(3)ナウスリーゼからのお願い
以前と同じように東屋のある場所へと出たカケルは、まっすぐにそちらに向かって歩いて行った。
今日は、東屋のテーブルには椅子が二つしか用意されていない。
前に来たときはきちんと三つ揃っていたので、来る人数に合わせて用意されていることが分かった。
椅子は対面になるように用意されていたので、カケルはその片方に腰かけた。
すると、それを待っていたかのように、向かいの椅子にナウスリーゼが現れた。
「ようこそいらっしゃいました。わたくしの招きに応じていただき感謝いたします」
「こちらこそ、懐かしいものを見ることが出来て、嬉しく思っていますよ」
それはカケルの本心だった。
ゲームのパスワードなど、他と揃えて使っていない限りは、二度と使うようなものではない。
それが、こんな形で役に立つとは、かけらも考えていなかったのだ。
そんなカケルの感傷に気付いているのか、ナウスリーゼは少しの間、言葉を発することなく黙っていた。
そして、フフフと小さく笑ってから何かを思い出すような顔になって言った。
「わたくしとしては、カケル様がこの世界に来られたというだけでご迷惑をかけたと考えているのですが、更にこの世界のことまで考えていただけるとは思っていなかったのです。ですので、今回はそのお礼も兼ねてお招きした次第です」
ナウスリーゼの台詞を聞いたカケルは、この世界の技術を好きに高めてもいいのだということを理解した。
もしかしたら、あまり高度に文明を発達させるなという忠告を受けることもあるかも知れないと、多少なりとも考えていたのだ。
「なるほど、そういうことですか。ですが、あまり気になさる必要はないですよ? 私としても好きに行動している結果ですから」
カケルがさらりとそう答えると、ナウスリーゼは苦笑交じりの笑顔になった。
「ということは、カケル様の行動が、世界にとって良い影響をしかも多大に与えているということになりますね」
そう実際に言葉にされると、確かにその通りだと思えて来る。
もっとも、カケルは、そんなことはこれっぽっちも考えたことはないのだが。
ナウスリーゼもそのことを理解したうえで、この話を持ち出していた。
それが、ナウスリーゼにとっても利益があるからこそであり、さらに次の話を持ちかける理由にもなっている。
「カケル様が実際にそれを考えているかどうかは関係ないのですよ。結果そうなっていることが重要なのですから」
「あ、はい。……ありがとうございます?」
微妙に納得し難い思いが出てしまったのか、つい返答が疑問形になってしまった。
そんなカケルにナウスリーゼは、声を出して笑ってからさらに続けた。
「そんなカケル様に、お願いと言うか、要望があるのですが」
改まった様子でそう言ってきたナウスリーゼを見て、カケルは来たかと心の中で気を引き締めた。
ナウスリーゼがカケルをこの場に呼び出したのは、単に雑談をするためだけとは考えていない。
そんなカケルに、ナウスリーゼは笑顔のままで続けていった。
「もしよろしければ、『天翔』の本部、ウルス号にもこのような場所を設けてもらえないでしょうか?」
「………………ハイ?」
ナウスリーゼの要望を聞いたカケルは、たっぷり十秒ほど黙り込んでから首を傾げた。
それほど、今の言葉は、カケルにとっては予想外だったのだ。
そんなカケルに、ナウスリーゼは面白そうなものを見た顔になっていた。
「あら。そんなに意外でしたか? なんの後ろ盾もない『天翔』にとっては、最良の話だと思うのですが?」
少し揶揄うような顔でそう言ってきたナウスリーゼを見て、カケルは逆に冷静になれた。
勿論、ナウスリーゼが敢えてそうしているという事は、きちんと見抜いている。
「……逆に、余計な虫も色々と増えそうですが?」
「あら。それは、今の状況でも変わらないでしょう? カケル様が『天翔』内に籠るというのならともかく」
まったくもってその通りなので、カケルとしても反論の余地が無い。
思わず苦笑してしまったカケルに、ナウスリーゼは再び笑顔を浮かべて言った。
「というのは、あくまでも建前です」
「建前……というと?」
「あちらの世界を知る者どうしで、もっと話が出来る機会があってもいいと思いませんか?」
さらりとそんなことを言ってきたナウスリーゼを見て、カケルは思わずドキリとしてしまった。
この時ばかりは、神としてではなく、昔の自分を知る一人の女性としてナウスリーゼを見てしまったのである。
そんなカケルを見て、ナウスリーゼは面白そうな顔になって笑っていた。
先ほどからいろいろな笑顔を見せているナウスリーゼだったが、どれを見ていても飽きない。
なぜかそう思わせる魅力が、ナウスリーゼの笑顔にはあった。
流石女神と、割と的外れでどうでもいい感想を抱いたカケルに、ナウスリーゼは小首を傾げた。
「それで、答えはいかがですか?」
「ウルス号であれば、私の私室を使えばいいと思うので、特に問題はないと思いますよ」
ウルス号には、カケルの私室と呼べる場所が幾つか用意されている。
そうした部屋には、決して近付いてくる者がいないので、そのうちの一つを解放すれば、問題は起きないはずである。
そもそも、この東屋に来るときもそうだが、ナウスリーゼがその辺の対策を取らないわけがない。
カケルの答えに、ナウスリーゼはどことなくホッとした表情を浮かべた。
こうして見ていると、女神というよりも、一人の女性と変わりがないように見える。
勿論、その人間離れした美貌や受ける威圧などは変わっていないのだが、表情のひとつひとつに人らしさが見え隠れしている。
ゲームの時には、神様としてグラフィックでしか見ることが無かった相手だけに、カケルとしてはなんとも不思議な感覚を覚えていた。
女神だけに、そんな表情を敢えて見せているということも考えられるのだが、悪い気がしないというのが、カケルの本音だった。
それに、ナウスリーゼの為に、ウルス号の一室を開放するくらいはなんの問題もない。
そもそも女神であるナウスリーゼが、『天翔』に対して排除の意思があるのであれば、わざわざこんな手間を掛けなくてもいいのだから。
そんなことを考えていたカケルに、ナウスリーゼは小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。これで次からは余計な手間を掛けなくて済むようになります」
その言葉を聞いて、ようやくカケルは一度しか使えないパスワード問題のことを思い出した。
確かに、直接会える手段が出来るのであれば、いちいち暗号めいたものを考えなくても済む。
二重三重でいろいろなことを考えてあるナウスリーゼの一手に、カケルはさすがだなと思うのであった。




