(9)スクルド号と研修
大型母艦であるベルダンディ号は、中型機二機をその身に抱え込めるほどの十分な大きさがある。
テミス号ごとベルダンディ号に乗り込んだカケルは、そのまま艦橋へと向かった。
乗降口にいた整備員には、テミス号の検査を行うように言っておくことも忘れない。
ベルダンディ号の中では、様々な業種の乗組員が働いているが、彼らは全てカケルの私費で雇っているということになっている。
これだけの巨大な船の人員を雇える資産があるという証明でもあるが、それらの資産は『天翔』とは別に活動していたころに見つけた数々のヘキサキューブから得ているのだ。
どちらかといえば、『天翔』はそれらの資産を守るために作られた組織なのだが、この世界でそんなことを知っている者は、『天翔』関係者を除けばいない。
そもそも、『天翔』の旗艦も兼ねているベルダンディ号が、個人の資産で運用されているなど想像すらしていないだろう。
それは、カケルと『天翔』の成り立ちを知らないと分からないことなので、常識的に考えれば、それが当たり前なのである。
ちなみに、『天翔』にはクロエをトップとした補佐室が独立して存在している。
その補佐室は、カケルが個人的に持っている資産のすべてを管理している部署になる。
そのため、どちらかといえば、『天翔』に付随した組織というよりは、カケル個人のための組織という側面が強い。
これもまた、『天翔』という組織の独特なところなのだが、その内情は他国には知られていないのが現状である。
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カケルたちが合流したベルダンディ号は、『天翔』が管理しているカオスタラサの中でも辺境の場所まで移動していた。
『天翔』にとっても最新鋭の技術で作られているベルダンディ号でも、来るのに五日はかかるところである。
勿論、途中には人の生活圏があるヘキサキューブがあるので、補給で困ることはないが、ここから先に進めば新しく補給することは困難になる。
ただし、ベルダンディ号は、補給なしでもひと月以上は余裕で動かすことが出来るようになっているので、探索するときに困るようなことはない。
そもそもスクルド号の母船として動くことが多いベルダンディ号は、長期間の単独航行が可能になっている。
当初の予定通りの場所についたベルダンディ号は、その場で動きを止めた。
「……なるほど。確かに前よりも随分と討伐が進んでいるようだな」
止まったベルダンディ号でモニターを見ていたカケルは、感慨深げにそう呟いた。
カケルが知っているこの場所は、もっとヘルカオスの数が多く、普通に止まっているのでさえ難儀するようなところだったのだ。
それが、十分に停泊して休むことが出来るスペースができている。
それは、カケルがいなかった十年の間に、ヘルカオスの討伐が進んだということを意味している。
モニターで周囲を確認しているカケルに、クロエが頷いてから言った。
「この辺りだけではなく、全体的に広がっています。軍よりも冒険者たちが頑張ってくれた成果でしょうね」
「なるほどね」
『天翔』にも勿論冒険者は存在していて、各地に散らばって素材採取やヘルカオス討伐に汗を流している。
彼らにとっては、ヘルカオスから採れる核は、非常に魅力的な資源になるので積極的に討伐を行っているのだ。
特に、開発が進んでおらずに、ヘルカオスが多く出現する場所は、そうした戦闘をメインにしている冒険者にとっては、うまみがあるところなのだ。
ちなみに、『天翔』における冒険者の数は、軍人よりも多い。
それで治安が維持できているのは、冒険者のトップにいるのがカケルだからだ。
そもそも冒険者をやっていたカケルが、『天翔』を作って軍まで持つようになったのだから、それもある意味では当たり前である。
もっとも、カケルにしてみれば、ゲームで用意されていた選択のうちのいくつかを選んで行ったらそうなったというだけのことなのだが。
クロエから話を聞きながら、カケルは現状の確認を行っていた。
この場所に来たのはいいのだが、この先、スクルド号でどこに行くのかはカケルが決めなくてはいけない。
勿論、事前にある程度の当たりはつけているが、現場の状況によっては変更しなければならないこともある。
幸いにして、この辺りの状況は、事前に持っていたデータとほとんど変わらずに、予定も大きく変わることはなかった。
それを確認したカケルは、ベルダンディ号の艦橋を離れて、スクルド号へと向かうのであった。
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スクルド号に乗り込んだカケルは、すぐに出発を指示した。
カケルが乗り込む前から準備が終わっていたスクルド号は、その号令に従ってベルダンディ号からヘルカオスへと滑りだすように移動した。
その様子を艦橋にいた何人かの乗組員が、少し驚きながら見ていたのが、カケルの席からも見えた。
「この程度のことで驚いていては、この船では驚きっぱなしになるぞ?」
少し楽しそうな顔になったカケルが、驚いていた者たちに向かって話しかけた。
現在スクルド号に乗っている乗組員の半数は、本来はテミス号の乗組員として選ばれた者たちで、カケルのやり方に慣れるために、研修を兼ねて入れ替えている。
残りの半数は、ベルダンディ号で待機時に何をするべきかを、スクルド号の残りの乗組員から教わっているはずだ。
カケルがこうしてスクルド号で探索に出ているのは、ただの趣味だけではなく、そうした実益(?)も兼ねているのだ。
カケルの言葉に頷いたクロエが、続けて艦橋にいる乗組員に向けて言った。
「そうですね。それから、元の者たちも胡坐をかかずに、きちんと自分たちの成長を見せるように。カケル様をがっかりさせると、入れ替えもありえますよ?」
クロエがそう言うと、一部の場所から「げ」という声が上がった。
今、スクルド号の艦橋にいる者たちは、それぞれが一流の腕を持っているので、クロエが言った通りにすぐに入れ替えということにはならないだろう。
ただ、クロエがそれを口にした以上は、実際にそうなる可能性があるということは、スクルド号の乗組員であれば誰もが知っている事実である。
カケルとクロエから発破を掛けれれた艦橋の乗組員の間に、ちょっとした緊張感が生まれた。
何しろカケルが戻ってきてから本格的に運用するのは初めてのことなので、少しだけ浮ついた空気になっていたのだ。
それが、通常の緊張感を持った運用に戻ったと言っていいだろう。
それを確認したカケルは、満足そうに頷いてからスクルド号が進むべき細かい進路を指示しだした。
スクルド号は、テミス号と同じく隠蔽型の船なので、基本的にはヘルカオスと戦うことは少ない。
そのため、近くにいるヘルカオスよりも早く見つけて、回避することがなによりも重要になる。
スクルド号の艦橋にとっては、ヘルカオスをより早く見つけることがなによりも重要なのだ。
そのためのカオスタラサの分析、情報の収集、移動による状況の変化の確認……等々、やることは山ほどある。
艦橋にいる者たちは、そうしたデータを集めては、カケルに送って判断を仰いでいる。
それらの情報をもとに、カケルが細かい進路を決めて、実際に動かすのは艦橋にいる操縦者になる。
カケルにとっては、スクルド号に乗るのは久しぶりだったが、とりあえず滑り出しは特に戸惑うことなく動かすことが出来ている。
あとは、折角なので、それに伴った成果を出せればいいのだが、それはまだどうなるのかは分からないのであった。
そんなつもりはなかったのですが、何となく説明回っぽくなってしまいました。
この辺りのことを一々会話で説明すると長くなってしまうのですよね。
それに、登場人物が多くなりすぎて、把握するのも大変でしょうし。(名前を考えるのが面倒ともいう)
とりあえず、スクルド号での探索は、次回も続きます。