(5)貸出手続き
翌朝。
ホテルのロビーで待ち合わせをしたカケルは、予定の時間より少し早めについた。
だが、待ち合わせ場所には、既にクロエが周囲の視線を集めながらカケルを待っていた。
カケルが辺りを見回したときには、男のうちの何人かが「お前行けよ」などとクロエに突撃をするような話をしていた。
そして、カケルが完全にクロエの傍に近寄ると、主に刺すような視線を感じる羽目になった。
何しろカケルの姿を認めたクロエが、笑顔を見せたのだから当然だろう。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。少し遅かったかな?」
勿論、自分が少し早めに出てきているのは知っているが、待たせてしまったことを詫びる意味を込めてカケルはそう問いかける。
そんなカケルに対して、クロエは笑顔のまま首を小さく振った。
「いいえ。そんなことはございません。私が少し早く来すぎたのです」
「そうか」
クロエの答えに頷いたカケルだったが、どうにも周囲の視線のせいで居心地が悪く感じていた。
そんなカケルの様子を見て状況を察したクロエが、助け舟を出して来た。
「それでは、参りましょうか。昨日お話した通りでよろしいのですよね?」
「ああ。今日はギルドに船を借りに行く」
クロエの問いかけに、カケルはそう答えた。
カケルがいった「船」というのは、タラサナウスのことだ。
そもそもタラサナウスは、カケルがいた元の世界の飛行機や船のように、決まった形をしているわけではない。
ただし、ゲームの世界でもそうだったように、便宜上三つに区別されていた。
一つは<船型>で、その名の通り船の形を基調としている。
二つ目は<飛行機型>で、こちらは胴体と翼を持った形だ。
そして、最後の一つが<フリー型>で、何でもありといった感じだ。
中には円盤のような形をしたタラサナウスもあるので、そうした物は<フリー型>に含まれることになる。
そんな中でカケルが好んで使っていたのが、<船型>のタラサナウスだった。
もっとも、どの型を使っていてもタラサナウスのことを「船」と呼ぶのが一般的な呼び方になっている。
女神であるナウスリーゼが最初に送ったタラサナウスが<船型>だったと言われていることから、そう呼ぶようになったという説もあるが真偽のほどは定かではない。
ちなみに、カケルも含めてゲームのプレイヤーが「船」と呼んでいたが、それは単純にゲーム内でそう呼ばれていたからである。
カケルは、そんなことを思い出しながら、周囲の視線を集めながらギルドまでの道を進んだ。
「何でしょうか?」
途中で思わずクロエの顔を窺っていると、その視線がばれて首を傾げられてしまった。
「ああ、うん。何でもないよ。ちょっと不思議な感じがしただけだから」
カケルが行っていたゲームでは、クロエはプレイヤーのサポート的なキャラだった。
そうしたキャラは何人かいるのだが、その中でもクロエは、カケルがゲームの世界に降り立った時から横にいてくれた。
ちなみに、キャラメイクはプレイヤー自身で行えたため、かなり気合を入れて作った。
そんな存在(女性)が、こうして現実の世界で一緒に町を歩くことになるとは思っていなかった。
カケルは、気恥ずかしいような、くすぐったいような、嬉しいような、何とも複雑な気分になってしまっていたのである。
♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦
二人が泊まっていたホテルは、ギルドから徒歩で行けるほどの距離にあったので、到着するまでさほど時間はかからなかった。
ギルドの中でも同じように視線を集めながら二人は受付へと進んで行った。
「いらっしゃいませ。本日のご用件は?」
「ああ。彼女の登録と船の貸出手続きをお願いします」
「かしこまりました」
受付に座っていた女性は、昨日の人とは違っていたが、慣れた様子で頷いた。
「それでは・・・・・・ギルドについての説明はいかがいたしますか?」
「ああ、それは私がするので大丈夫です」
昨日一通り説明をしてもらっていたが、ギルドの規定などはゲーム時代と変わっていない。
内容としては、依頼を受けるのは素材がある状態で受け付けるということや、ランクは依頼の受付回数によって変わってくるといったことだ。
当然ながら素材がある状態で受け付けるので、依頼が失敗するということはない。
そのため、依頼受付回数がそのままランクの上昇へと直結することになる。
依頼料には税金が含まれているために、素材の買取商人などに売るよりも手に入るお金は少なくなる。
儲けを出すためには商人に直接売るか、もしくはギルドのランクを上げるためには依頼をこなすかのどちらかが大まかな流れになる。
勿論、商人の信用を得るためには、ギルドランクを上げるのが一番手っ取り早いので、多くの冒険者はギルドランクを上げることを優先している。
身分証がわりになる「カード」は、犯罪歴などは出てくるがそれだけなので、信用を得るといった意味ではやはりランクが重要になってくるのである。
ただし、ギルドに持ち込んだ素材が、本人が採取して来た物かどうかまではチェックする方法がないので、抜け道もないわけではない。
もっとも、ランクが上がれば上がるほど周囲の人間の注目も集めるため不正はしにくい面もあったりする。
カケルは、クロエのギルドカードが出来るまでの間に、借りることができるタラサナウスのチェックをしていた。
「第三世代の機体が借りられるんだ」
「そのようですね。流石はダナウス王国のギルドといったところでしょうか」
昨日のうちに、この世界の標準的な技術レベルはクロエから確認してある。
その時の話で、タラサナウスの技術レベルは平均すると第三世代で、トップを走っているダナウス王国がようやく第四世代の機体を導入し始めたところだといっていた。
そんな状況で、まだ何の実績もない冒険者に第三世代の機体を貸出するのは、現在トップの権勢を誇っているダナウス王国といえる。
「そうみたいだな。さて、借りるのはどれにしようか?」
そう言ったカケルの目は笑っている。
そして、その表情を見たクロエも笑っていた。
「もう決めていらっしゃるのでしょう?」
クロエにも既にカケルが何を指定しようとしているのか分かった。
もしその機体が無ければ、別のものを指定しただろうが、見せてもらったカタログにはしっかりとその機体が記載されていた。
クロエのギルドカードはさほど時間がかからずに出来た。
カケルのときも説明に時間がかかっただけで、カードを作るのにはさほど時間はかかっていなかったのだろう。
クロエに出来たカードを渡した受付の女性は、カケルとクロエに交互に視線を向けながら聞いてきた。
「それで、お貸しする機体はお決まりになりましたか?」
「ええ、決まっています」
即答して来たカケルに、受付の女性は一瞬だけキョトンとした表情になった。
初めて機体を借りる場合、違いがよくわからずに説明をすることも多い。
今回のカケルのように、説明なしに決める冒険者は少ないためこのような表情になったのである。
もっとも、受付の女性もプロである。
すぐに笑顔に戻って頷いた。
「そうでしたか。どの機体かおっしゃってください。このまま手続きに入ります」
「分かりました。では、こちらの<YTS-3系>をお願いします」
カケルがそう言うと、何故か受付の女性は焦った表情になる。
「わ、YTSですか!? しょ、少々お待ちください!」
そう言って席を立ちあがり、奥へと向かった。
残されたカケルとクロエは同時に顔を見合わせたが、二人の疑問に答えられる者は、その場には誰もいなかったのであった。
この世界のギルドの依頼受付は、後出しになります。
ちなみに、他の人に取ってきてもらって出すことも可能です。
それはその人の人脈という考え方になっています。(実態はどうであれ)