(4)『天翔』の大型船
カケルが討伐隊から報告を受けるよりも早く、すでに目視でダークホエールの討伐は確認できていた。
討伐隊からの報告が遅れたのは、最後の最後まで復活してこないことを確認していたためである。
その間に、離れた場所で討伐の様子を見ていた者たちは、落ち着きを取り戻していた。
これまでの常識ではありえないことから、戦闘中には分析官を含めた多くの者たちが取り乱していたりしていたが、今では冷静に目の前で行われた戦闘を分析しようと取り掛かっている。
特に、各国が用意した観察用の艦船では、映像その他のデータを整理したりする作業が行われている。
そんな中でダナウス王国のクーゲルは、感嘆のため息をついていた。
「――見事だったな」
「はい。たとえ装備が用意されたとしても、実際に討伐できるようになるには、どれくらいの時間がかかるのか……」
クーゲルの隣にいた補佐官が、同意するように頷きながらそう答えた。
その補佐官の言葉は、的確に今の状況を示していた。
事前に連絡があったように、『天翔』の討伐隊が行った戦法は、ダナウス王国の技術レベルでもとることが出来るだろう。
ただ、防御用の特殊艦を用意するのはともかく、その他の戦法に関してはどう考えてもそれなりに時間がかかるということはわかる。
『天翔』の討伐隊は、それほどの動きを見せていたのだ。
早い話が、たとえ船や装備が用意されたとしても、それを操る者たちの腕が伴わなければ意味がないのだ。
それらの訓練をするために、他国との戦争も考えなければならない軍が、どれくらいの時間を取れるかが問題だ。
「……やはり、冒険者に頼ることになる、か」
「おそらく」
クーゲルの言葉に、補佐官も同じところに行きついていたようで、すぐに同意して来た。
軍ではヘルカオスを倒すためだけの訓練をすることは出来ないが、冒険者は軍とは逆にヘルカオスを倒すために存在していると言っても良い。
それであれば、最初から情報を公開してしまって、冒険者に任せてしまったほうがいいと考えるのは当然のことである。
軍でも研究は続けるが、実際にそのためだけの部隊を持つかどうかは、それぞれの国の方針次第ということになる。
ダナウス王国の場合は、カオスタラサの開拓も重要課題に挙げているので、予算がつけられる可能性は高い。
ただそれは、国力があって他国と比べれば多少の余裕があるからだ。
それに、どちらにせよ冒険者の力を借りた方がより効率的になるのは間違いない。
冒険者が荒くれ者たちで溢れているのは確かだが、国にとっては有用な存在であることも確かなのである。
今回の討伐の分析を進めている部下たちを見ながら、クーゲルはふと思い出したように呟いた。
「そういえば、カケルとかいう者は、今後も冒険者を続けるのだろうか?」
「それは…………」
カケルが『天翔』の総統であることは、今回の件で公になってしまった。
そのため、身の安全を図るために冒険者自体を引退してしまうことも十分にあり得る。
ただ、一年にも満たない間に上げた成果を考えれば、ダナウス王国にとってある程度の痛手になることは間違いないだろう。
勿論、たった一つの冒険者グループで出来ることなど限られているが、それでも今までの結果を考えれば、勿体ないと考えるのは当然である。
『天翔』という組織が、今後国にとってどういう態度を示すかわからない以上、不用意にずっといてほしいともいえないので、それは国の上層部の判断になる。
相手が相手なので、半端な地位にいる者が下手に手を出せば、国際問題(?)になりかねないのだ。
そのため、あくまでもこの場で出来ることは「雑談」レベルの話でしかない。
今はそんなことを話している場合ではないと思い直したクーゲルは、思考を振り払うように首を左右に振ってから画面に集中し――ようとして、ふと思い出したように補佐官を見た。
「そういえば、ダークホエールの素材は『天翔』が手にすると聞いているが、あれはどうするのだろうな?」
討伐隊の編成では、どう考えてもダークホエールの巨体を収納することは不可能だ。
であれば、単純に別の船を用意するのが普通なのだが、今のところそれらしい船は見えていない。
と、クーゲルが言ってからすぐに、艦橋にいた別の部下の声が聞こえて来た。
「討伐隊が通ってきたルートから、新たな船が出現してきました!」
その声に、ダークホエールの戦闘の分析に大慌てになっていた者たちが、手を止めて画面に集中した。
そして、その中のひとりが、思わずと言った様子で呟いた。
「速い……」
ルートから新たに出現した船は、その言葉通り、大型船というべき大きさだった。
勿論、大きさだけならこの場にいる全員が呆けるようなことにはならない。
だが、尋常ではなかったのが、その船が出しているスピードだ。
ダナウス王国が持っている最新の大型船でも出せないような速さで、ダークホエールが倒れている場所に向かっていた。
その目的がなんであるかは、この場にいる全員がわかっているだろう。
そして、その船の所属がどこであるかもだ。
大型船の動きを見ていたクーゲルは、大きくため息をついた。
「『天翔』の技術が先を進んでいるという予測はあったが……これほどのものとはな」
船の大きさから考えられる挙動や速さで、ある程度の技術レベルは推測することができる。
少なくとも、彼らの目の前を進んでいる大型船は、ダナウス王国が持っている技術よりは先を行っていることは間違いない。
例え専門家でなくとも、その程度のことは見抜くことが出来るだろう。
「少なくとも軍事的には、容易な相手ではない……ですか」
「だろうな。あくまでも推測だが」
ダークホエールをあしらえるほどの力を持ち、さらには技術レベルまで上となると、簡単に倒せるような相手ではないことがわかる。
他国にとって救いなのは、この十年『天翔』が軍事的な拡張政策を行ってこなかったことだろう。
実際に戦って見なければどれほどの強さかはわからないが、今回の一件でダナウス王国は『天翔』に攻めこむというオプションは取らないと思われる。
少なくとも、この場にいる分析官を始めとして、実際に戦うことなる軍人も口を揃えて止めるはずだ。
勿論そのときは、クーゲルもそのうちの一人となっているだろう。
今回の件が、ダナウス王国を含めた各国に対する大きな流れを生むことは間違いがない。
それが、いい方向に行くのか、悪い方向にいくのかは、クーゲルにはわからない。
出来ることなら悪い方向に進むのだけはやめてほしいと願わずにはいられないクーゲルであった。
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戦闘域に出現した大型船を見たカリーネが、感心した様子で頷いていた。
「随分と大きな船ですね」
「そうですか? この程度の大きさの船であれば、どの国でも持っていますよね?」
少なくともカケルは、ペルニア周辺で同じような大きさの船を見たことがある。
別に大きさに驚くようなところは無いはずだ。
「それはそうですが、あれほどの早さで動く大型船は見たことがありません」
「ああ、それはそうでしょうね」
『天翔』を除いた各国の技術レベルが低いことは、カケルも十分に承知している。
今回、輸送船ではあるが、敢えてレベルが高い船を見せたのは、各国に対するけん制も含めているのだ。
それぞれの国では、そうした思惑も理解したうえで、今後どうやって『天翔』と向き合っていくのか、決めていくことになるだろう。
『天翔』としては、その結果を待ってから対処を決めても遅くはないのである。
今回のダークホエール討伐で、少なくともヘルカオス討伐に対する各国の反応は、間近で見ることが出来た。
討伐隊が何かをするたびに、色々な反応を見せてくれたので、そこから判断できることも増えただろう。
今後『天翔』がどう動いていくのか最終的に決めるのは、当然カケルの判断により決定する。
それが、どういう方向に向くのかは、カケル当人にも未だわかっていないのであった。
少しだけ『天翔』の技術を見せつけて、今回は終わりになりますw
まあ、たとえ輸送船であっても、各国が得られる情報はかなりのものがあると思います。
その情報をどう使うかは各国次第です。