(1)前哨戦?
カケルが提案した「ダークホエール討伐」は、『天翔』と神国だけの問題だけでは済まなくなっていた。
というのも、神国側が意図的に国内で流した情報が他国にも渡り、それぞれの国でも討伐してほしいという要望が流れて来たのだ。
勿論、それぞれの国というのは全てではない。
だが、それだけ各国においてダークホエールが頭の悩ませる問題だということがわかる状態だった。
とはいえ、『天翔』も一々要求のあったすべての国に出向くわけにはいかない。
そのため、『天翔』関係者が神国と話し合いを行って、代表者を送って討伐する光景を見ても構わないという事にしたのである。
その結果、ユリニアス皇国とロウス王国を除いた三カ国の艦船が神国に集まることとなった。
外交使節による移動時はともかく、こうした軍事的な場合において他国の艦船が揃うことなどほとんどないため、ダークホエールがいる領域はさながら各国の船の見本市のような場になっていた。
神国が用意したタラサナウスに『天翔』の護衛と共に乗り込んでいたカケルは、各国の艦船を見ながら楽しそうに目を細めた。
「やはり同じタラサナウスといえども、それぞれの国で特徴が出るものですね」
「それはそうでしょうが……しかしカケル様。本当によろしいのですか?」
カケルの相手をするのは自分と主張するかのように同じタラサナウスに乗っているカリーネが、首を傾げながらそう聞いて来た。
カリーネにとっては、タラサナウスの各国の違いよりも気になっていることがあるのだ。
現時点でダークホエールを討伐できる力があるということは、それだけで十分に各国の目を引くことになる。
『天翔』が今まで表立って活動をしてこなかったことは、当然カリーネも知っているので、今更こんな大掛かりなことになっていることが気がかりだったのだ。
もっとも、カケルに言わせれば、カリーネが直接カケルに会いに来た時点で、そんなことはどうでもいいということになる。
それくらい『天翔』にとっては、ダークホエールの討伐は大したことではないのだ。
カリーネの問いに肩をすくめたカケルは、同じ船に乗っている各国の代表者たちの視線を感じながらも答えた。
「構いませんよ。正直に言えば、それぞれの国でこの程度の力を持ってもらわなくては、貿易しようという気にもなりません」
その上から目線のカケルの言葉に、『天翔』関係者以外が騒めきだした。
勿論、カケルが言ったことは多少大げさではある。
例え現在の状況でも、それぞれの国で発掘されている資源で、『天翔』でも有効利用できるものはいくらでもあるからだ。
ただし、討伐できるカオスタラサが増えて、行ける場所が拡大しないと取れない資源の方が『天翔』にとっては必要だということも事実なのだ。
ついでに、現在の『天翔』は全てのものを賄えているので、敢えて他国と貿易をする必要はない。
そういう意味では、カケルの言葉は間違ってはいないのだ。
『天翔』総統という今まで表に出てこなかった存在が、実は最近ダナウス王国を騒がしくさせている冒険者だったことに、各国の代表たちは驚いていた。
特に、ダナウス王国の代表が両目を見開いていたのは、カケルもしっかりと確認している。
これで完全に自分の身許がばれてしまったのだが、それはそれで構わないとカケルは考えている。
というよりも、いずれはこういうことになるだろうと考えていたので、それは大した問題ではないのだ。
カケルを完全に理解したわけではないが、カリーネが頷きながら納得した表情になった。
「なるほど。確かに『天翔』であれば、そうかもしれませんね」
若いカリーネでも、これまで『天翔』がどことも取引をせずに維持してきたことは知っている。
そのため、カケルの言葉に嘘偽りがないことは、十分に理解していた。
「それで、『天翔』の船はまだ見えていませんが、どこにいるのでしょうか?」
「ご安心ください。もう間もなく見えるはずですよ」
カケルがそう言うと、それを待っていたように、傍にいたクロエがこの場にいる全員に聞こえるように言った。
「もうこちらの準備は出来ているようです。あとはカケル様の指示待ちです」
「そうか。それじゃあ、そろそろいいでしょうか?」
カケルはそう言いながら、各国の代表たちの顔を見回した。
それぞれ国の艦船では、今回の討伐の様子を記録しているはずなのだ。
その準備が終わらずに、『天翔』の船がダークホエールを討伐してしまっては、本来の目的が果たせなくなる。
カケルとしては、どうしてもダークホエールくらいは、倒せるようになってもらいたいのである。
カケルの言葉に、それぞれ代表は、問題ないと合図をしてきた。
これまでの間に十分に連絡を取っていて、準備万端だと連絡を受けていたのだ。
そして、それを見たカケルは、一度クロエを見てから持っていた通信機を取り出して、待機しているはずの『天翔』の艦船に向かって呼びかけた。
「これより目標の討伐を命じる!」
カケルのその呼び声によって、これまで姿を見せていなかった『天翔』の艦船が、未発見のはずのルートを通って姿を現すのであった。
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「艦長、来ました!」
「おい、だから艦長じゃなく隊長だ。……まあ、それはともかく来たか」
ダナウス王国の分析艦の艦長として船に乗り込んでいるクーゲルは、部下からの報告に外部を映しているスクリーンへと目を向けた。
そして、そこに移っている艦隊を見て、クーゲルはいぶかし気に目を細めた。
「未知のゲートを通ってきたのはともかく……まさか、あれだけの規模で討伐するつもりか?」
冷静にそう分析したクーゲルの目には、六隻の船が映っていた。
一応、重要な任務を任せられるだけあって、クーゲルはさほどの動揺を見せていなかったが、艦橋にいる他の部下たちは動揺したようにそれらの船を見ていた。
ダークホエール討伐のために『天翔』が用意した船は、中級クラスの船六隻だったのだから、動揺するのも当然だろう。
大型船をどれだけ用意しても討伐するのが難しいと言われているダークホエール相手に、たったそれだけの戦力でぶつかるというのだ。
そんな話を冒険者が集まる酒場などですれば、鼻で笑われてしまうレベルだ。
クーゲル自身も動揺はしていたが、やるべきことは忘れていない。
「船自体の性能がそれだけ上ということか? だとすれば、奴らの技術力はかなり上ということになるが……。いや、実際の戦闘を見てみないことには、どうしようもないな」
いろいろなことを決めつけるのには早すぎると呟いたクーゲルは、続いて部下たちを見て激を飛ばした。
「おい! いつまで呆けているんだ! 向こうは現場に向かっているんだぞ! さっさと追跡を開始しろ!」
クーゲルのその言葉に、部下たちが慌てた様子で、目の前のある機器をいじり始めた。
勿論、映像による記録は最初からしているのだが、それ以上の細かい情報を取るとなれば、様々な機器の細かい操作が必要になる。
その辺りの調整は、疑似精霊絵は行えないので、人の手による調整は必須なのである。
ようやく部下たちが自分の任務を果たそうと動き出したのを確認してから、クーゲルはもう一度『天翔』の艦隊が映っているスクリーンを見た。
「さて、一体どうやって、あの難攻不落といわれるダークホエールを討伐するのか。じっくりと見させてもらうぞ」
そのクーゲルの呟きは、忙しく動く部下たちにまでは、全く届いていないのであった。
危ない危ない。
何とか金曜日に間に合いました。
それはともかく、ここからは新章になってダークホエール戦開始です。
とわざわざ宣言するほど、戦闘を引っ張るわけではないですがw
長くても二話、今の予定では次の話で戦闘自体は終わる予定です。