(9)発展の妨げ?
ライザーとの会談の後、カケルは何もせずに、話し合いの結果が出るのを待っていた。
勿論、その間は、まったく何もしていなかったわけではなく、『天翔』の支配領域に戻って、テミス号での領域探索などを行っていた。
その間にもいろいろな資源を見つけたりしていたのだが、それはいつもの事なので、淡々と処理されていた。
資源が見つかったときは驚かれるのだが、その後に決まって「カケル様が」と続くと納得した顔をされていた。
既に『天翔』では、カケルが探索に出るたびに資源を見つけるのが当たり前となっているのである。
勿論、そんなはずはなく、見つけられないときもあるのだが、それが人と比べると明らかに割合が高いだけなのだが、『天翔』ではそういう扱いになっている。
そんなやり取りを経て、カケルたちがペルニアに戻ると、既に屋敷にはライザー王との約束(?)のシステムが出来上がっていた。
たったひと月ほどでそれほどの物を作り上げたのを流石と言うべきか、呆れるかは判断が別れるところだ。
ちなみに、システムといってもカケルの知る電子的(PC)なものではない。
冒険者ギルドの掲示板よろしく、屋敷の一室に難易度や依頼内容で分けられたものが貼られているのである。
それらを張るのは、各国が用意した事務員さんたちだ。
そこは、きっちりと公平性を考えて、人を雇っているらしい。
カケルは、自分を使うためにどれだけの手間と予算を掛けるんだと呆れたが、用意されたものは素直に受け取ることにした。
それだけ今まで上げて来た成果があったのだと思うことにする。
「……とはいえ、流石にやりすぎだとは思うが……」
用意された部屋で職員がウロウロしているのを見つけたカケルは、ため息をつきながらぼやいた。
「それだけの成果を上げられると思われているのでしょう」
「それはわかるが、結果が出せないこともあるだろうに」
クロエの言葉に、カケルは渋い顔をしながらそう続けた。
システムを作れと言ったのはカケルなのに、いざできたものを見ると、完全に腰が引けていた。
そんなカケルの様子を見て、ひとりの職員が近付いてきて言った。
「運営している予算のことは気にしないでください。これまでカケル様が上げた成果の中から出されておりますし、これから成果を上げていただければ、帳消しになると見込まれていますから」
ニッコリと微笑みながら言ってくる職員を見て、カケルは額に手を当てた。
「あ~。さようでございますか」
と、わざとらしい返答をしながら、期待に応えるべく掲示板へと向かった。
まさかのマンパワー解決に引きぎみになっているカケルだったが、掲示板の依頼を見始めると真剣な顔になった。
そして、一通りそれらの依頼を眺めたカケルは、先ほど話しかけて来た職員を呼んでから言った。
「……本当にこの依頼で、元が取れるのか?」
「え? ええ、それは間違いないです。特に、上にある方からやって頂けると助かります」
この掲示板に貼られているのは、あくまでもカケル専用なので、期限が設けられているものはない。
別の冒険者なり軍が解決してしまえば、それらの依頼も下げられることになるが、それは職員が片付けるので基本的にカケルは意識しなくてもいい。
ただし、カケルが聞きたかったことは、そのことではない。
「本当にこれらの依頼が、各国で塩漬けになっているのか……」
この場合の塩漬けというのは、依頼が達成できずに、浮いた(放置された)ままの状態になっているということだ。
「え、ええ。カケル様のレベルからすれば、信じられないかもしれませんが……」
「ああ、いや、そういうことを言いたかったわけではないんだけれどな」
カケルはそう言って、ちらりと後方に控えていたクロエとミーケを見た。
「……どう思う?」
カケルがそう問いかけると、二人は掲示板に近寄って来て内容を確認し始めた。
そして、一通り案件を見終えたクロエが、わずかに顔をしかめながら言った。
「これは……予想以上ですね」
「そうですにゃ。うちらと比べてレベルが低いとは思っていたけれど、ここまでとは……」
そう言ったミーケの声には若干の呆れが混じっている。
ダークホエールを倒したときにもわかってはいたが、この世界のレベルは、明らかに『天翔』のそれとは格下といえる。
だが、ここまでくると、それは単に技術のレベルが低いだけとは考えられないとさえ、カケルには思えた。
「なんだろう……ここまでくると、故意に抑えられているとしか思えないのだが……」
「そんなことがあり得るのでしょうか?」
クロエから疑問の視線を向けられて、カケルは脳裏にちらりとナウスリーゼの姿を思い浮かべたが、すぐに首を左右に振った。
ナウスリーゼがわざわざそんなことをするとは思えないし、何よりそうであるならば、カケルを送って来るなんてことはしないだろう。
この世界に来るときに話した内容を思い出したカケルは、そう結論付けた。
だからこそ、何か他の理由があるはずだと考えたカケルは、ふと思い出したような顔になって言った。
「……疑似精霊に頼りすぎているのか?」
その思い付きのようなカケルの呟きに、クロエとミーケはなるほどという顔になった。
確かにそれであれば、カケルたちにとっては、不自然にも思えるレベルの低さの理由が当てはまるように思える。
疑似精霊に頼りきりになるということは、多少大げさに言えば、完全自動運転の自動車に乗っているようなもので、乗組員の技術が伸びるわけではない。
今のタラサナウスは、全てを疑似精霊に任せて運転するわけではないのだが、それでもある程度までは疑似精霊に任せて運転することが出来るようになっている。
カケルの考えをまとめるように、クロエが言った。
「この世界では、タラサナウスの発達、もっと言えば疑似精霊が成長するのに合わせて、発展の度合いも上がっていくというわけですか」
勿論、その時々の判断は乗っている者たちがすることになるのだが、あくまでも機体の制動は疑似精霊以上にはならないということになる。
「それは、面白くないにゃ」
「だな。それに、それだとダークホエールの討伐の時にあれほど驚いていたのも説明がつくな」
あの時のカケルは、単純にタラサナウスを操作するための技術力が不足していたと考えていたのだが、そもそも個々の技量を磨くという事をしていなければ、そうなるのも当たり前だった。
もっと言えば、この世界での乗組員たちは、いかに疑似精霊の能力を高めるかに注力しているということになる。
それはカケルもやっていることなので否定まではしないが、それだとカオスタラサの探索が頭打ちになるのも当たり前だ。
乗組員たちの操縦性能や判断力を上げないことには、どうしたって発展の度合いは止まってしまう。
なぜなら、技術の発展には新しい資源が必要になり、そうした資源は探索が難しい場所にあるのがほとんどだからだ。
これから先のことを考えて、カケルはため息を吐くことになるが、まずは目の前にある依頼をどうにかしようと考え始めるのであった。