(6)オプション選択
カケルとクロエを放置して奥に行った受付の女性は、五分もせずに戻って来た。
カウンターから離れて用意されていた椅子に座ってとりとめもない会話をしていた二人の元に、受付の女性が近づいてきた。
「申し訳ありませんん。お待たせしました」
「ああ、いえ。いいのですが、なにか問題でも?」
彼女の慌てようから何かあったのかとカケルが問いかけたのだが、女性は首を左右に振った。
「いいえ。……実は機体の貸出でYTSを希望される方は非常に少ないので、すぐにご用意が出来るのか確認しておりました」
「そうでしたか。それで、問題なく?」
「はい。きちんと用意してあるのが、確認できました」
「そうでしたか。よかった」
安心したように微笑む女性に、カケルは頷きを返す。
いくら不人気な機体だからとはいえ、貸出可能だとしてカタログに乗っている以上、準備が出来ていなかった場合はギルドの不手際になる。
受付の女性が慌てるのも当然だった。
「それにしても、そこまで人気がないのですか?」
「ええ。YTSは中途半端という評価で、どうしても手が伸びないようです。初めての方は特に噂に左右されがちですから」
「なるほど」
確かにカケルが借りたYTSは、全てにおいてバランスが取れた機体である。
逆にそれが、特化するのを妨げていると言われれば、そうかもしれない。
ただ、カケルが知る限りYTSにも特化する道がないわけではないのだ。
もしかしたら、この世界ではその方法を知らないのかと考えて、カケルは余計な情報を与えないように相槌を打つ以上のことはしなかった。
そんなカケルの思惑など露知らず、受付の女性はいつも通りといった感じで話を進めた。
「それでは、このままお引き渡しの手続きに入ってもよろしいでしょうか?」
「ええ。あ、いえ。こちらのカタログにあるオプションサービスは、どういったサービスでしょうか?」
カタログの後ろの方に「ここから有料オプションサービス」と大きく書かれて、オプション品の情報が記載されていた。
もしこれらのオプションが付けられるのであれば、出来るだけ付けておきたい。
既につけるオプションには目を付けてあった。
「オプションサービスですか。勿論ご利用することは可能ですが、よろしいのですか?」
首を傾げながらそう聞いてきた受付の女性に、カケルは同じように首を傾げた。
「何か問題でもあるのですか?」
「問題というよりも、借り物の機体に料金を掛けてチューンする者が少ないのです。オプションにお金を掛けるのであれば、専用の機体を購入するほうに回したい、と」
「なるほど、そういうことですか」
借りた機体をチューンしても、返す時にはそのオプションは外さなくてはならない。
オプション自体は購入することになるので、機体を返すときは取り外すことになる。
ただし、借りていた機体を購入してそのまま使い続ける場合は、外す必要はない。
付け加えると、借りていた機体を購入する金額は、年数や耐久度など色々な要素から計算する。
早い話が、中古車の購入と同じようなことになる。
カケルとしては、借りた機体はあとで購入するつもりなので、オプションを付けることには何の問題もない。
それに、使い込まれた機体というのは、とある理由で新品のものよりも優れている部分があったりする。
この世界ではそれがどういう扱いになっているのか分からないが、一つの機体を育て続けるというのは、カケルにとっては楽しみの一つだった。
「借りた機体は、購入する予定になっているので、特に気にしません。それよりもオプションを付けたいです」
「なるほど。畏まりました。それでは、手配をいたします」
借りた機体を購入すると聞いた受付の女性は、一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに営業スマイルを浮かべて手続きに入った。
小型のタラサナウスにつけられるオプションは、全部で三種類までとなる。
カケルは、三つ分のオプションを選んで機体につけてもらうようにした。
手続きを進めていた受付の女性は、やがて顔を上げた。
「こちらで、全ての手続きは終わりになります。オプションの選択をされましたので、機体の引き渡しは三日後になりますが、よろしいでしょうか?」
「三日後ですね。わかりました」
ここでごねても仕方ないので、カケルは素直に同意しておく。
特級料金を払えば早めることも出来なくはないだろうが、せいぜい一日かそこらしか短縮できない。
それであれば、空いた時間を使って別のことをすればいい。
この世界に来たばかりのカケルは、調べることは山ほどある。
三日程度の期間であれば、あっという間に過ぎてしまうだろうと考えるカケルであった。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
小型・中型のタラサナウスは、通常ヘキサキューブ内にある工場で作られる。
そのため、工場からカオスタラサに行くための港に行くには、通常空間を飛んでいく必要がある。
ほとんどの場合、工場とポートの間は近い距離にあるのだが、場合によっては工場からポートまで長い距離を飛んでいくこともある。
勿論、機体の納品は工場ではなく別の場所を用意している会社もあったりするので、新しい機体を手に入れた冒険者が工場で納品してもらうわけではない。
流石というべきか、冒険者ギルドはポートとの近くの場所を確保しているようで、カケルは約束の三日後に機体の受け取り場所まで赴いた。
ギルドの貸出機体の受け取り場所は、工場と直結しておりギルドの職員が待っていた。
ただし、待っていたのは職員だけではなく、なぜか機体の整備師まで一緒についていた。
よほどカケルが注文した機体が物珍しかったらしく、どうしても本人を見たくなったといって職員と一緒に待っていたのだ。
「よお。お前さんか、あんな奇天烈な機体を注文したのは?」
ドワーフの整備士は、カケルの姿を見るなりそう言って来た。
奇天烈といわれて内心で首を傾げたカケルだったが、それはおくびにも見せずに頷くだけにとどめている。
「ええ、そうですが、貴方は?」
「おお、すまんな。俺は整備士のゲルトだ。よろしくな!」
そう言ってゲルトが差し出して来た右手をカケルも握った。
ゲルトから話を聞いたカケルは、首を傾げながら不思議そうに言った。
「そんなに不思議なことですか? むしろ、普通にあり得る構成だと思うのですが」
カケルが頼んだオプションは、別に珍しい物を頼んだという意識はない。
むしろ、ゲームをやっていた時には、初期としてはいくつかある選択肢の中でも普通に上げられている構成なのだ。
だが、そんなカケルにゲルトは首を左右に振った。
「お前さんの言う通り、別に珍しい構成ではないな。だが、新人がこれを頼んだってのが珍しいんだよ」
ゲルトの言い分では、カケルが頼んだ構成は、デビューしたての冒険者が頼むようなものではないらしい。
それは新人に限らず、今のダナウス王国の主流は、攻撃力に優れる重量型か、回避・逃走に優れる軽量型に偏っているらしい。
カケルが頼んだ隠ぺいに優れるバランス型は、ほとんど見ない構成になっていた。
だからこそ、ゲルトはわざわざその新人の顔を見に来たのである。
そのゲルトから見たカケルは、ごく普通の青年といった印象しか持たなかった。
ただし、長年この仕事に携わって来たゲルトは、最初の印象が普通でも大化けに化ける者たちも見てきている。
そのためカケルを見てもゲルトは決して侮ったりしない。
むしろ、初心者のはずなのに、あんな構成でカオスタラサに出ようとする度胸を買っていた。
あるいは、長い間この仕事に関わって来た勘で気付いていたのかもしれない。
この新人は、なにかやらかすぞ、と。
そんなゲルトの思いをよそに、新人のカケルは、ギルド職員と自分に見送られてタラサナウスへと乗り込んだ。
ようやく機体を手に入れました。
といっても、まだレンタルですがw
カケルは借りた機体はそのまま買い取る予定でいます。