。

そもそも、勢いづいた西夏を攻略することは、不可能な状態であった。

 なので、王の息子を、ラマに預け、武芸者として鍛え上げた。

いつか来る、運命の時に備えて。

「それが、ソツェンなのですね」

「まあな」

 黄花は、彼を見上げる。

若き青唐王、武芸の腕は比類無いほどに強く、優しい男。

彼は、『星』を取り戻すために、宮殿へと忍び込み、黄花と出会い、彼女諸共『星』を奪った。

 その行き先は、河源。

「私、あなたに感謝しています」

「どうしてだ」

「ここに、連れてきてくれたからです」

 雲が通り過ぎ、再び陽光明るい元、ソツェンと黄花は見つめ合った。

「ソツェン、ありがとう」

 お礼の言葉を述べ、彼女はそっと目をつぶった。

そんな黄花の唇を、ソツェンの口が、覆い隠していた。


 さらに日は経ち。

黄花は、ソツェンの姿を遠目に見ながら、今日の水汲みを終えていた。

 青唐の王だというのに、民と同じ生活をし、土に汚れ、ヤクの世話をする。

同じ王族の身分でも、国が滅ぼされると、こんなにも生活環境は違うのかと、彼女は、つくづく思っていた。


 その日の夜。

「『星』を返したいと思います」

 夕食を終え、二人の語らいの時間。

突如、黄花が、そう切り出していた。

「だが、俺は、お前の身分を、まだ当てていない」

 ソツェンの言葉に、彼女は軽く首を振っていた。

「当てていなくとも、返す方法は、あります」

「あ……」

 忘れていた、もう一つの条件を思い出し、ソツェンの顔が紅くなる。

「は、裸にしろって、お前」

「私は、日月山で、大夏に別れを告げました」

 日月山での石碑の前で、彼女は涙を流し、故郷と決別した。

彼が追っ手と戦っている、その影で、遥か昔の、唐代の公主たちがしたように。

「私を、あなたの妻にしてください」

 頬を、ほんのり紅く染め、彼女は微笑んだ。

ソツェンは、照れくさそうな、そして困った顔をしながら、頭を掻く。

「俺は、羊肉の料理しか出来ない、五目そばも作れない男だぞ?」

「構いません、料理は、私もお手伝いしますから」

 黄花の手を取り、ソツェンは彼女の目を、じっと見つめた。

吸い込まれそうな、澄んだ瞳。長いまつげが、より一層艶めきを際立たせる。

 長い自慢の黒髪は、乾燥により、少しぼさついてはいるが、それでも充分に美しいと、彼は思っていた。

「よし分かった。お前を、俺の妻にする」

 彼がにこりと笑った時、黄花の頬を涙が伝った。

「ソツェン、ありがとう、嬉しいです……」

「うーんと、それでなんだが……」

 袖で目頭を押さえる黄花を残し、彼は荷物袋を漁りだす。

そして、その手の中のものを、彼女に見せて、おもむろに頭を下げた。

「すまない、黄花」

 ソツェンの手にあるものは、黄花のかんざしと、耳飾りであった。

「耳飾りの片方なんだが、道中で売ってしまった」

 黄金細工の装飾品。

彼女は、宮殿に戻ればいくらでもあるとは言ったが、西夏に戻らない以上、これは返すべきだと、ソツェンは判断した。

「せめて、揃いの状態で返したかった。許してくれ」

 ソツェンの手に優しく触れ、彼女は静かに首を振る。

「気にしないでください、これはあなたに任せたものですから」

 再び、二人の視線が交わる。

「それより、やっと名で呼んでくれましたね」

「あっ……」

 照れくさそうに笑う、彼の姿を見て、くすくすと黄花は笑った。

「では、私も、あなたにお返しをしますね」

 そう言うと、彼女は帯を解き始めた。

衣擦れの音が、天幕内に響く。

その仕草を、ソツェンは固唾を呑んで見守っていた。

「あとは、あなたの手で……」

 彼女の手が止まり、その顔が、耳まで紅く染まる。

「いいのか?」

 その問いに、黄花は恥ずかしそうに、小さくうなずいた。

 柔肌を覆う、薄絹の衣、そこにソツェンの震える手が伸びる。

黄花は目を静かに閉じ、全てを彼に委ねていた。

 夫となる男の手によって、その素肌は外気に晒される。

「『星』……」

 露わになった、彼女の胸。

張りのある、豊かな乳房の合間に、青唐の宝は、抱かれていた。

 銀色に鈍く輝く、球形に近い形の、鉄の塊。

彼は『星』を手に取り、それをしっかりと握りしめた。

「ついに戻ったぞ……」

 片手で掴める大きさの『星』は、錆ひとつ無く、ずっしりと重い、宝珠のようであった。

「黄花、ありがとう、これで……」

「ソツェン」

 真っ赤な顔で、黄花は恥ずかしそうに、胸を隠す。

「私に、こんな格好をさせて、何もしないつもりですか」

 寒そうに、身体を震わせる彼女の姿。

隠したつもりの胸は、逆に谷間を強調させ、ソツェンの心を大いに乱した。

 透き通る白い肌、細身の身体に豊かな胸、恥ずかしそうに伏せられた目。

美しく艶やかな肢体を抱き、ソツェンは静かに押し倒した。

「黄花」

 耳元で、優しく、彼女の名を呼ぶ。

「黄花、好きだ」

「私もです、ソツェン」

 唇同士が触れ合い、二人の息が絡み合う。

誰も邪魔をする事の無い、湖畔の天幕。

彼女は息苦しそうに、眉間にしわを寄せる。

「ソツェン……、お願い……」

 口を離すと、途端に彼を求める、黄花の甘い声がその口から漏れ出でた。

既にその頬は桃色に染まり、潤んだ瞳が、彼を熱っぽく見つめる。

――夜は長い、焦ることはない。

 そんな事を考えながら、ソツェンはまたも口を合わせ、その身体に触れる。

首に、彼女の白く細い腕が、そっと抱きついていた。

「ん……」

 時折漏れる、小さな、そして恥ずかしそうな喘ぎ声。

それに構うこと無く、彼は黄花の身体を丹念に刺激する。

 手が、指が、口が、白い肌に触れ、柔らかな女の肌を、徐々に桃色へと変化させる。

 荒い息が、身体にかかる度、彼女はその身をくねらせ、ソツェンから逃げようとした。

「こら、そんなに動くな」

「だって、くすぐったいんですもの」

 お互いに、見つめ合う。

「もしかして、初めてか?」

「当たり前です」

 素っ頓狂な問いをする彼に、黄花は少しだけむくれた顔で、答えていた。

「あなたは、初めてではないのですか?」

「俺も、初めてだ」

 それに、彼女はほっとしたのか、緊張が少しだけ、和らいだ様子であった。

「では、ソツェン」

 彼の頬に、黄花の手が触れる。

「あなたも、服を脱いでください……」

 恥ずかしそうな、その言い方に、ソツェンは慌てて服を脱ぎ、即座に黄花に圧し掛かっていた。

「優しく、してくれますか?」

「分かった」

 ソツェンは、力強く黄花を抱きしめ、再び口を合わせていた。


 数日後、盛大な即位式が、双子の湖のほとりで行われた。

村人たちと、黄花、そしてラマに祝福されて、ソツェンは正式に青唐王となった。

 しかし、その場にティンパの姿は、なかった。

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