(10)これから
カケルと一緒にテミス号に同乗していたカリーネは、ふと思い出したように聞いた。
「そういえば、『天翔』の版図はどれくらいの広さがあるのでしょうか?」
カリーネがそう聞くと、周囲の温度が上がったように感じた。
その意味をきちんと理解していたカリーネは、さらに付け加えて言った。
「ただの興味本位ですから無理に言う必要はないですからね?」
国家がどれくらいの版図を持っているかという情報は、それだけでどのくらいの国力があるのかということを調べるきっかけになりうる。
『天翔』が、各国から見て秘密のベールで包まれているように見えるのは、そうした情報が一切知られていないためだ。
その情報を聞き出そうとしたカリーネに対して、乗組員たちが疑念の視線を向けるのは当然のことだった。
だが、その雰囲気を振り払うように、カケルがあっさりと答えた。
「そうだな。……少なくともダナウス王国の倍以上あることだけは確かだ」
「そうなのですか」
答えになっているようで答えになっていない回答を聞いたカリーネは、それ以上追及することなく頷いた。
カケルは、ダナウス王国の倍以上あるとしか言っていない。
それは、三倍以上あるかも知れないし、さらにもっと多くの版図があるかも知れない。
カリーネは、その具体的な数字を聞く気もないし、聞こうとも考えていなかった。
ちなみに、カケルが倍以上といったのは、その程度の情報であれば広まっても構わないと考えているためである。
広い版図があれば、それだけ強い国力になる。
それが、各国への牽制になればいいのだ。
ついでに、すでに『天翔』は、技術も操縦者の熟練度も各国の上を行っているということは知れ渡っている。
それに合わせて、版図の情報が合わされば、おいそれと手出しできるような組織ではないと分かってもらえるはずである。
カリーネは、カケルが今言ったことは、表に出してもいいというニュアンスを含んでいることを十分に理解している。
むしろ、各国へのけん制のためには、積極的に広めるべきだとさえ考えていた。
傍で話を聞いていたクロエやほかの幹部たちも、カリーネを止めるつもりはない。
カケルが出していいと判断したのであれば、それに従うというのが『天翔』での基本的な考え方なのである。
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カリーネに版図の情報を伝えてからしばらくして、ペルニアに戻ったカケルに連絡が入った。
誰かと問えば、コンラート王だという答えが返ってきた。
すぐに意図を理解したカケルは、苦笑しながらその応答に出た。
「お久しぶりです、コンラート王。どうなさいましたか?」
「其方たちの目的はなんだ?」
多少いつもよりも丁寧に問いかけたカケルに、コンラートは厳しい顔で問いかけてきた。
これまでにない強いその問いに、カケルは肩をすくめながら答えた。
「さて、どういう意味でしょうか?」
「わざわざはぐらかさなくてもよい。すでに其方たちが我々には及びもつかない力を持っているということは理解している。その上で問うているのだ」
「おや。ではお言葉ですが、その問いに答えを返さなければならない理由はありますか?」
「いや、ないな」
多少挑発的に言ったカケルに対して、コンラートはため息交じりにそう答えた。
その時に、周囲からざわめきのようなものが同時に聞こえてきて、この会話はコンラート以外の者も聞いているとカケルは察した。
もっとも、一国の王がたった一人で会談を行うことの方が珍しいといことは、十分に理解している。
カケルは、コンラートに向かって苦笑交じりに続けて言った。
「では、敢えて教える必要もない……と言いたいところですが、すでに何度も言っていると思いますよ?」
「というと?」
「私たちは、私たちの自由にカオスタラサの探索・開発を行うと。今のところ版図がかぶるようなところもないのですから、それでは駄目なのでしょうか? ただし、当然ながら降りかかる火の粉は、自分たちで振り払いますが」
カケルは、コンラートの後ろに控えているであろうその他の人々に向かってそう言った。
コンラートとは、すでに何度か会話を行っている中で、似たようなことは繰り返し言ってきていることである。
『天翔』は、むやみに他国に対して戦争を仕掛けるつもりはない。
他国に侵略戦争をしなければならないほどカオスタラサは狭くはなく、今はまだ自由に開発を続けていくだけで、十分に成長が見込めるのだ。
わざわざ少なくない犠牲を出してまで、戦争という手段を取る必要などないのだ。
カオスタラサの探索をするだけでも犠牲は出ているのだが、今は国家間の話をしているので、それはまた別の話だ。
降りかかる火の粉は払うと言ったカケルに、コンラートは眉をひそめて何かを言おうとした。
だが、それよりも早くカケルは続けて言った。
「それは別に『天翔』に限らず、どの国でも同じでしょう? それとも、『天翔』は自衛権すら認めないとでも?」
だんだんと剣呑な顔になっていくカケルに、コンラートは首を左右に振った。
「いや。それこそまさかだな」
自衛権がない国など、それは一つの独立国家ではなく、属国といっても過言ではない。
そもそもダナウス王国は、『天翔』を国として認めると宣言しているので、そんな暴言をいう権利はないのである。
もし本当にそれを押し付けるのであれば、それこそダナウス王国側から戦争を仕掛けて、それで勝利をしなければならないだろう。
どう考えても勝てる見込みのない戦いをしようとするほど、コンラートは愚かではない。
中にはやってみなければわからないと主張する軍部の人間もいるが、それはごく少数でしかないのだ。
「……降りかかる火の粉は振り払う、か。その意味を正確に理解できる者は、どれほどいるのか…………」
「さて、それは私たちがどうこう言うべき問題ではないですね」
あっさりそう答えたカケルに、コンラートは苦笑しながらも頷いた。
全くもってその通りなので、反論の余地などあるはずもなかった。
これまでの主張と全く変わらないことを繰り返すカケルに、コンラートは満足したような顔で頷いた。
「其方の意思が確認できてよかった。もしよければ、これからも変わらない付き合いを続けてほしいものだが……」
「そうですね。これまでと同じであれば、それはお約束できるかと思います」
今までと変わらない付き合いをと主張するカケルに、コンラートも再度頷いて今回の会話を終えるのであった。
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『天翔』という組織がこの世界に出現してから早十数年。
既に新参の組織とは言えないほどに、その年月を重ねてきている。
さらに、その組織が持つ技術や武力は、これまでの世界にあったものとは及びもつかないほどに強大だということも広まりつつある。
その中で、各国の対応はまちまちであり、さらにカケル個人に対する対応もそれぞれによって違っている。
『天翔』を統べる存在であるカケルが、表舞台に出るようになってから、世界はその一挙手一投足に注目するようになっていた。
だが、その当人は、そんなことは全く気にしないとばかりに、自由に世界を動き回ることになる。
それが、この世界にとって、いいことなのか悪いことなのかは、まだまだ判断がつかない。
それは、それこそこの世界にカケル及び『天翔』を送り込んだ女神にしか見通せないことなのであった。
これにて「天翔ける宙の彼方へ」を終了とさせていただきます。
「え、これで終わり?」と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、いったんここで閉じさせていただきます。
一応作者の脳内では、ヒューマン至上主義者たちが突っかかってきたり、なんだかんだで他の国を併合していったりというストーリーは考えていたのですが、それはなかったことになりましたw
もしかしたら、作者の気が向いて、きちんとストーリーとして成り立つようであれば、再開することもあるかも知れません。
それでは、これまでお読みくださった皆様には、格別の感謝の意を表して終わりにしたいと思います。
m(__)m




