(8)新しいお客
神国にできた大使館(もどき)は、建前上は大使館と呼ばれているが、基本的にはカケルの私邸と変わらなかった。
そもそも大使が常駐しているわけではなく、外交的な話を受け付けているわけではない。
さらにいえば、基本的には『天翔』の人材が他国(この場合は神国)にいくこともないため、自国民の保護といった役目をする必要もないのだ。
そんな状態なので、大使館としてはほぼ開店休業状態で、他の国の者たちからは外側だけ立派な空っぽの私邸とさえ影では揶揄されるほどだった。
実際、大使館にいる『天翔』関係者は、補佐室のメンバーかその指示を受けている者だけであり、政治的な駆け引きは全く出来ない。
早い話が、屋敷を管理するメイド部隊(?)だけを連れてきているのだ。
そのため、屋敷を訪ねて来て、強引にカケルとの交渉の為のアポを取ろうとしても、出来ないようになっているのである。
神国側もそのことは最初から了承しているので、大使館の運営開始にはなんの支障も起こらなかった。
問題だったのは、事情をまったく知らされてなかった他国の関係者が、大使館を訪ねて来てちょっとした騒動を起こしたことだ。
もっとも、その場合も、丁重にお引き取り願って、神国側に引き渡すということになっている。
そういうことも起こるだろうとわかっていたので、『天翔』も神国もさほど慌てずに対処することができていた。
そうして大使館が開いて半月後には、当初の予定通り訪問者もほとんどない、メイドたちが働くただの屋敷と化していた。
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神国に大使館を開いたカケルは、身を隠すように『天翔』の勢力圏でカオスタラサの探索を行っていた。
ペルニアの時と同じように、変に大使館に身を寄せると、すぐにばれるとわかっているので、ほとぼりが冷めるまでは『天翔』内で活動するつもりなのだ。
ついでに、ペルニアの屋敷に置かれている掲示板の依頼は、受けないことにしていた。
それは、神国の大使館での騒ぎ(?)が収まるまでそちらの依頼を受けないという意思表示であり、それによって騒ぎが収まるのを狙っているのだ。
勿論、それがどこまで効果を及ぼすかは不明だが、何もしないよりはいいという判断によるものだ。
そして今、『天翔』内のカオスタラサを進むテミス号内には、いつもの乗組員のほかに新しい人物が興味深そうに艦橋を見回していた。
「そんなに珍しい物があるとは思えないけれどな? そもそもテミス号を作ったのは、『天翔』ではなくダナウス王国だぞ?」
テミス号は、ダナウス王国内で建造されて以来、変な改造(?)を施したりなどは全くしていない。
つまり、テミス号の基本構造自体は、この世界で一般的に作れている船とほとんど変わらない。
それでもカケルに声を掛けられた人物――カリーネは、首を左右に振った。
「そうかもしれませんが、そもそも個人で持つ中型船というものに乗ったのが初めてですから」
「あー、なるほど」
カリーネの深層の令嬢のような言葉に、カケルは納得顔で頷いた。
カリーネは、令嬢かどうかはともかくとして、神国の一番奥深くで生活をしていた。
勿論、以前カケルの所に来たときのように、船に乗ることは普通にある。
ただし、その船は、教主が乗るための完全特注品であり、それこそテミス号のような一般的な造りの船に乗ったことがなくてもなんの不思議はない。
要するにカリーネは、少なくとも船に関しては、ごく普通の者とは全く逆の生活を送ってきているのだ。
相変わらずきょろきょろと艦橋を見回しているカリーネに、カケルが苦笑しながら言った。
「見るのはいくらでも見て構わないが、変に触ったりしないように」
「それはさすがに言われなくともわかっています」
カケルの忠告に、カリーネはさすがに傷ついたような顔になって振り向いた。
いくらカリーネでも、飛行中の船の機械に不用意に触るとまずいということはよく理解している。
そうでなくては、特注品の船に乗ることも出来ない。
拗ねているような顔をしているカリーネを見て、カケルは内心で苦笑していた。
初めて会ったときから感情を良く出しているとは思っていたが、それは教主としての立場を考えてのものだった。
だが、今のカリーネは、完全にその立場を捨てて、一個人として行動しているように見える。
そして、困ったことに(?)、そちらのほうがカケルにとっては好ましいと感じているのも確かだった。
そんなカケルの気持ちに気付いているのかいないのか、立ったまま辺りを見回していたカリーネに、クロエが静かに言った。
「カリーネ。そろそろ座ってください。揺れはほとんどないでしょうが、ルート移動を開始しますので」
「はい」
様を付けずに、呼び捨てで自分の名を呼んだクロエに、カリーネは素直に頷き返した。
そうするために二人の間でどういうやり取りがされたのかは、カケルは知らない。
自ら余計な修羅場に突っ込むつもりはなかったので、敢えて聞いていないのだ。
もっとも、今はクロエもすっかり当たり前のように呼んでいるので、笑い話のように話してくれるかもしれない。
それでも怖くて聞けないのは、やはりカケルのヘタレな部分が多少出ていると言えるだろう。
それはともかく、カリーネは、クロエに言われた通りに素直に自分の為に用意された席に腰を下ろした。
それを確認したクロエは、すぐに艦橋の操縦席へと指示を出した。
「では、向かってください」
クロエのその指示に、艦橋の者たちからの返答はすぐに来た。
そして、その声に従うように、テミス号はルートの入口へと向かって進み始めるのであった。
いつもよりもだいぶ短いですが、切りがいいので今回はここまでです。