(6)カケルと『天翔』の扱い
疑似精霊の問題については、検証と結果が出るまでにしばらく時間がかかるので、カケルはペルニアへと戻ることにした。
カケルが『天翔』の総統であることは、ダークホエールの討伐の件で既にばれてしまっているが、それは別に大した問題ではない。
普通であれば、カケルのような立場のある人間がホイホイ出歩いては駄目なのだが、それを止める者は『天翔』にはいない。
それは別に、カケルのことを軽んじているわけではなく、むしろ逆だ。
カケルの場合は、厳重な場所に縛り付けておくよりも、自由にさせた方が『天翔』の為になるとわかっているのだ。
カケル自身も、ウルス号に引き籠っているよりは、好きに動きたいという気持ちがある。
両者の思惑(?)が一致しているので、カケルは最大限、自由に動いているのだ。
他国に出向いて冒険者活動をすることが、『天翔』の利益に繋がるかどうかはカケルにも分からないのだが、少なくとも『天翔』に籠っているよりはいいだろうということだ。
――というよくわからない言い訳をしつつ、ベルダンディ号に乗ったカケルは、艦橋で乗組員が忙しく動いているのを見ていた。
既にベルダンディ号は、ペルニアに向かうためのルートを出ようとしている。
一応そのルートは、『天翔』とダナウス王国を結ぶ唯一の道とされているので、王国側に検問が敷かれている。
その検問は現在、突然現れた『天翔』の大型船に慌てているようだった。
何の通告もなしに『天翔』から船が現れたとなれば、そうなるのも当然だろう。
流石に通信担当がかわいそうだということで、検問とのやりとりはカケルが行うことにした。
王国側の担当者は、カケルが『天翔』の総統であり、同時にダナウス王国内では有名になりつつある冒険者であることを知っていたようだった。
どういう通達が上から出されているのかは分からないが、カケル本人が通信を行うと、慌てた様子でベルダンディ号の通過を許可していた。
ともあれ、カケルを乗せたベルダンディ号は、もめ事が起こるわけでもなく、無事に検問を通過してペルニアに向かったのである。
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ペルニアへとある程度近づいたあとは、ベルダンディ号から小型船に乗り換えた。
国境と同じように何事もなく手続きを終えたカケルを乗せた船は、そのままペルニアの内部へと入った。
そして、屋敷に着いたあとは、その小型船はベルダンディ号へと戻った。
この後ベルダンディ号は、ウルス号へと戻ることになっている。
今のところテミス号の中継船としてのベルダンディ号は必要としてないので、敢えてダナウス王国で波風を立てる必要はない。
屋敷に到着したカケルを筆頭執事であるセリオが、いつも通りに出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、カケル様、クロエ様」
「ああ、ただいま。なにか変わったことはあったか?」
セリオが王国から用意された執事だと考えれば、カケルの正体について話を聞いていてもおかしくはないのだが、以前とまったく様子が変わらない。
彼にとっては、自分の立場などどうでもいいのだろうとカケルは勝手に考えている。
カケルの問いに、セリオが頷きいてから話し始めた。
「はい。すでに『天翔』の方々が到着されております」
その言葉でセリオが自分のことを既に知っていると、カケルは理解した。
それでも特に変わった様子のないセリオに、なぜかカケルは安堵感を感じていた。
そんなカケルの様子に気付いているのかいないのか、セリオはさらに続けて言った。
「それから、テミス号の改修が終わったと連絡がありました」
その報告に、カケルの顔に笑みが浮かんだ。
「そうか! それじゃあ早速……」
「カケル様。まだセリオ様からの報告は続いています」
工場へ向かおうと言おうとしたカケルを、それまで黙っていたクロエが止めてそう言った。
中途半端なまま報告が終わってしまえば、セリオが困ったことになると思ったのだ。
一度クロエに視線を向けて感謝の意を示してから、セリオはカケルを見て続けた。
「あとは、カケル様宛にコンラート国王から連絡が入っています。戻ったらすぐに連絡をするように、と。直通の番号もうかがっております」
「……よし。テミス号の様子を見に……」
「カケル様、駄目です」
逃げだそうとしたカケルを、クロエがすぐに止めた。
もしここでカケルが逃げ出すと、『天翔』とダナウス王国の間に変な緊張が生まれるかもしれない。
そう考えれば、クロエの判断は間違っていないといえる。
普段は、滅多にカケルのやることに口出しをしてこないクロエだが、こういったときはしっかりと釘を刺してくるのだ。
クロエに止められたカケルは、渋々といった表情でため息をついた。
「はあ。仕方ない。まずは面倒な用事から片付けるか」
「そのほうがよろしいかと思います」
カケルの言葉に、クロエはそう答えて、セリオは無表情ながらに内心で安堵のため息をついていた。
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「やってくれたな」
カケルが直通の通話を行うと、コンラート国王は開口一番でそう言ってきた。
「ええと……? どれのことを指しているのでしょうか?」
心当たりがありすぎて、カケルにはコンラートが何のことを言っているのか分からない。
カケルは、この時点で、身バレしていることは、疑っていない。
カケルの返答に、コンラートは隠すことなく右手でこめかみを押えた。
「神国でのダークホエール討伐のことだ。……なぜわが国ではなく、神国で行った?」
「逆にお伺いいたしますが、ダナウス王国で行わなければならない理由はなんでしょうか?」
「なに?」
「『天翔』にとっては、別にダナウス王国で行おうと神国で行おうと、大した違いはありません。今回は、たまたまタイミングが合っただけですよ」
カケルがそう言うと、コンラートは疑わし気な表情を向けて来た。
そもそもカケルは、少なくとも表立って『天翔』の総統として活動したことはなかった。
それがいきなり、神国に招かれた途端に立場を明らかにしたのだから、何かがあったと疑うのは当然だろう。
カケルの返答に、コンラートは苦虫を噛み潰したような顔を向けて来た。
「タイミングが合っただけ……か。とてもそうとは思えんがな?」
「そうですか? まあ、どう思おうがそれを止めることが出来ませんね」
カケルが神国に呼ばれてすぐに、『天翔』の総統であることを公表して、さらには神国に有利なことを行ったのだ。
普通に考えれば、裏で何かがあったと思われてもおかしくはない。
そのことを理解したうえで、カケルは敢えてそう答えた。
神国であったことを公言するつもりは無いという意味を、言葉の裏に込めて言ったカケルに、コンラートはジッと見てからため息をついた。
「そうか。其方がそう言うのであれば、仕方ないのだろうな」
このまま追及を続けても、カケルからはろくに情報を得られ無いだろうとコンラートは判断した。
国内の者であれば、立場を使って無理やりに聞き出すことも出来るが、カケルは『天翔』の総統だ。
無理なことをすれば、どんな報復が帰って来るか、わからない。
ダークホエールの討伐を行った部隊が、『天翔』においてどれくらいの実力があるかは分からないが、それでも簡単に無視していいような存在ではないことは誰にでもわかる。
たった一度のヘルカオスの討伐で、各国に『天翔』には簡単に手を出せる相手ではないことを示していた。
それは、これまでの各国の間で保たれていた微妙なバランスに、新たな波紋を投げかけることになった。
ダナウス王国内でも、『天翔』に対しての攻勢派の勢いが減じたので、コンラートもそれを肌で感じている。
とにかく、『天翔』には無茶なことは出来ないというのは、ダナウス王国内では共通の認識として確立しつつあるのであった。
これまでそれぞれの国同士でけん制し合っていた『天翔』の扱いが、下手に手を出してはいけないという扱いに変わりました。
もっとも、それでも手を出してくるところは、出してくるのですが。
それは、残念ながら、この世界(地球)でもよくあることですよね><