(8)総点検
テミス号の人材を無事に決めたカケルだったが、ひとつ重要なことを忘れていた。
それを執事のセリオに指摘されて、カケルはようやくそのことに気が付いた。
「確かに言われてみれば、宿舎のような物は必要か」
中型機になっているテミス号には、これから何十人という人材が乗ることになる。
彼らの為の寝泊まるする場所が必要だということを、カケルはすっかり忘れていたのである。
「はい。というか、これまでどうされるおつもりだったのですか?」
「いや、普通にテミス号に泊まっていればいいと思っていたな」
これが、カケルがすっかり宿舎のことを忘れていた理由のひとつである。
そもそもタラサナウスでの探索は、長期にわたって行うのが普通だ。
そのため、小型機であっても人員の為の部屋は用意されている。
当然人数が増える中型機になれば、小型機以上の期間を船の中で過ごすことも珍しくはない。
そのため、個室とまでは行かなくとも、最低ランクでもカプセルホテル程度の部屋はそれぞれにあたる。
ナウスゼマリーゼは、元の成り立ちから船の中で過ごすことを苦にしない種族であるとはいえ、ペルニアに戻っている時くらいは、それぞれに個室があったほうが良い。
幸いにして、これからテミス号で長期の探索に出る予定だったため、宿舎を用意しておく時間はある。
「宿舎用の土地の確保は出来るか? あとは建築用の資材、人材諸々含めて」
「はい。それは勿論可能です。ですが、今ある資金ではそれなりのものしかできないですが、いかがなさいますか?」
カケルがダナウス王国に来てから稼いでいる資金は、今はセリオに管理してもらっている。
ヘキサキューブを発見して莫大な資産を手に入れたカケルだが、テミス号の改装をしたことでかなり手持ちの資産が減っていた。
それでもテミス号の乗組員用の宿舎を建てるくらいの金額は残っているが、一気に使ってしまうと心もとなくなるのも事実だった。
セリオにそのことを指摘されたカケルは、それまで黙って立っていたクロエを見た。
その意図を察したクロエは、セリオに向かって言った。
「予算のことでしたら心配ありません。カケル様の個人資産からこちらの口座に必要な分だけ移しておきます」
「……畏まりました」
既にセリオは、カケルが『天翔』の総統であることは知っているが、その分の個人資産がどれくらいになるかまでは把握していない。
ただし、世界を騒がすような巨大な組織のトップに立っている者の資産が低いはずがないことくらいはわかっている。
セリオの表情は変わっていなかったが、どれくらいの入金があるのかと考えていることが察したカケルは、笑いながら言った。
「何、そんなに心配しなくてもいい。そもそも、神国からの依頼分の入金もまだだからな。それが入ればマンションくらいはすぐに建てられるさ」
ダークホエール討伐の成功報酬は、素材だけではなく金銭によるものも残っている。
その金額は相当なもので、カケルが言った通りマンションも余裕で建てられるほどの入金があるはずだ。
「『天翔』との資産を混ぜたくないという気持ちも分かるが、今回の件は一時的なものだ。そんなに心配をする必要はないよ」
セリオの不安を見抜いたうえで、カケルはそう言いきった。
セリオがはっきりとした返答をしていなかったのは、そこが引っかかっていたのだ。
『天翔』の資産とダナウス王国の資産は、どちらもカケルのものではあるが、それを管理している組織がはっきりと分かれている。
それがごちゃ混ぜになってしまうと、将来に面倒を引き起こす可能性が十分にある。
セリオは、そのことを懸念していたのだ。
セリオの心配をわかった上で、カケルは考えるような顔になって続けた。
「ただ、いまの予算管理の状態をずっと続けるかは、考える必要はあるね」
『天翔』にある資産はともかくとして、ダナウス王国との関係が悪くなればこちら側の資産を凍結される可能性は十分にある。
その場合に備えて、どういった対応をするべきか、色々と考える必要は出てくるだろう。
「まあ、それはいま考えても仕方ないから、とりあえずはこのままで行くと思ってもらっていい」
そう断言したカケルに、セリオはそれ以上はなにも言わずに、ただ黙って頭を下げるのであった。
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乗組員用の宿舎も用意できていないので、予定していた全員が揃ったところですぐにテミス号の試験飛行に向かうことになった。
流石に『天翔』の中でも一流どころが揃っているためか、初めての機体でもなんの戸惑いもなく動かすことが出来ていた。
中型機ほどの大きさになれば、カケルが直接機体を操縦する機会はほとんどない。
緊急事態が発生して、直接船長が操縦するような事態になれば話は別だが、それ以外はカケルは指示を出すだけである。
勿論、それはそれで重要、というよりも、船体の運用によってはそれが一番大事な役目なのだが。
カオスタラサに出てからしばらくして、カケルはテミスに聞いた。
「テミス、調子はどうだ?」
「全く問題ありません」
そう言ってきたテミスは、以前よりも大人っぽくなっているように見える。
機体によって疑似精霊の見た目が成長するということはないので、それは完全にカケルの気のせいなのだが。
新しい機体というのは良いもので、カケルのその気分が、テミスをそう見せているのだ。
そんなカケルの気分を余所にして、新生テミス号の試験飛行は、順調に進んで行った。
その証拠に、カケルの席の近くにあるモニターには、続々と調査結果が上がってきていた。
今のところ、そのすべてが「異常なし」と記されている。
現在行っているのは基本的な動作の確認なので、異常があっては逆に困ったことになるのだが、だからこそ徹底的に調べる必要がある。
もっとも、本当に基礎的な部分だけなので、点検自体に数日という時間がかかるわけではない。
そもそも、飛行に関わる部分以外の基本的な動作(エンジン、空調などはきちんと動くなど)は、地上でも行っているのだ。
そのため、いきなりカオスタラサで空気を失って、全員が帰らぬ人になっててしまうなんてことは起こらない。
ついでにいえば、当然ながら機体を作った製造メーカーでもこの辺りの検査は行っているはずなので、大きな問題が出てくるはずがない。
それなのにわざわざカケルたちが検査を行っているのは、あくまでも本格運用の前の最終点検といったところだ。
上がって来るデータを見ながら、カケルがクロエを見ながら言った。
「まあ、当たり前だが、問題はなさそうだな」
「そうですね。流石にここで問題が出てこられては、困ったことになります」
クロエは多少控えめに言っているが、ここで問題が出た場合は、困ったどころではない事態になる可能性がある。
なにしろ今調べているのは、カオスタラサ内できちんと動くかどうかのテストなので、ここで問題が出れば漂流することになりかねない。
もし本当にそんなことになれば、製造メーカーはトップの首が飛ぶだけでは済まない事態になるだろう。
さすがにそんな事態は製造メーカーも避けたいはずで、テミス号の初期点検は何事もなく終わった。
このあとは、『天翔』の本部に行って、機体の総点検が待っている。
これは、以前と同じく余計な物が仕掛けられていないかという調査も含まれる。
カケルが『天翔』関係者だとわかってからの初めての機体の注文なので、余計な気を使った者が出て来た可能性も十分にある。
あとは、機体自体を調べて、『天翔』が持っている技術とは違ったところが無いかを調べるといった目的もある。
それら諸々の点検が終わるまでは、テミス号での探索はしばらくお預けとなる。
それまでの間は、久しぶりにスクルド号での探索を行おうと、カケルは考えているのであった。
本格運用の前の総点検でした。
非常に面倒なことではありますが、どうしても必要なことでもあります。
まあ、最後にチロリと触れたように、別に出来ることはあるので、暇になることはありませんw




