(2)奥の間へ再び
カケルたちは、ベルダンディ号ではなく、テミス号に乗って神国へと入った。
特に理由はないが、表向きの依頼の内容が内容だけに、あまり仰々しくする必要もないと考えたのだ。
その気遣いが必要だったかは、カケルにもよくわかっていない。
とにかく、テミス号は国境門で止められることもなく、スムーズに神国入りすることが出来た。
その際に、妙にへりくだったような扱いを受けたカケルだったが、こんなものだろうと、あまり気にすることなく対応をしていた。
付け加えると、クロエやミーケも同じだったので、カケルが気付けなかったということもある。
そのままナウスリーゼ神国のアーゼに入ったカケルたちは、出迎えてくれた高官に誘導されるままに、再びカリーネの住まいである神社へと赴いた。
カケルは既にその神社が、ただの教主の住まいではないということをきちんと知っている。
神社に入るときには、神国側の者たちが減るのも以前と変わらず、カケルはクロエ、ミーケと共に建物内へと入った。
そして、以前と同じ部屋に通されたカケルたちは、そこで正座をしながら礼をしているカリーネと再会することとなった。
頭を上げたカリーネは、早速とばかりにカケルに話しかけて来た。
「ようこそいらっしゃいました。再びこの部屋で会えるとは思っておりませんでしたので、嬉しいです」
「あ~。あのようなメッセージを頂いてしまっては、無視するわけにはまいりませんので」
カケルがそう答えると、カリーネは真面目な顔で頷いた。
「そうですか。私にはどういう意味か分からなかったのですが、きちんと通じたのですね」
あの依頼を出したのはカリーネだが、パスワードの部分はどういう意味か分かっていない。
それは、カケルとあの方が知っていればいいと考えているのだ。
カリーネの言葉に微妙な表情になったカケルは、
「あ~、まあそういうことですね」
と、これまた微妙な返答をすることしかできなかった。
あの暗号もどきは、一度しか使えないことは、ナウスリーゼ神もわかっているはずだ。
もし、このあともカケルとの面会を希望しているのであれば、別の手を考えなければならない。
ただし、こんなことをこの場でわざわざ口にするほど、カケルは愚かではない。
そんな微妙な空気を読んだのか、もともとそのつもりだったのか、カリーネはそれ以上そのことについて触れてくることはなかった。
その代わりに、カケルを導くように、以前のように奥に進むように言ってきた。
「それでは、カケル様は奥にお進みください。あの方がお待ちしているはずですから」
カリーネの微妙な言い回しに気付いたカケルは、小さく首を傾げた。
「……ん? 私は?」
「はい。今回は、私は呼ばれておりませんので、カケル様だけでお入りいただくことになります」
カリーネはあっさりとそう言ったが、カケルは内心で少しだけ驚いていた。
今カケルたちがいる神社は、ナウスリーゼ神国にとっての中枢といっても良い場所である。
さらに、奥の部屋は最高機密の場所といってもいいところだ。
そんな場所に、部外者であるカケルが、たったひとりで出入りしていいのかという驚きだった。
驚きを一応顔には出していないカケルだったが、カリーネはそれを見抜いたように、小さく笑って言った。
「あの場所は、あくまでもあの方のための領域になります。それは、いくらここが神国の中枢であっても変わらないのですよ。むしろ、あの方の意向を無視してしまえば、この場所さえ失われてしまうこともあり得ますから」
カリーネはあっさりとそう言ってきたが、カケルとしてはそんな重要な情報を話していいのかと思ってしまった。
ただし、考えてみれば、相手はこの世界を管理している神なのだから、邪な思いで近付いたとしても意味がないことは明白だ。
何しろあの場に出る出ないを決めるのは、あくまでもナウスリーゼ神である。
例え、無理やりこの場所を奪い取ったとしても、ナウスリーゼ神が気に入らなければ、出てこなければいいだけなのだ。
カリーネの言葉に納得したカケルは、頷きながら応じた。
「なるほど。それならばいいのです」
「はい。ですから、カケル様は安心してクロエ様とミーケ様を私にお預けください」
「……はい?」
カリーネの言い方に、カケルは何やら不穏なものを感じた。
だが、カリーネはそれには答えずに、カケルを促すように奥に進むように手で示した。
「あまりあの方をお待たせしてはいけません。いくらカケル様でも、あの方のお叱りは受けたくないですよね?」
そう言われてしまっては、カケルとしてもこんなところでぐずぐずしているわけにはいかないという気になってしまう。
相手が相手だけに、軽く扱っていいわけではないことは、重々わかっていることなのだ。
そして、本当に任せてもいいのかと不安になりつつも、カケルは諦めて奥の部屋へと入るのであった。
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「――――さて」
カケルが奥の部屋へと姿を消すのを見送ったカリーネは、そう呟きながら視線をクロエとミーケへと移した。
「ここから先は、私個人の意見とお願いになりますが、よろしいでしょうか?」
「……どういうお話でしょうか?」
カリーネの言葉に、クロエは逡巡してから答えた。
何となく嫌な予感が走った為なのだが、そのことにクロエ本人も気付いていなかった。
カリーネは、クロエの返答に一度頷いてから話し始めた。
「私が、カケル様の女として傍に仕えることです」
「それは――」
そう言って、反射的に突っぱねようとしたクロエだったが、カリーネの次の言葉に言葉を引っ込めることになった。
「勿論、カケル様にも利がある……というよりも、カケル様が今のように活動を続けたいのであれば、むしろ必要なことだと思うのですが、貴方はそれを止めるのですか?」
そのカリーネの言葉に、クロエは思わず黙り込んでしまった。
そしてそれが、クロエもカリーネがこれから話そうとしている内容を、既に考えていたということを証明していた。
そのクロエの反応に、カリーネはホッとしたような顔になった。
「良かったです。もしあなたが、それでも頑なになるのであれば、評価を変えなければならなかったですから」
「……どういうこと?」
カリーネの台詞に、黙って聞いていたミーケが口を挟んでいた。
その視線は鋭くカリーネをにらんでいる。
そんなミーケを右手で抑えながら、クロエは感情を表に出さないようにしながらカリーネを見て言った。
「貴方が言いたいことは分かっているつもりですが、カケル様がそれを望まなかったとしても、貴方はそれを言うのですか?」
「おや。それこそカケル様であれば、この程度のことは十分に理解していると思うのですが?」
カリーネがそう答えると、クロエは再び黙り込んだ。
ここで対応を間違えると、カケルの望まない方向に話が進むかもしれない。
クロエが最も恐れているのはそのことであり、それゆえに、この場で言える答えはひとつしかなかった。
「……私が決めることではありません。きちんと、カケル様が戻ってから話をするべきでしょう」
「そうですね。私としては、その答えがもらえただけでも十分です」
そう答えながらニコリと微笑むカリーネを見て、クロエは内心で大きくため息をつくのであった。
女の戦いが!
――起こりそうで起こりませんでしたw




