(7)疑似精霊
ギルドで借りた機体に乗り込んだカケルは、職員からもらった鍵を刺して機体を起動させた。
操縦席にいる限りはエンジンが動くような音は聞こえないが、目の前にあるモニター類が次々に起動していく。
そして、船橋の中央にあるお盆のような形をした台が一瞬だけ光り、そのあとにひとりの小人(?)が現れた。
「はじめまして。私は、この船の制御を担当する疑似精霊です」
その言葉通り、この小人がタラサナウスを制御する一番重要な存在だった。
タラサナウスが初期の頃、まだ疑似精霊は存在しなかったため、動かすことができるのはナウスゼマリーデだけだった。
ナウスゼマリーデは、女神が新たに創った種族であり、タラサナウスがカオスタラサを渡るために必要な器官を持っている。
他の基本六種は、この器官を持っていなかったためタラサナウスを動かすことができなかった。
だが、ある時技術革新が行われて、この疑似精霊が生み出されたのである。
疑似精霊が載り始めたタラサナウスを第一世代として、それ以前のタラサナウスは全て第零世代のタラサナウスとされている。
ちなみに、この現在のタラサナウスは、平均すると第三世代になっているところで、ようやく第四世代が出てきたくらいだ。
そして、カケルと共にこの世界に来た『天翔』は、第六世代が主流となっている。
疑似精霊はお盆……投影盤の上に浮いたまま、カケルとクロエに言葉を続けた。
「この船は既に初期化されており、所有者の登録が必要になります。登録を行いますか?」
「勿論、登録はするけれど、今はまだ正式所有じゃないんだけれどね?」
「はい。きちんとその話も伺っております。今は仮登録状態で、正式に所とされた場合は本登録へと進むことになります」
「そう。それだったら仮登録お願い」
「畏まりました」
疑似精霊の指示に従って、カケルは仮登録の手続きを進めた。
そして、最後にこんなことを言われる。
「それでは、最後になりますが、私の名前の登録をお願いいたします」
疑似精霊は、機体そのものと言って良い存在である。
その疑似精霊に名前を付けるということは、機体に名前を付けるというのとまったく変わらない。
ゲームのときと全く変わらない流れに内心でおかしく思いつつ、カケルは決めてあった名前を言った。
「それじゃあ、君の名前は『テミス』で」
「テミス、ですね。畏まりました」
カケルが言った名前に疑似精霊がそれを了承して、この船の名前は『テミス』に決定した。
名前を付けたあとはいよいよ出港手続きだと続けたテミスをカケルは止めた。
「仮登録の場合は、副所有者は登録できるのかい?」
「はい。勿論できます。手続きを行いますか?」
「うん、お願い」
短く返事を返したカケルは、視線をクロエへと向けた。
副所有者として登録するのは、当然ながらクロエとなる。
カケルから視線を向けられたクロエは、一つ頷いて所有者手続きを始めた。
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クロエの登録手続きが済めば、いよいよ港へと出港することになる。
機体の受け渡し所には、管制所などないためどうやってこの場を出るかは、口頭と目視の確認になる。
時間とルートを確認するために、カケルは一度機体から降りた。
ギルド職員は既にこの場所からいなくなっていたが、機体の傍にはゲルトが立っていた。
それに気づいたカケルは、ゲルトの近くによって声を掛ける。
「まだいたのですか」
「おうよ。お前さんが出港するまでは、きちんと見送らないとな。……で? 疑似精霊の調子はどうだい? 外に出て来たってことは、登録は済んだんだろう?」
流石のゲルトは、機体の中にいなくてもどの程度手続きが進んでいるかを把握していたらしい。
すぐに、カケルに気になっていたことを聞いてきた。
「全く問題ありませんよ」
特に違和感もなく、きわめて順調に進んだことを伝えたカケルは、折角の機会なのであることを聞くことにした。
「確認なのですが、あの疑似精霊に前所有者はいましたか?」
今目の前にある期待はあくまでも貸出用の為、あの疑似精霊にも以前の所有者がいた可能性もある。
とある理由の為にカケルはその確認をしたのだが、ゲルトは首を左右に振った。
「いんや。あれは正真正銘、工場降ろしたての新品だぜ」
テミスは、登録のときに初期化云々言っていたが、工場から卸したばかりの状態でも同じ言葉を言うようになっている。
そのため、ゲルトが言った通り、テミスは工場から出て来たばかりの新品だった。
そして、その答えを聞いたカケルは、特に反応を示すことなく頷いた。
「そうですか」
本来、新人であれば、新品と聞いて喜ぶはずなのにそれがないカケルを見て、ゲルトはいぶかし気な表情になった。
「なんだい? お前さんは、前の所有者があったほうが良かったのか?」
「いえ。そんなことはないですよ。なんとなく気になったものですから」
「そうかい」
「ええ」
軽く答えたカケルを見て、ゲルトは納得して頷くのであった。
そのあとは、今後のことについての確認である。
その際に、ゲルトが思い出したように言ってきた。
「ああ、そうだ。お前さんは、免状持ちの登録だったんだって?」
「はい、そうですが?」
「だったらすまんが、こちらで指定する試験コースを一度飛んでくれや。いくら免状持ちでも、いきなり他の機体でいっぱいの港にやるわけにはいかなくてな」
何の障害物もない所であれば、初心者が操縦する機体でも大した問題はない。
あるとすれば機体の破損と本人の大けがか、もしかしたら天に召される可能性もあるが、それはあくまでも本人の責任である。
だが、多くの機体がカオスタラサに転移するのを待っている状態の場所でそんな事故を起こせば、大損害どころではない事故が発生する。
そのため、たとえ免状を持っていても、一度は試験コースを飛ぶのがルールになっているのだ。
当たり前といえば当たり前の対応に、カケルも素直に頷いた。
「確かに、それは必要ですね。何処を飛ぶかは、指示をくださるのでしょうか?」
「ああ、勿論だ。ここに向かえば指示が来るはずだ。そこまでは、疑似精霊の言う通りに飛んでくれればいいようになっている」
「なるほど。わかりました」
どうやら、最初に飛ぶべき場所は、きちんと登録されているらしいと認識したカケルは、ゲルトが差し出して来た書面を受け取りながら頷いた。
「試験って程じゃあないが、あのコースで接触事故を起こすようでは、流石にタラサナウスで自由に飛び回るのは許可できんからな」
「それはそうでしょうね」
素直にそう言ったカケルに、ゲルトは苦笑しながらさらに続ける。
「全く。皆が、お前さんほど素直だといいんだがな。最近は、やれ学校で散々飛んできたなんて、無茶を言うやつが多くてな」
「それは、また」
どこにでも同じようなことを主張する人はいるのだなと、カケルも苦笑を返すのであった。
会話を終えたカケルは再び機体に乗り込み、指定通りの場所へと向かった。
無難に試験コースを飛びポートへの侵入許可を得てから、管制の指示に従ってポートの転移空間へと移動した。
次はいよいよカオスタラサへの転移だ。
そして、カケルの感覚としては十年振りとなるカオスタラサでの探索がいよいよ始まるのであった。
カケルは借りている機体をそのまま購入する予定です。
その理由のひとつに、疑似精霊の存在があります。