(5)問題の焦点
ダークホエールの討伐を見届けたカケルたち『天翔』一行は、そのまま大型船へと身を移した。
戦後処理をどうするのかは既に話し合ってあるので、いても話をする内容が無かったのだ。
もともと討伐を終えれば、『天翔』の船で帰ることになっていたので、渋い顔をしつつも反対意見を出す者はいなかった。
カケルたちが移動のために使った船は、神国のものなので、それに対して攻撃を仕掛けるような愚か者も出なかった。
たとえ『天翔』の総統を倒したとしても、神国への宣戦布告になる上に、間違いなく『天翔』もそれに参加してくることになるのが目に見えている。
これだけの実力を見せられたうえで、二面作戦をしようなんて気を起こす者はだれもおらず、そもそもそんな攻撃許可が国から出るはずもない。
ダークホエールの素材を乗せるために来た大型船は、カケルの専用船ではないが、総統を乗せるのに十分な能力を備えている。
だからこそこの宙域に来たのだ。
さらには、討伐隊の船も乗せることが出来るだけの広さもある。
それでもこの大型船は、輸送船というわけではない。
技術的には『天翔』の最高レベルの装備を乗せているので、たとえダークホエールの討伐域にいた船が攻撃してきたとしても、十分に対処は出来ただろう。
もっとも、その心配は杞憂にしかならなかったが。
そんな船に乗り込んだカケルは、与えられた一室でとある資料に目を通していた。
その資料は、ダークホエールの討伐隊の戦闘記録だ。
資料に目を通したカケルは、傍に控えていたクロエにそれを差し出しながら言った。
「あっちにいたときは技量不足だと思っていたけれど、ちょっと考えを改めないといけないかもしれないな」
カケルのその言葉に、クロエは不思議そうな表情を浮かべつつ、資料に目を通し始めた。
しばらくして資料に目を通し終えたクロエが、カケルを見て頷いた。
「確かに、そうかもしれません」
討伐隊の戦闘記録が書かれたその資料には、とある特徴が示されていたのだ。
それを重視すれば、カケルが言った通り、神国の船で話していた内容は、間違っていたということになる。
「とりあえず、ミーケにはさっきの話にストップをかけて……いや待てよ」
クロエに停止の指示を出そうとしたカケルは、それを途中で止めた。
話している間に、別のことを思いついたのだ。
「とりあえず、ミーケを呼んできて」
本来であれば、軍事担当を呼ぶべきだが、この船には乗っていない。
先ほどの指示もミーケを通して出されているので、訂正するには彼女に話をするのが一番なのだ。
カケルの指示を受けたクロエは、一礼をしてから部屋を出て行った。
この場にはクロエ以外にも補佐室のシーラがいるので、カケルの世話をするのは彼女で問題ない。
もっとも、ミーケに与えられている部屋は近くなので、すぐに呼んでこれるという考えもある。
とにかく、クロエがいなくなった室内では、カケルが何かを考えるように椅子に深く腰かけ直した。
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クロエとミーケが来る前に、カケルはシーラにフラヴィに連絡を取るように言った。
神国の船にいるときにはミーケと話をするしかなかったが、本来『天翔』全体の船の扱いに関してはフラヴィが担当になる。
関係者しかいない船の中では、直接フラヴィと話をした方が間違いないのだ。
クロエとミーケが来るまでに多少の時間がかかっていたので、フラヴィ少しだけ待ってもらっていた。
ちなみに、フラヴィとは映像も繋がっている。
二人がカケルの部屋に揃うと、話し合いが始まった。
といっても、議題はひとつしかない。
「一応確認だけれど、フラヴィの元にもダークホエールの討伐のデータは届いているよな?」
『ええ、勿論です。待っている間に、目を通しておきました』
大型船が討伐領域を離れると同時に、今回の戦闘データは全て本部に送ってある。
フラヴィがデータに目を通したとわかったところで、カケルが頷いてから続けた。
「私が戦闘を見ていたときには、単に乗組員の技量不足だと思っていたのだが、データを見る限りではそうではないと考え直してな」
『……確かに、これは技量不足だけでは説明できないでしょう』
「私は言われるまで気付かなかったけれど、確かに疑似精霊の動きがおかしいですにゃ」
ミーケが具体的な問題点を上げると、その場にいた全員が頷いた。
カケルがデータを見ていたときに気付いた問題点というのは、疑似精霊の反応が乗組員の操作指示にわずかに後れを取っていたということだった。
その理由も、既に推測ではあるが予想はしている。
「恐らくだが、新造された疑似精霊だと、古いタイプの船に戸惑ってわずかに判断が遅れているのだろうな。詳しくは調べてみないと分からないが」
『はっ! 確かに、その様子は見て取れます。このデータを研究所に送って、詳細を調査するように申し送ります』
「ああ、そうしたほうが良いな。……下手をすれば、結構な改修が入るかもしれないけれど、予算は大丈夫か?」
もし疑似精霊に問題があるとすれば、かなりの数の疑似精霊に手を入れなければならなくなる。
今回のように敢えて古い技術だけに抑えた船に乗せることはそうそうあるわけではないが、その問題がどういう影響を及ぼすのか分からない以上、しっかりとした調査は勿論、回収することも視野に入れなければならない。
もし全改修となれば、その予算は莫大なものになる。
カケルの専用船であるウルスたちのように、技術が古い時代から使い続けている疑似精霊もいるので全改修はないが、それらを抜かしたとしても相当な数の疑似精霊が対象になる可能性がある。
予算のことまで気にかけたカケルに、フラヴィがコクリと頷いた。
『そこまで心配なさらなくとも大丈夫です。こちらに来てからほとんど対外的な戦いは起きていませんから、その余剰分があります』
「そうか。それならいいが……いざとなれば私の私的予算を使ってもいい。――クロエ」
カケルが名前を呼ぶと、クロエが頷きながらフラヴィを見た。
カケルには、『天翔』から出ている予算とは別に、個人で稼いだ分の金もあるのだ。
その管理は、補佐室のメンバーで行っている。
「はい。カケル様の予算から使う分に関しては、いつもの通り補佐室を通してください」
カケルの私的な財産を『天翔』で使う場合は、一応融資という形式を取っている。
『天翔』の予算と私的な財産が混ざらないようにするための措置だが、銀行などから借りるよりもはるかに安い利子などに設定されている。
勿論、その手段を使うには、カケルの許可が必要になる。
クロエの言葉に頷くフラヴィを見ていたカケルは、更に付け加えた。
「出来ることなら早めに目途をつけてほしいので、もし内務あたりが渋った場合は、気にせず私の予算を使うように」
内務のトップに当たるのはアルミンになる。
そのアルミンがすぐ傍にいるのをわかっていながらそう言ったカケルに、フラヴィはわずかに笑みをこぼしながら頷いた。
『畏まりました。きちんと各所と相談しながら決めます』
「ああ、そうしてくれ。それから、ミーア」
フラヴィアが映っているモニターから目を離したカケルは、ミーアを見た。
「なんですにゃ?」
「さっきの話はなかったことにしてくれ。全体の問題として扱うようにする」
「わかったですにゃ!」
今回の話で、この問題は『天翔』全体で扱うことになったので、ミーアが個別に指示を出す必要はなくなった。
ミーアも問題の大きさを認識しているので、カケルの指示に不満はなかった。
こうして、神国のダークホエールの討伐は、意外な形で『天翔』に大きな問題を落としたところで終わることとなったのである。
乗組員の単純な技量だけの問題ではないという疑いが出てきました。
今のところあくまでも疑いですが、カケルたちは確信しています。
細かい原因は……必要ですかね?w