(7)政治的なやりとり
楽しい時間が終われば、その後には面倒な時間が待っているというのは、どの世界でも共通のようで。
コンラート王から直々に受けた依頼を終えてきちんと冒険者ギルドへ報告をしたカケルは、現在その面倒なやり取りをしていた。
ペルニアの屋敷にある通信機に映っているその人は、ダナウス王国のコンラート国王その人である。
「――それで、何用でしょうか?」
「そんな仏頂面をするな。私が直々に依頼した調査を終えてくれたのだ。きちんと礼を言うのが筋だろう?」
たった数時間前に冒険者ギルドの窓口に報告した依頼が、あっという間に国のトップにまで報告が行っているというだけでも胡散臭いことこの上ない。
そんなカケルの心情を表情から読み取ったのか、コンラートは降参とばかりに両手を上げた。
「わかったわかった。確かに、依頼云々は建前でしかない。というよりも、依頼の報告が手元にあるのは、ただの偶然だ。もともと、其方が戻って来た時点でここまで連絡が来るようにしていたのだ」
未探索領域の調査は、基本的に時間をかけて行うのが常である。
たとえ調査隊が補給やその他の理由で拠点に戻っていたとしても、それだけで依頼完了であるとは限らない。
そのため、コンラートが言ったお礼云々というのは、元から連絡を取るための理由ではないと、カケルは最初からわかっていたのだ。
コンラートの話した言葉に、それであればまだ納得ができると、カケルは先を続けるように身振りだけで促した。
「うむ。其方と連絡が取りたいと、こちらにも頻繁に多方面から打診が来ていてな……」
「それでは、失礼します」
有無を言わさず通信機を切ろうとしたカケルを、コンラートは慌てて止めた。
「いや、待て待て。そのほとんどはこちらで断ることができるのだが、どうしても一つだけは断り切れないところからのものなのだ」
コンラートが最後まで言い切ると、カケルはため息をついた。
話の流れからここまで聞いてしまえば、カケルとしても断りづらい相手ということが分かる。
「……できればこのまま耳を閉じて、『天翔』に籠ってしまってもいいでしょうか?」
「まあ、止める権限はこちらには無いが……無駄に終わると思うぞ? 恐らく、教主からの連絡が行くだろうからな」
この言葉だけで、その相手は教主相手にも多少の無理を通せる身分ということになる。
「ハア……。それはそれで面倒ですね」
「そうであろう?」
何やら訳知り顔で頷くコンラートを見て、カケルは内心で顔面パンチを贈っておいた。
一国の王に対して実際にそんなことをすることは出来ないので、勿論心の中だけでとどめておく。
もっとも、横に立って様子を見ていたクロエには、しっかりと気付かれていたようで、何やら微妙な表情になっていた。
そんなことなどおくびにも出さずに、カケルはもう一度、今度はわざとため息をつきながらコンラートを見た。
「それで? コンラート王が困るほどの相手とは、どなたでしょうか?」
「……其方が言うと、嫌味なのか称賛なのか、判断に困るところだな。ロイド王国のライザー王だ」
「それはまた……。確かに断り難い相手ですね」
「そうだろう?」
敢えて嫌味を含めて言ったカケルだったが、気付いていないはずがないコンラート王は、綺麗にそれを無視してそう言ってきた。
ダナウス王国ほどの国力があれば、相手が一国の王であってもカケルへの取次など無視することは出来なくはない。
それをあえて無視することができないとまで言って、わざわざカケルに話したということは、単純にライザー王がカケルと話をしたいというだけではないことが分かる。
というよりも、そんな理由はひとつしか思い当たらない。
「いくら小国といえども、ライザー王の性格であれば、無視することも可能でしょうに」
以前、『天翔』で話したこととは矛盾するようなことをカケルが言うと、コンラート王はにやりとした笑みを浮かべた。
その顔を見るだけで、ライザー王の裏には、様々な勢力がうごめいているということが分かる。
今のところカケルと直接会話をした権力者のトップは、コンラート王とカリーネしかいない。
そのため、その両者とさらに性格が離れているライザーとカケルを、直接話をさせて、反応を見ようという思惑が透けて見える。
ライザー王にしても、自分自信で直接カケルと話ができるのであれば、願ったりかなったりの部分はある。
それらの思惑が噛みあった結果、コンラートへの「お願い」に結びついたということだ。
カケルがそれらの事情をしっかりと理解していると判断したコンラートは、わざとらしく頷きながら言った。
「まあ、そう簡単にはいかない事情というのもあるのだろうな」
「はあ、そうですか」
カケルは、呆れた表情を隠すことなくそう答えた。
「それで? 連絡はどのようにとれば……ああ、いえ。是非、ここから出来るようにしてください」
「おい、こら」
カケルの意図をきちんと理解したコンラートは、思わずといった感じでそう返してきた。
ライザー王との通信場所をペルニアの屋敷にすることで、しっかりとダナウス王国に後ろ盾になってもらうつもりなのだ。
『天翔』の場所をむやみに知られたくないカケルとしては、一石二鳥の方法である。
とはいえ、この時点でダナウス王国がカケルの後ろ盾になると公にすることは、あまり良いことではない。
そのため、わずかに顔を引き攣らせているコンラートに、カケルはどこ吹く風で続けた。
「いいではありませんか。もし断ると仰るのであれば、神国に頼むことになると思いますよ?」
「……むう」
それはそれでダナウス王国にとってはあまり良い状態であるとは言えない。
ナウスリーゼ神国は、カケルが頼めば喜んで後ろ盾になってくれるだろう。
それは、コンラートもよくわかっている。
しばらく悩むような顔をしていたコンラートは、ついにため息をつきながら言った。
「……持ち帰って検討する」
実に政治家らしい答えに、カケルは笑顔で頷いた。
流石に国の方針を決めることになりかねないことを、コンラート一人で決められるとは考えていないのだ。
勿論、出来るだけ早めに決めてくださいと念を押しておくことも忘れない。
それには、もし時間がかかるようであれば、ライザー王との会談のことは忘れて、さっさと逃げ出すということも含まれている。
それが理解できたからこそ、コンラートは、苦い顔をして頷いていた。
コンラート国王との通信を終えた後で、クロエがカケルに聞いて来た。
「よろしかったのですか?」
『天翔』としては、別にライザー王との会談を行う必要性は見当たらない。
全てを無視して、『天翔』に引きこもってしまうこともできなくはないのだ。
だが、カケルは敢えてその方針を選ばずに、ライザーと会談をすることを選んだ。
「別に構わないさ。どうせ冒険者として活動していく以上は、必要なことだからね」
言外に、『天翔』の総統として、取引その他の話をするつもりはないといったカケルに、クロエは納得した顔で頷くのであった。