(7)初の大使館(もどき)
クロエとの話し合いを終えたカケルは、すぐにフラヴィと打ち合わせを行った。
カリーネを受け入れると決めた以上、勝手にカケルの判断だけで話を進めるわけにはいかない。
もっとも、たとえカケルが強引に進めたとしてもフラヴィやアルミンは、それに合わせた対応をするだろう。
それはわかっているが、『天翔』内で出来る限り混乱をさせないようにするためには、やはり二人の前もって相談しておいたほうが良いのだ。
ついでに、既にカケルの中で結論は出しているとはいえ、反対の意見も聞いておいたほうがいいということもある。
フラヴィやアルミンであれば、そうした反対意見もきちんと精査していると思っているからこその信頼である。
カケルがフラヴィにカリーネの話をすると、彼女は淡々とそれを受け入れていた。
まさしくカケルの予想通りに、フラヴィはどちらに転んでもいいように、しっかりと準備を行っていたのだ。
あとはカケルの決断次第だけだったので、そちらの方向で『天翔』をまとめればいいだけである。
とはいえ、『天翔』内のごく一部(?)――特に女性――では、悲鳴のような声が上がったとか上がらなかったとかいう話を、カケルは後から聞くことになる。
その話を聞いたカケルは、ただ苦笑を返すことしかできなかった。
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『天翔』内での調整を終えて、その結果をカリーネ及び神国に伝えてから一月後のこと。
カケルは、神国の神都アーゼにあるとある屋敷に来ていた。
その屋敷は、いわばこの世界で初の『天翔』の他国における大使館になる。
もっとも、『天翔』側の大使カケルであり、他の者がその役職に就くことはない。
ついでに、屋敷を管理しているのは、神国と『天翔』で用意した人員がいるが、その者たちは政治的な立ち位置にいる者ではなく、あくまでも家事などの補佐的な業務についている者たちである。
そんな大使館があってもいいのかという意見が一部出たのも確かだが、そもそも他国との交渉をするつもりがない『天翔』にとっては、それだけで十分なのだ。
要は、カケルが神国――正確にはカリーネと繋がりを持っていると示されればそれで良かったのだ。
そして、そのカリーネは、現在その屋敷にある一番大きな部屋でカケルとともにお茶を楽しんでいた。
「しかし、本当によろしかったのでしょうか?」
「おや。今更何を言っているんだ。貴方が望んだことだろうに」
既に言葉使いも通常モードになっているカケルに、カリーネは小さく首を振った。
「いえ。そういうことではなく。私としては、私自身があちらに向かうことになると考えていたのです」
カリーネを含めた神国の上層部の予想では、『天翔』はカリーネを迎え入れることはしても、あくまでも『天翔』内に引き入れることで、今回のように出先機関を作るとまで考えていなかった。
そのため、『天翔』から神都に屋敷を用意して打診があったときは、ちょっとした混乱が起きていた。
とはいえ、その申し出は、神国にとっては願ったり叶ったりのことだったので、すぐに混乱は収まっていた。
それどころか、屋敷の手配から人員の用意まで、お役所仕事とは思えないほどの速さで決まったのである。
その結果、カケルが既にこうして屋敷を訪ねてきているのだから、神国としては上出来の結果といえるだろう。
カリーネの言葉を聞いたカケルは、納得した顔で頷いていた。
「ああ、なるほど。確かに、そんな意見もあったけれどな。それよりは、今のような形のほうが良いだろうということで落ち着いた」
「――理由をお聞きしても?」
閉鎖的な考えをしている『天翔』が、何故こんな形で国外に出先機関を作ることになったのか、それを知りたがっているのは、『天翔』の関係者だけではない。
ちなみに、ペルニアにある屋敷は、あくまでもカケル個人の冒険者としての施設という認識がされているので、国家としての正式な施設は、この屋敷が初めてなのだ。
各国がそれを聞きたがるのは、当然のことだと言えるだろう。
言外に言いたくなかったら言わなくてもいいと言ってきたカリーネに、カケルは少し笑ってから答えた。
「一言でいえば、カリーネには、あの方との繋ぎの役目をしてもらおうと思ってね」
カケルが言うあの方というのが誰のことであるのかは、すぐにカリーネにもわかった。
だが、繋ぎの役目という言葉の意味が分からなかった。
カリーネがこの屋敷に来るにあたって、教主としての役目は既に後任に引き継いでいる。
本来であればこんな短期間で引継ぎを終えることは出来ないのだが、もとから事前に準備を進めていたので、大きな混乱もなく引継ぎを終えてこの屋敷に来ることが出来ていた。
それはともかく、そんな状態なので、既にあの場所に気軽に行けなくなった以上、繋ぎの役目をしてもらうというカケルの言葉の意味が分からなくても当然だろう。
だが、仮にも宗教という巨大な組織のトップに立っていただけあって、カリーネはすぐにとある可能性に行きついた。
ただ、自分で想像したこととはいえ、その衝撃が大きかったのか、少しだけ驚きを顔に現していた。
「…………まさか?」
カリーネのその顔を見て、すぐに何を言いたいのか理解したカケルは、一度だけ頷いてから答えた。
「まあ、そういうことだ。あれと同じものが『天翔』にもできた。……ただ、あくまでも雑談するための部屋だそうだが」
「まあ。あの方らしい」
カケルの答えに、カリーネはくすくすと笑い出していた。
カケルとしても全く同感だけに、その笑いを止めることはしない。
それどころか、教主という立場から解放されたからか、素直に感情を表に出しているカリーネを見て、可愛らしい人だと考えていた。
そんなカケルを見て、カリーネは不思議そうな顔をして聞いた。
「私の顔に何かついていますか?」
「ああ、いや。以前よりも可愛らしい雰囲気になったなと思っていただけだ」
さらりとカケルがそんなことを言うと、カリーネは一瞬キョトンとした顔になってからすぐにプイと横を向いた。
「突然、何を仰っているのですか」
そう言った言葉自体は、いつも通りに平静を装っていたが、耳を見ればわずかに赤くなっている。
それに気付いたカケルは、もっと揶揄おうかと一瞬考えたが、すぐ傍にいたクロエからの視線を感じて自重しておいた。
その代わりに、本題の話に強引に戻すことにした。
「というわけだから、今後カリーネにはそちら方面での役に立ってほしいと考えている」
「――そういう事でしたら喜んで」
カケルからの要請に、カリーネは頭を下げながらそう答えた。
カケルの言う通り、カリーネは、あの方が関わることであれば自分が適任だろうという自負があるので、なんの抵抗もなくその役目を受け入れるのだった。
大使館というよりは、総統の別邸(別荘?)といったほうが正しいかも知れませんw